和解
ゼツガは、校門を出る手前で、予期せぬ人とばったり会った。
「あっ!」
目を刹那見開き、またすぐに真顔に戻った雅秋の顔。ゼツガは多分、自分も同じ表情をしてただろうと思う。
ミアを巡ってお互い熱くなり言い争って以来だった。
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」
間を気まずい空気が流れる。
「よお‥‥‥」
ゼツガが先に歩み寄った。先ほど、ミアの話を聞いていた影響は大きい。
「おは‥‥‥あのさ、今ちょっといい?」
雅秋がぶっきらぼうによそを向きながら言った。
ゼツガは、脇にある用具入れの陰の方に誘う雅秋に黙ってついて行く。
雅秋はふと立ち止まり、くるりとゼツガに向いた。
「単刀直入聞く。お前、本当にミアのこと好きなのか?」
「‥‥‥それは本当だ。だけど、もういい」
「何でだよ? 俺は構わないぜ? お前が絡んで来たって。まあ、最後にはどうせ俺が勝つけど」
こうして改めて見ると、雅秋はマジかっけーなと思う。
ゼツガがどう頑張ってもなれないタイプだ。
──神様ってほんと、不公平だ。俺だってこんな顔に生まれて来たかったっつーの‥‥‥
真夏多さんが現実甲斐を選んだのも当然っちゃ当然だよな‥‥‥
イケメンでイケイケなのに成績優秀。陰キャなんて口聞くのもおこがましい近づけやしないタイプ。
俺もお前みたいな顔だったら、こんな風に自己肯定高くして強気で出られんのかな。はぁ~ ( ´ー`)
「‥‥そうみたいだな。真夏多さんが決めたことに俺はどうこう言うつもりはないよ」
「‥‥‥ふうん。久瀬が納得すんならそれでいいけど、後悔すんなよ?」
「後悔するんなら、思い切れなかった自分にだよな。もっと早く俺の気持ちを表明すれば良かったって思う。でも、甲斐が真夏多さんという子を好きだってことは4月から知ってたことだし、後から彼女の存在を知った俺には言えなかった」
「久瀬‥‥‥」
ミアにずっとおおっぴらにアピールしていた自分を、ゼツガはどういう思いで見ながら過ごして来たのだろうと考えると、雅秋は切なくなった。
「‥‥‥ごめん。俺、久瀬の気持ちを全く考えてなかった。今までずっと自分中心に世界が回ってた。っていうか回してたこと謝りたい」
雅秋は、ゼツガと美術部で2年半ともに過ごし、部長、副部長としてこの1年間助け合い過ごしてきたことを思い返す。
今、思えばゼツガのフォローがあったからこそ雅秋に反感を抱くアンチらも、なんとかまとめられていたんだと気づく。
「真夏多さんは甲斐を選んだ。それは事実だって知ってる。俺の告白についてはもう、忘れてくれていい。そのかわり‥‥‥わかってんだろうな?」
ゼツガは厳しい視線を雅秋に向ける。
「わかってる。俺は変わったって言っただろ? 今までとは全然違うって自分でも思う。多分、これが俺の第一回の本当の恋っていうか‥‥‥恥ずかしいな‥‥」
──甲斐のこと、スッゲー好きな友だちってわけじゃない。コイツには嫉妬やら羨望やら渦巻いていて、関わってると辛いとこあるし。でも、しゃーない。俺から見ても魅力的な男だって認めてやんよ。
イケメンに本気になられたら俺が出る幕はないし、な。あ~あ‥‥‥
「ちっ‥‥‥俺の前でノロけんな。バーカ。俺は帰るから。じゃあな!」
雅秋の背中をバシッと叩いた。
──これでおあいこにしてやんよ!
雅秋はゼツガの大きな背中を見送る。
柄にも無く涙が出そうだ。心も痛いが背中はもっと痛い。
「サンキュ‥‥久瀬」
遠ざかってゆく後ろ姿に呟いた。
「さてと、ミアは図書室でまた勉強してるはずだよな‥‥」
背中をさすりつつ、意識は次のことを考える。
雅秋は昨日、ミアを急な思いつきで自宅に招待してはみたものの、兄のペットのハムスターの脱走のせいで散々な結果に終わっていた。ミアはうんざりしたようで、すぐに帰ってしまっていた。
すぐにでも直接会って謝りたいと思っていた。
そのまま図書室へ向かう。
「ミア、みっけ!」
ミアはいつもの席に座って真面目に勉強していた。
雅秋は、ミアから少し時間を貰い、人がほとんど来ない3Fの屋上の渡り通路に連れ出した。
手すりに掴まり、向こうに広がる広い空を見ながら話す。
空はちぎれた白と黒の雲が流れ、だがその切れ間には青い空が広がり、嵐の前触れを感じさせた。
「昨日はごめんな。怒ってる? すぐに帰っちまったし」
「あ‥‥‥ううん。誰かが悪いわけじゃないもん。怒ってなんかいませんよ? それでここまで来てくれたの?」
時折強く吹く風にミアの髪がなびく。乱れぬよう耳許で押さえながら、チラリと雅秋を見て、目線を空遠くに戻した。
その横顔は美しいと雅秋は思う。
「まあな。だって明日から台風来るみたいだし、今日中に会ってミアのご機嫌取っとかなきゃって思ってさ」
雅秋は冗談めかして照れ隠しした。本当はミアに嫌われてしまうことをマジで恐れて、あれからずっとモヤモヤしていた。
いつもと変わりないミアにホッとする。
「やあね。ご機嫌取りだなんて。‥‥‥私ね、今朝、久瀬先輩に謝ったの。告白ってホント勇気がいるのにね。それに逃げた私ってひどい人‥‥‥」
「あー、それで、さっき久瀬に会ったのか! 実はさ、俺もさっき偶然ばったり会ってさ、謝った。俺って久瀬の気持ちに無頓着過ぎた。今まで周りが俺を気遣うのを当たり前にしてたって気づいた。俺こそヒドイ奴だったよな‥‥‥」
「‥‥‥そう。で、久瀬先輩、許してくれた?」
「う~ん‥‥‥たぶんな」
もう、痛くもない背中を触りながら雅秋は先ほどのゼツガの顔を思い出す。
今の自分は、そう悪くはない表情が出来てるように思う。わだかまりは多少残るとは言え、ゼツガとは和解出来たから。
「なら、良かった‥‥‥じゃなかったら、私は甲斐先輩とお付き合い出来ないもん」
遠くを見つめながらぼんやりと呟くミア。
「あ、約束守れよ? 俺はもう甲斐先輩じゃない。雅秋って呼べよ、ほら、練習!」
雅秋の言葉に、ミアはあからさまに反応した。
「‥‥‥が、が‥‥が‥‥‥うわーん、なんか恥ずかしいかも」
雅秋の方を向いて両手で顔を覆う。
「ほら、ちゃんと言え!」
「‥‥‥雅秋先輩?」
ミアは頬に手を当ててきょときょと目線を泳がす。
「先輩はいらねーってば!」
「えっと‥‥‥雅秋‥‥」
上目遣いでちらっと雅秋を見る。
雅秋はミアの正面でキチンと起立、礼をした。
「‥‥ミア、俺と真剣に付き合って下さい」
ミアはどぎまぎしながらも、同じように頭を下げた。
「はい。こちらこそよろしくお願いします‥‥‥」
雅秋の目が、顔を上げたミアの視線を捕らえた。
「俺、ミアが好きだ」
「‥‥‥ありがとう」
その瞬間、一陣の突風がミアの髪とスカートの裾をはためかせた。