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内気少女といにしえの恋  作者: メイズ
諸行無常な恋をして
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公開告白

「あん? 久瀬。ミアは俺の彼女だから あんま馴れ馴れしくすんなよ?」


「えっ?」


 ゼツガの表情が、ぎょっとしたまま固まった。



「あ、あの‥‥‥甲斐先輩、やめて下さい。私、今から錦鯉研究部の当番なのでもう行きます。久瀬先輩、ありがとうございました」


 ミアはサッと二人から離れ、荷物を置いておいた後ろのロッカーに向かった。


 ゼツガに貰った絵が折れないようにクリアファイルに挟み、丁寧に自分の肩掛けバッグにしまった。


 半分以上はもう帰ったが、午後も残って作業する部員や、お喋りが続いてまだ残っている部員など、室内には、少なからずの人数がまだいた。



 残っていた部員たちが雅秋とゼツガが何か揉めているらしき雰囲気に気がついて、何ごとかと二人に目線が向いている。



「なんだろね? なんかあったのかな?」


「さあ、うちらはそっとしといた方がいいよ」


「ってか、あの二人の先輩方の間には俺ら誰も入れるわけないじゃん」



 ひそひそ声が聞こえる。



 さっさとここを立ち去ろうと、荷物を肩にかけたミアの腕を、雅秋が後ろから来て掴んだ。



「は、放してくださいっ」


 ミアはなるべく小声で言い、腕を引く。振りほどこうとしたが雅秋は放さない。



「俺の話を聞けよ。夕べも俺のこと既読無視しただろ!」


「‥‥‥‥ごめんなさい。私‥‥‥今は無理なんです」


 ミアは顔を出口の方に背け、掴まれたまま出口へ向かおうとしたが、雅秋が腕をキツく握って放さない。


「痛っ‥‥‥放して下さい」


 ミアが雅秋を振り返る。


「ごめん。だけど、あれは誤解だって! 弁明させてよ」



 ミアに食い下がる雅秋をゼツガが嗜めた。


「おい! 甲斐、ヤメロよ? 真夏多さんが嫌がってんじゃん。放せよ」



 今までのゼツガの行動が気に入らない雅秋はゼツガの言葉に敏感に反応した。


「久瀬ぇ? もしかしてお前、ミアのことずっと好きだったの?」



 先ほどゼツガはミアを呼び出し、人気の少ない廊下の奥ででひそひそ話し、あげくにミアに似顔絵までプレゼントして睦まじくしていた姿は雅秋の気にガチ障った。


 しかもミアに絵のファンだと持ち上げられたところも、ゼツガにマウントを取られた感が否めなくて腹が立つ。


 雅秋は人気者で部長だったが、芸術面においては圧倒的な才能を感じさせる副部長のゼツガには一目置かなければならなかった。


 今日のゼツガに感じていた思いと、密かな劣等感が複合的に絡まっての雅秋の発言だった。


 雅秋は、ミアは自分に属しているとの自負をゼツガに解らせたい。



 《久瀬ぇ? もしかしてお前、ミアのことずっと好きだったの?》



 ゼツガも、ここまで言われてしまったら覚悟するしかない。


 ここで否定すれば、そういうことでミアにも周りにも認識され、雅秋の思う壺にはまるのは判りきっている。



 ──甲斐いつだってどこか俺を見下していた。最後の最後にやらかしてくれたよな? なら俺も乗ってやるってば!



「好きだ! 俺はずっと真夏多さんを見てた」



 雅秋に平然と告げて差し上げてから、ミアの反応を見た。



 ミアは目を見開き、両手で口許を押さえ、真っ赤な顔でゼツガを見ている。


 いきなり公開告白されたミアの心臓は、バクバクして壊れそうだ。



「‥‥‥久瀬、ミアに、俺の彼女に俺の目の前で告ってんじゃねぇよ! ミアが好きなのはこの俺だっつーの」


「そうなの? 真夏多さん」


「あ‥‥‥お願い、こんな所で騒がないで‥‥‥みんな見てる」



 周りをきょときょと気にしながら泣きそうなミアを見て、好きな子を困らせてしまったことに やっと思いが至るゼツガ。


「ゴメン、真夏多さん。俺、こんなこと言うつもりはなかった‥‥‥甲斐が真夏多さんに強引だからつい。真夏多さん、本当に甲斐と?」


 雅秋がゼツガを小突く。


「ヤメロ! 俺とミアのことは久瀬には全然かんけーねぇだろッ!」


「はっ? 甲斐が最初に煽ったんだろ?」



 二人争う姿に、ミアはここにいるのが居た堪れない。


 まだ美術室に残ってる部員がさわさわしながら遠巻きで見ていた。



 美術室の戸口からも通りすがりの生徒が何ごとかと覗いている。



 もう、ここいるのは我慢出来ない。



「‥‥‥甲斐先輩、久瀬先輩、ごめんなさいっ!」



 ミアはダッと逃げ出してしまった。



 美術室を出るとすぐ前にある階段を掛け上がる。


 2Fの美術室の真上にある生物室の前まで来ると壁に寄りかかって息を整えた。



 ──どうしてこんなことに? もう嫌‥‥‥



 ミアは両手で顔を覆う。



 ──落ち着いて、ミア。誰も悪いわけじゃないよ。誰かが誰かを想っていただけだから。私だって、同じでしょう‥‥‥



 両手をそっと顔から放した。


 右一番下のロッカーの扉に目が行く。



 ──私のメモは届きましたか? 受け取ってくれましたか? 名波先輩。



 知りたいが、ミアは失望するのが怖くて開けることは出来ない。



 そのまま上のロッカーから鯉の餌を持って中庭に出た。



 池の前に立ち天を仰ぎ見る。




 ──空がいつの間にかこんなに曇ってる。今にも降りだしそう‥‥‥


 今日も暑かったせいね。夕立の前触れ? 湿っぽい空気が私にまとわりつく。


 そういえば台風が南海上で発生していたんだっけ?


 


 ここに索はいなかった。


 ミアは一人で鯉に餌をやり、集まる鯉の健康も観察する。いつも通りだった。



 ふと、細かい雨が降り出した。


 しかしミアはただ一人鯉を眺めていた。




 隣でスッとなにか影が動いた。


 ミアはゆっくりと横に顔を向ける。



「あ‥‥‥‥!」


「久しぶり、ミア。今日も鯉の世話、ありがとう」



 索は以前と全く変わりなく、そっと微笑んだ。


 細かい無数の水の玉が索の黒髪を覆っている。



「‥‥‥‥いえ、当番ですから」



 ミアも微笑み返してから池の鯉に視線を移す。



 二人はそのまま霧雨の中、無言で鯉を眺めていた。





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