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内気少女といにしえの恋  作者: メイズ
諸行無常な恋をして
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虚像にて説き伏せ

 今日は天気が不安定そうだ。


 索は空を見上げる。


 ゆっくり流れてゆく黒い雲を眺めながら、なぜか不安な気持ちになる。



 8月。夏休みの学校の朝の中庭には、他には誰もいない。



 ここのところ胸の底にどろどろとした(おり)が溜まって行くのが自分でもわかっていた。


 その原因も。


 

 禁忌だとわかっていた。



 ──生きている人間に恋をするなんて。またしても同じ間違いを犯してしまう‥‥‥



 ミアを黄泉の国へ連れ去ることは可能だが、それは考えることさえ憚られる所業だった。


 ──好意を寄せて来たあの甲斐という男をミアは嫌っていたようだったが、いつの間にか二人は引かれ合っていた。


 生きている者同士、それでいい。


 僕からミアを突き放した。


 それでいいはずなのに。この僕は‥‥‥



 僕はミアに密かに婚約の印を渡した。御守りとして。


 ミアと僕との繋がりを消したくなかったから。


 姿美しく、今の世には珍しく淑やかで清らかなミアに惹かれてしまった。



 抗えば抗うほどミアが気になってしまう悪循環。


 ミアはあの甲斐雅秋に任せるべきなのに。




 南の海上でモタモタしていた台風が、ようやくこちらへやって来る気配となった。昨日も雨は降らなかったものの、曇ったり晴れたりの気まぐれな空模様だった。


 中庭のスズカケの木に、もたれ掛かっていた索が、こちらへ来る人影を認め、背を起こした。


 やって来た、ガタイのやけにいい男子が索に声をかけた。



「おはよう。俺、時間通りだけど、待たせちゃったのかな」


 索には見覚えが無い男子だった。


「‥‥えっと、キミがミアの言ってた久瀬くんでいいのかな?」


「俺は久瀬ゼツガだ。俺のことは久瀬でいい。名波は俺のこと知らないよな。俺だってつい最近まで名波のこと知らなかったし」

 

「そんなことはどうでもいい。早速本題に入ろうか」


 この流れで自分について詮索されては迷惑だった。 



「どうでも良くはないけど。まあ、先に本題だな。‥‥‥俺、見たんだ。あんな夜中に名波は一体何をしていたんだ? 事によったら俺は‥‥‥」


「俺は?」


「名波が真夏多さんに近づく事を全力で阻止する。但し、納得出来たらお前と真夏多さんを応援してやらないこともない」


「‥‥‥それ、どういう?」


 索は首を傾げる。



「甲斐より名波の方がマシだと思うから」


「あーん?‥‥‥それって、久瀬くんもミアのこと?」


「‥‥‥俺はいいんだ」


「ふーん。キミは生きているくせに奥ゆかしいな。それが久瀬くんの生き方? 損な性格だな。わざわざ犠に徹するなんて。死んでから後悔しなきゃいいけど」


「あん?‥‥‥名波って俺が思ってた人とは違いそう。もっと爽やかな男前だと思ってたのに‥‥‥ちょっとひねくれてる? お前」


「うーん、まあ‥‥‥僕はキミが思うより相当大人だからね」


「‥‥同級生の俺に大人ぶりマウントかよ?」


 呆れ顔のゼツガをよそに、索はさっさと話を進めた。



「久瀬くんが見たという、あの夜の発光現象の真相は──────」



 ****



 索の説明を聞いたゼツガの眉間には縦じわが入っている。



「それは、今一つ納得出来かねるな。暗い水面を利用して映像を映し出す実証をしていたなんて。錦鯉研究部はいわゆる生物部だろう? 全然関係無いじゃん」


「錦鯉研究部はね、名前で誤解されがちだけど、いわゆる理系総合的分野を包括する部活だ。分野の垣根などナンセンスだ。バイオロジーだけではなくて、例えば1年の池中さんのようにインバイロメンタルサイエンスでもいいし、ケミストリーも、フィジックスでも、ジオロジーだって自由に研究出来る。それが顧問の地衣(ちい)先生の方針でね」


 実は地衣こそが隠れたドン。七不思議の一つ、幻の教師であり、かつての落花生(おかき)城最期の筆頭家老であった。


 そして、彼はこの学校内における霊的統率を仕切っていた。


 そのことは司書教諭の島田しか気づいてはいない。


 ゼツガへのこの返答例も地衣が一枚絡んでいた。

 


「水面を利用して映すって‥‥? あれとてもじゃないけど映像には見えなかったけど?」


「ふ~ん‥‥‥そこまで本物に見える立体的な映像をクリエイトした僕にとっては最高の褒め言葉だね。ありがとうと言わせて貰うよ。久瀬くん」


 余裕の笑みを浮かべる索。


「待てよ、あれだけのことを夜中に名波一人でやっていたっていうのか?」 


「あん、僕一人で出来る訳がないよ。あれだけのことだ。キミには僕しか見えていなかったのかもしれないけど、少し離れた場所から地衣先生も直接見ていらしたし、外部の手伝いの方もリモートで繋がっていて多数が協力してくれていたんだ」


 実際は池の鯉たちと黄泉の国の住人のことだが。



「‥‥‥‥ふーん、俺はその実証実験のクライマックスの一部だけ見たってこと?」


「ラッキーなことにそういうことだね。この技術は特許を取ろうと思ってるから絶体に漏らす訳にはいかない。誰かに横取りされたら今までの努力と苦労が水の泡だ。お金も絡むことだし、僕だけの問題じゃない。誰にも言わないで欲しい。錦鯉研究部の部員にさえ秘密にしてる。もし漏れたら損害賠償ものだ」


 索が深刻な顔でゼツガに視線を向けた。


「‥‥‥そうだったのか。大丈夫、俺は真夏多さん以外には誰にも言ってはいないから。これからも誰にも言わないと誓う」


 ゼツガも損害賠償と聞いて心なし青ざめている。納得した風で頷いた。



 索はこれでこの話は終わりと思ったが、まだゼツガが食いついて来た。


「じゃあさ、それはそういうことにして置くとして‥‥‥」


「‥‥‥まだ何か?」


 索から、うんざりが少しにじみ出た。



「名波、お前はそんなに目立つイケメンなのに、俺のクラスのやつらはお前のこと全然知らないって言うんだぜ? 俺だって最近までずっと名波のこと知らなかった。どういうことだよ? お前何組だよ?」


 訝しげに名波を見た。


「名波。俺はお前を今ひと~つ信用出来ないんだけど」






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