唯一の手がかりは図書室にあり
放課後、ルイマは図書室の前に来ていた。
3日ほど前に、図書室司書の島田先生が管理しているという、地元伝承の古文書について取材を申し込んでいて、遂にその時が来たのだ。
ルイマは助手として、早速リアスを指名し図書室に呼びつけている。
広報委員の仕事だと伝えていたけれど、実はちょっと違うのは事後承諾ということにして。
ルイマが編集した七不思議は既にグループのSNSで共有しているけれど、まだそれだけで、また改めて4人で集まって、その時感想を述べ合うことにしてある。
ルイマは、自分の思惑など何も知らず図書室前に現れたリアスを引き連れ、図書室に一歩踏み込んだ。
普通には見えないだけで、今ここにあの写真に写り込んだ姫様がいて自分を見ているかも知れないと思うと、ルイマは、猫のひげのような繊細な感覚が自分の中でピクピク働くのを感じていた。
リアスは、というと、なぜかそわそわキョロキョロしている。(・д・ = ・д・)
ーーーほんと、落ち着きのないヤツ。島田先生の前ではきちんとして欲しいものね。
ルイマはバシッとリアスの背中を叩いた。
「痛っ! 急になんだよ、もう~」Σヽ(`д´;)ノ
「緊張してんの? 落ち着け! あんたニワトリかっ!」(`Д´)
「ほ~ら、やっぱお前角 生えてんじゃん」(*・・)σ
ルイマは無視した。思考はもう先へ動いている。あの心霊写真へと。
ルイマはあの姫様の心霊写真はまだ誰にも見せてはいない。誰にも言ってはいない。
ーーーなんて言う? この写真を見たら。
ルイマのスマホに保存してある例の写真。
取材の進行によっては図書室の主 の島田先生に見て貰えたら‥‥‥と考えていた。
リアスは取材ということで、一応ノートとボールペンを持ってはいるが、ルイマは取材に関してリアスには特別何も期待してはいなかった。
とりあえず、一緒にいてくれればリアスであろうとも心強く思っていた。やはり本物の幽霊の出た場所に来るなんて怖かった。
ーーー私、姫様に呪われるかも‥‥‥
日常ではなるべく忘れるようにして平気な顔をしていたものの、未知なるものにルイマは内心怯えていた。
自分を呪うかもしれない幽霊の情報を早急に集めるべきだと思った。
ーーー『彼を知り己を知れば百戦殆 うからず』って、孫子も言ってたじゃない? 先ずは情報収集よ!
図書室には本日の図書当番と思われる長いポニーテールの髪を垂らした上級生の女子が一人、カウンター内に座っているだけだった。
ルイマが彼女に島田先生に取材に来たことを告げると、カウンターの横に位置するバックヤードの扉から入るように言ってくれた。
ルイマとリアスがノックすると、すぐに島田先生の声がした。
「は~い、行きますよ~」
ドアが開き、バックヤードから現れた司書教諭の島田は、ルイマが見た感じでは50才前後くらいだ。自身の父親とほとんど変わらないように見えた。
両こめかみに白髪が一房入っている、細身で背の高い男性教諭だった。ノーネクタイ白いワイシャツとスラックスで清潔感でまとめているけれど、どこかワイルドな感じがした。やや色黒のせいかもしれない。
「いや~、僕に取材なんて、照れるなぁ。お手柔らかに頼むよ」
本気で照れてる様子の島田に、『いやいや、うちら別に先生自身のこと聞きたいわけじゃないから』‥‥‥と、ルイマは突っ込みたくなったが、仮にも先生なので耐えた。
「今日は、ありがとうございます。1年広報委員の切取ルイマです」
「えーっと、同じく、座家リアスです。よろしくお願いしまーす」
「はい、今日はご苦労様。えっと、先ずは僕の自己紹介ね。僕はこの学校は今回は6年目だよ。それも4回目の赴任だ。移動して出たり入ったりさ。他の学校に移動になってもまた次の年にはここに呼び戻されちゃってね。あはは‥‥‥結局ほとんどの教師生活はここで司書教諭として過ごす運命だったみたいだね。もう僕はここの主 ですから。ここの図書のことなら何でも聞いてくれてオッケーですよ」
気さくな先生だったので、渋々ルイマについてきたリアスはちょっと安心したようだったが、やはりよそ見をしたりして落ち着きは無い。
「はい、それでは今回はここの図書室に保管されているという旧落花生 城の姫様の巻物について話をお聞ききしたいと思います」
ルイマは行き詰まり状態で、姫様の手がかりを得る方法はここしか無かった。
ネットにも情報は皆無だったし、図書館を探しても地元史のうわべを軽くなぞっただけで、詳細が記された文献は1冊も見つからなかった。
市の図書館司書のチーフの男性によれば、落花生城の古文書は、ほとんどが戦時中に喪失したらしい。
一部残ったものは戦後のどさくさに紛れて行方不明だそうで、盗まれたり、残念ながら価値のわからない人によって処分されてしまったか、運が良ければ個人所蔵品となり、どこかに眠っているかも知れないと教えてくれた。
『私は、誰かが大切に保管してくれていることを願っているけどね‥‥‥』と、司書の男性が遠い目をして呟いたのが、ルイマには印象的だった。
唯一、ルイマが知った情報。
それは、同じ広報委員の遠藤先輩が、『この学校の図書室に、落花生城の姫様が直々に記した巻物が一巻だけ 所蔵されている、と聞いたことがあるような気がする』、ということだった。
そこで、ルイマが学校司書の島田に尋ねた所、『そうか~‥‥‥えっと、君は切取さんね‥‥‥。珍しいね。今時古文書に興味がある生徒さんは。じゃ、とりあえず明明後日の放課後に図書室においでなさい』という返事を頂き、今こうしてやって来たのだった。
「姫様の巻物か‥‥‥」
ルイマには、なんだか島田がもったいぶっているようにも見えた。
「図書室に厳重に保管されているらしいと聞いていますが、実在するのですかっ?」
キリッと島田の目を見た。 ( ・`д・´)
ルイマはこれに賭けている。ガチのマジだ。
そんな真剣なルイマに、島田は気圧 されぎみになったようだ。
「ああ‥‥‥ありますよ。あれのことでしょう。あの巻物にそこまで興味を示す生徒がいたとは知りませんでしたよ」
「それは、どのような物なのですか? どんなことが書かれているのしょうかっ?」
「‥‥‥‥なぜ、切取さんが巻物に興味を持ったのか、そこも聞かせて欲しいところだね」
「それは‥‥‥」
まだ、何も話していないのに姫様の写真のことを打ち明けるのは早いと思った。
島田は興味深そうにルイマを見ると小さなため息をついた。
「では、せっかく取材に来て頂きましたからね、実物を特別にね、見ながら説明しようか。奥の部屋へおいでなさい」
3人はバックヤードへの扉をくぐった。
作業用の大きなテーブルの隅に、ルイマとリアスが折り畳み椅子を並べて座った。
その目の前に、島田が桐箱に入ったそれを丁寧に出して広げてた。
「‥‥‥すっげぇ‥‥‥これ、何書いてあるか全く読めねぇ」
リアスはそう思わず呟いてから、テーブルの脇に立っている島田を見上げた。
「あはは、そうですね。ミミズみたいですね~」
「これが‥‥姫様の‥‥あの、これは一体何が書かれているのですか?」
「ああ、これは昔のレシピが書かれているんだよ」
「レシピって、昔のお料理法ですか?」
「この高校が落花生城の跡地に建っていることを知っているね?」
「‥‥‥はい」
ルイマはようやく少しずつ姫様に近づけそうな気がして喉がごくりと鳴った。
「その昔、最期の落花生城当主 清瀬川里見の正妻の娘に那津姫という姫がいたんだ。しかし那津姫は数え14、今で言う13才で亡くなったらしい。そしてそれを大変嘆いた側室の娘、母は違うが姉に当たる3つ年上の蓮津姫が、那津姫様の好んでいた料理や菓子のレシピをしたため、妹の姫様の墓前に奉納したんだ。その一つがこれなんだよ。」
「へぇ~、正妻と側室の姫同士が仲良しだったんだ?」
「そうですね。心が通いあっていたのでしょう。亡くなった後も好物を召し上がれるように願うくらいだから」
「これには何のレシピが記されているのですか?」
「これは今で言うピーナッツあられのような物の作り方が書かれていると思われるよ。この時代ピーナッツはとても珍しい高価なものだっただろうね。異国との貿易の品だろう」
「ふーん、姫様だけあっていいもん食ってたんだなー」
「あの、島田先生っ! 姫様たちのことで他に知っていることはありませんか? 何でもいいから教えて下さいませんか?」
「‥‥‥ほぉ‥‥‥切取さんは姫様に興味があるのですか? なぜ?」
探るような目をルイマに注いだ。
「それは‥‥‥‥」
ルイマが姫様の写り込んだ心霊写真のことを打ち明けようか刹那迷った隙に、島田は話し始めた。
「ふふふ、そうですね~、下の那津姫様はね、えらいおてんば姫でね。退屈するといたずらばっかりして‥‥‥‥ううんっ、あー‥‥‥していたらしいですよ。ああ、いけない。もうこんな時間だね、そろそろいいかな、切取さん、座家くん。僕、急ぎの仕事があるんです。ごめんなさいね」
にこやかに話し始めたと思ったら、唐突に終わりにされてしまった。
「‥‥‥はい、忙しい所、ありがとうございました」
ルイマは、バックヤードから一歩出ると島田を振り返った。
「あの、もしかして、その、島田先生は‥‥」
ーーーもしかして、那津姫をこの図書室で見たことがあるんじゃ?
「はい?」
島田の、何食わぬ風を装う顔にルイマは言葉を飲み込んだ。
「‥‥‥いえ‥‥何でもありません。失礼します。またお聞きすることがあるかもしれません。本日はありがとうございました。」
ルイマは再び礼を言ってリアスとともに図書室を出た。
バックヤードに一人になった島田が呟いた。
「ああ、気づかれてしまったかな? 姫様たちを調べに生徒が僕を訪ねて来るなんてね、そんなの何十年ぶりかだったからね、聞かれて嬉しくなっちゃってね。ちょっと口が軽くなっちゃった」
開いてはいない窓のカーテンがふわりと揺れた。
「彼らは僕の自己紹介で察する所はあったと思うかい? ここは僕じゃなきゃ務まらないって」
「‥‥‥そうか。で‥‥‥‥切取さんに何かしたんだろう? 僕にはお見通しだぞ」