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内気少女といにしえの恋  作者: メイズ
諸行無常な恋をして
44/76

軽率と軽薄

二日分でいつもよりちょっと長めです _〆(。。)

 電車内では二人は無言だった。ドアの脇に佇み、物思いに沈んだミアの顔に雅秋は見とれる。


 ──こんなキレイな顔してたらさ、やろうと思えば周りはべらせて女王様気取りでいられんのに。


 でも、そういう性格じゃない。そこが魅力。俺にとってミアのことは、飾りや遊びとは違くなってる。


 いい加減にも関わらず、上手いこと進んで来た俺の人生。たぶんこのまま行ったらいつかもっと大きなしっぺ返しが来んだろ? あのネットストーカー女より。 


 俺にはミアみたいなガチの美人で清楚で真面目な子が必要だ。俺たちなら、お互い足りない部分も補いあえるって思う。



 《間もなく日良豆(ひよず)駅に到着です。ドアは左側が開きます。ご注意下さい》


 車内にアナウンスが流れた。


 幾分緩やかになっていたスピードはさらに減速し、相対して残っていた慣性の法則が乗客たちをカクンと揺らしてからドアが開いた。



 ミアの家の最寄り駅に着いた。


 降車した人々が一つの生き物のように整然と階段に吸い込まれて行く最後尾に二人でつく。


 耳障りなメロディが流れ、電車のドアは閉まり、轟音と共に去って行った。



 改札を過ぎる前に、ミアは一旦立ち止まった。


「今日はありがとうございました。私、ここまでで大丈夫です」


「俺、心配だし、ミアの家の近くまで送るから。芝田先生にもそう言ったし」


「でも‥‥‥」


「ほら、出口どっち?」


 雅秋は自動改札をさっさと抜けてしまう。


 こんなところで言い争うことは出来ない。仕方なくミアも続く。



 歩きながら、ミアは雅秋の横顔をチラリと見る。雅秋には今すぐに問いたいことがあったが、きっかけが掴めずにいる。


 ──まただわ‥‥‥


 先ほどから、雅秋は右手で目頭辺りを押さえる仕草を繰り返していた。


 額に浮かぶ汗。


 ミアは、雅秋が自分のために無理していることに今さら気がつく。


 ──そうよ、甲斐先輩は最初から体調が悪そうだったのに!


「あのっ、先輩? 具合が悪いのではないですか? すごい汗です」



 雅秋は三日前、美術室にミアの代わりに名波索が現れたことに相当なダメージを受けていた。今まで負け知らずで来た雅秋だったが、爽やか系イケメンの名波索には完全にマウントを取られたと思った。


 自信家だった雅秋は珍しく落ち込み、あれから食欲をなくしていた。


 今日は昼頃学校でミアにコクってから一旦は落花生駅まで帰途に着いたのだが、訳あってまた学校まで戻って来ていた。


 そしてミアと索を中庭で目撃し、一人 魚の泳ぐ水に浸かって体力を使った挙げ句、倒れたミアを保健室に運んだ。そして今、この炎天下の中、見知らぬ通りを歩く雅秋は内心ヘロヘロだった。気分的には、もう自分のベッドにダイブしてそのまま眠ってしまいたい気分だ。



「‥‥‥俺は大丈夫だから」



 無理に作る笑顔の雅秋は、ミアがどう見ても平常ではない。


 雅秋の家がここから遠かったら、今度は帰り道で雅秋が倒れてしまいそうだ。


 チラリと見た駅前のファストフードは列が店の外まで列が出来ている。



「そういえば、先輩の家はどの辺りなのですか?」


 ミアは雅秋のことは美術部以外では、何も知らない。


「‥‥‥えっと、俺んちは付梨(ふなし)駅乗り換えの印原(いんげん)駅。なんで? 俺のことに興味出て来た?」


 雅秋はフフンと嗤い、戯れ言で誤魔化す。


 だが、ミアの顔は真顔のままだ。


「‥‥‥だったら、私の家、すぐそこですから休んで行って下さい。大丈夫ですか? 荷物は全部私が持ちます」


 雅秋の戯れ言は無視して、持っていた二人分の荷物を剥ぎ取った。



「おっ、おい!?」


「私のせいで甲斐先輩が倒れたら困ります! 早く行きますよ? ついて来て下さい」


「おっ、おい! ミアの家って‥‥‥俺が行ってもいいのかよ?」


 いきなりのミアの大胆な提案に驚く。


 ──俺が具合悪いの見抜かれてる。カッコ悪。それにしても‥‥‥ミアって意外と積極的じゃん?



 実は先ほどから嫌な汗が止まらなくなっていて、出来れば涼しいところで一休みしたかった雅秋にはありがたい。



 *********



 高いフェンスの内側には涼しげな葉を繁らせたシンボルツリー。


 タイル張りのアプローチの先には、欧風の二階建ての家。



「どうぞ、入って下さい」


 ミアは扉を開けて雅秋を中へ促す。


「お邪魔します‥‥‥」


「どうせ誰もいないです。はい、これ先輩の荷物。洗面所は左の扉です。この廊下の奥がリビングだからソファーで休んでいてください。テーブルの上にエアコンリモコンありますから。私、着替えてからすぐ行きます」


 ミアは淡々と、持っていた雅秋の荷物を返す。


「‥‥‥悪いな、ミア」


「いえ‥‥‥」



 ミアは脇の階段を上って行く。下から見上げる雅秋には、ミアのスラリとした脚が奥の方まで見える。


 すぐに上の方でドアの開け閉めの音が響いた。



 なんだか、雅秋は落ち着かない気持ちで洗面台に向かい、手と顔を洗い、ついでにうがいをする。


 リュックからスポーツタオルを引っ張り出し顔を拭いた。


 それだけでも気分はずいぶんサッパリした。


 目の前の大きな三面鏡を見る。中には疲れ気味のジャージ男子。いつもキメてる髪型は最悪。顔色悪し。


 せめて手ぐしで前髪を整える。



 ──コクったその日に家に招かれる事態なんて誰が想像すんの? しかも無人の家に! 最悪だ。まさかこんなダサいカッコして池の水でなにげに生臭い上に、汗まみれでこんなシチュエーションになるなんて!




 その頃、ミアは自分の部屋でまごついていた。平静を装っていたが、雅秋を休ませること以外、何も考えずに雅秋を家に招いてしまった自分に困惑していた。


 その為、すぐさま自分の部屋に逃げた。


 ──どうしよう! 家で甲斐先輩と二人っきりって。よく考えたら私、頭おかしい。誰もいない家に男子を連れ込むなんて!


 ううん、具合の悪い人を助けるだけだもの。おかしいことでもないわよね?


 ミアはどぎまぎする自分を納得させて、取り敢えずシンプルなノースリーブのワンピースドレスの部屋着に着替えた。


 雅秋に早く水分を取らせなければならない。



 すぐにリビングに向かった。



 ソファーにすっかり背も頭も預けて目を閉じていた雅秋が、足音でフッと目を開けた。


 戻って来たミアを見て、ビクッとして座り直した。



「先輩、飲み物は何がいいですか?」


「ありがとう。ミアと同じでいい」


「じゃ、アイスレモンティーです」



 雅秋の耳にグラスに氷を入れる涼しげな音が響いた。



「‥‥‥ミア、サンキュ」


 雅秋が座る3人掛けソファーの前のローテーブルに置かれた二つのグラス。


 ローテーブルの向こう側の床にはミアが床にペタリと座っている。


 ──さすがに俺の横には来ないよな。


 雅秋は、冷たいアイスティーを一気に飲み干す。


「先輩、熱中症になりかけていたのかも。すごい汗かいてたし。おかわり持ってきます」


 ミアは今度は冷蔵庫から大きなペットボトルごと持って来て、雅秋のグラスに注いだ。


「ありがとう」


 雅秋はミアの制服以外の姿を見るのは初めてだった。


 ずっと見たかったミアの白いワンピース姿は尊い。


「ミアもそんなとこじゃなくてこっちに座れよ。俺は狼じゃねーよ」


 雅秋はソファーの隅っこに座り直す。


「ええと‥‥‥はい」


 ミアは返事に微妙に拒否感を醸しながらも、反対の端っこに遠慮がちに浅く座る。


 今なら聞いてもいいかも知れないと思った。


「あの‥‥‥どうして保健室で先生に私のことを、彼女と言ったのですか? それに私のことミアってあれから呼んでますけど?」


 ミアは抑えていたが、不快感が多少にじみ出た口調になった。


「‥‥‥‥」


 雅秋はミアの目をじっと見つめて来た。


 ミアはその視線が自分を咎ているのを感じた。


「あ、あのっ?」


「‥‥‥なんだよ! ミアは覚えてないの? ミアは気を失う直前に名波より俺を選んだんだぜ?」


「エッ? わ、私そんなこと知りません!」


 ミアには寝耳に水だ。


「おいおい、よーく思い出して見ろよ。それともミアは俺の心を(もてあそ)んでんのか?」


 雅秋の整った顔に怒気が浮かぶ。


「も、弄ぶなんて! そんなことあるわけありません! それに‥‥‥私そんなにはっきりとは思い出せないです」


 ミアは雅秋の怒りの表情におろおろし、言葉に詰まる。


「なら、俺が正しいってことだろ! 俺ははっきり覚えてんだから」


「‥‥‥それはどうかわかりません」


 ミアは思い出そうとしたが、この状況下では難しい。



「だから先生にも彼女だって言った。だからミアって呼んだ。だから俺のことも雅秋(がしゅう)って呼べ」


「あの、でも‥‥‥私、本当に知らないです」


「‥‥‥自分が言ったことに責任持てよ。俺たちは付き合い始めた。そして俺はもうミアしか要らないと思ってる」


 いつの間にか、ミアのすぐ横に雅秋がいる。


 立ち上がったミアの右の手首を掴んだ。


「待てよ!」



 雅秋も立ち上がりいきなりミアを抱き締める。


「嫌ッ! 困ります!」


 ミアは雅秋を思いっきり押し返した。


「じゃあ今夜、ゆっくり思い出せよ。自分が言った言葉を。さらに俺を傷つける気?」


「そんなつもりは‥‥‥」 


「じゃあ、どういうつもりで誰もいない家に俺を呼んだ? それ自体俺を弄んでんじゃん」


「私、ただ先輩が心配で‥‥‥今度は先輩が倒れてしまうんじゃないかって」


「俺たち、もうガキじゃないんだぜ? 少しは考えろよ」


「‥‥‥‥私そんなつもりじゃ‥‥‥」



 気まずい沈黙が流れる。



「‥‥‥休ませてくれてありがとうな。アイスティー、ごちそうさま。俺、帰るから。後で連絡する」


「あの‥‥‥‥」



 雅秋は言い捨ててさっさと玄関に向かう。


「お邪魔しました」


 玄関からドアの開閉の音が冷たく響いた。



 ミアはソファーにポサンッと力無く腰かけた。


 目の前に残された二つのグラスが水滴に濡れている。



 ──私、気がついたら甲斐先輩の彼女になっていた。


 そんな返事私したっけ?


 私、あの時混乱してたからそう返事をしたのかも‥‥‥?


 いやいや、待って! 


 なんて言ったかなんて正確には思い出せないわ。


 それに言葉の受け取りだって人によって違う場合もあるし。



 私の心配をしてくれた甲斐先輩を傷つけようとしたわけじゃない。



 私、幽霊だったとしても、振られたとしても、名波先輩のことが好き。


 この思いはどうすればいいの‥‥‥‥?


 名波先輩が私に言ったこと。甲斐先輩の言葉。じっくり考えよう。



 誰かのせいにして後悔したくないから。





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