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内気少女といにしえの恋  作者: メイズ
諸行無常な恋をして
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索の物語

『ここは‥‥‥?』


『ここは、僕の住まう場所。彼岸と此岸(しがん)の狭間の世界』


 索の姿は見えず、声だけが聞こえた。


『僕が見て来たものを、美しい君に少しだけ見せよう。僕が恨みながらも忘れられぬ蓮津を思わせる、愛すべき君に‥‥‥』


『‥‥‥蓮津?』




 ミアは見知らぬ場所に立っていた。どこかの古めかしい民家の庭先に。



 ──ここは‥‥‥? すごく昔みたい‥‥‥タイムスリップしたような。



 着物を着た美しい少女が池の中の鯉を見てこちらを見てほほえんだ。


 ──私を見ているの? ううん、これは私じゃない。これは誰かから見た目線。


 目線の(ぬし)は平たい石を拾って池に投げた。


 水面を水切りでぴょんぴょん跳ねる石。少女は振り返りキラキラ瞳を輝かせ、染めた頬で褒めてくれた。



 場面が突然変わった。



 今度は大きな日本庭園らしい。蓮の華咲く大きな池に架かっている橋の上。


 向こうには天守閣がそびえている。



 先ほどと同じ少女だ。あの時よりずいぶん成長している。幼さが消えつつある美しい少女と手を取り合っている。


 彼女の潤んだ瞳。これはまさしく恋する乙女。



 ──こちらを切ない目で見つめて来る美しい女の子。私のことを『索』と呼んでいる‥‥‥


 この子は誰‥‥‥? この目線の主は、彼女を『蓮津』と呼んだわ。


 これは‥‥‥これは、名波先輩の見て来た記憶なの? 私は今、名波先輩の記憶と同化しているの?




 ──今度は薄暗い部屋の中。

 

 書庫のような雑多な場所で蓮津姫と密やかに語らっている。手紙を交換し胸元に収めた。別れ際にそっと唇を重ねた。



季節が変わり、淡々と暗い時間が過ぎて行く。



 ──質素な部屋。この紙は‥‥‥手紙かしら?


 『索』は、暗い部屋で手紙を読み返している。何度も何度も何度も‥‥‥‥


 しずくがポトリと手紙に落ち、染みを作った。



 りりしい若侍に叱責されている。両肩に手をかけられて顔を覗かれた。若侍は苛立たしくも憂いた目をしている。廊下から眉根を寄せてこちらを心配げに見ている女性は若侍の妻らしい。お腹が大きい。



 ──不気味な風が吹いている。まがまがしい木の葉のざわめき。怖いわ‥‥


 うす暗い境内。籠のようなもので顔を隠した侍が現れた。刀の切っ先を顔に突き付けられた。


 ──誰なのっ? 嫌! やめて!‥‥‥あああっ! 嘘でしょう?


 そのまま振りかざされた刀は、首もとから振り落とされた。

 生温かい鮮血が地面に流れ落ちてゆく。


 ──暗い血溜まりの地面が目の前に。


 『索』は 切られて倒れたの。どうして どうして逃げなかったの?


 どうして抵抗さえしないまま斬られたの?



 消えゆく視界。暗闇。



 次の場面は‥‥‥?



 ここからは全てを俯瞰して見ている。



 豪華な調度品。ここはお城の中なのね。



 索の唯一の心残り。蓮津姫。


 私に似ている蓮津姫。

 


 泣いているわ。彼女は最期の願いを懇願している。


『索、わたくしも黄泉の国へ連れて行って‥‥‥』


 大量のお札が貼られた部屋入口。索はこれがあったら入れない。


 蓮津姫は はがして破り捨てる。



 毎夜の索との語らい。日に日に衰弱する蓮津姫。


 部屋の中に新たに貼られてゆく悪霊封じのお札。


 見張りの隙を見て、剥がす蓮津姫。


 蓮津姫は、こちらを見ると、青白い顔で小さく微笑み、索を部屋に招き入れた。



 ──目まぐるしくぱっぱと変わる映像。



 ここは黄泉の国? 妖怪変化! 不思議な世界ね。九尾に鬼まで普通に歩いているなんて! 



 微笑む蓮津姫。幸せそうな笑顔。


 彼女を抱きしめる索。


 宿には、人の言葉をしゃべる不思議なうぐいす色の小鳥。



 ──どうしたことなの!



 蓮津姫から突然言い渡された別れ。


 鳥の羽で仕立てられた衣を着た小麦色の青年と、二人去ってゆく蓮津姫。


 

 深い失意の索。



 蓮津姫を探す苦難の道。


 襲い来る化け物たちを切り殺す、黒く光る刃の妖刀。


 日に日にぼろぼろになってゆく索。


 結界の遮り。終点。これより先へは進めない。



 不意に現れた長い黒髪と金色の瞳を持つ、恐ろしいほど美しい男。それは蓮津と結ばれていた男。



 索の腕の中からはとっくに去っていた蓮津姫───



 黄金の鯉の成瀬から受けた同情。絶望の索に差し伸べられた救いの手。




 水面がキラキラと、まるでダイヤモンドのように輝く‥‥‥プリズムの美しい光‥‥‥眩しい!



 

 あの質素な家。


 ──索は現世に戻ったのね!


 先ほどの若侍とかわいらしい女性と赤ちゃん、おばあ様がいる。


 ──これはきっと索の家族。慎ましいやかで、微笑みある幸せな暮らしぶりみたい。


 仏壇に捧げられた花と線香。手を合わせる三人。



 暗転。



 ──次は? 見覚えがある綺麗な日本庭園の池。あのお城の庭だわ。蓮津姫と再開の思い出の場所。


 美しく咲く蓮の華。優雅に色とりどりの錦鯉が泳ぐ姿を、冷めた気持ちで見つめてる。



 暗転。



 ──あれ?‥‥‥ここは? 私たちの学校だわ!


 生徒たちの制服は違うけれど、この学校よ。これは鯉が泳ぐ中庭の池!


 池の脇に生えてる大きなすずかけの木が、まだこんなに小さい‥‥‥



 ──ここは昔の学校。



 いつの間にかミアの隣には索がいた。



 昔の制服の生徒たちが憩う中庭で、同じ空間にいるはずなのに、索とミアだけは重なったレイヤードの空間にいるのを感じた。


 まるでリアルなメタバースに放りこまれたような感覚に陥る。


 だれも、二人の存在には気がついてはいない。


 図書室から出てから座った池の縁に、先ほどと同じように並んで座っている索とミア。




『今のは‥‥‥なんだったの? とても昔の悲しいお話だわ‥‥‥‥』


『これは、僕の物語。僕も蓮津もお互いのためなら命さえ惜しくはなかった。僕たちは真に愛し合っていたはずだった。なのに‥‥‥』


『蓮津姫が‥‥‥‥心変わりを?』


『蓮津は私のために命さえ捨てたというのに。それでも女の心は移ろう‥‥‥』



 索の目に、冷たい光が宿っているのがミアには見える。


 ミアは、索に何と言えばいいのかわからなかったが、思ったことをそのまま伝えた。

 


『‥‥‥‥先のことは‥‥‥誰にもわからないから。でも、蓮津姫様は、その時は名波先輩のことを本当に愛していたと思います。‥‥‥誰にでも永遠なんてあり得ないと思います。だって、周りもどんどん変わってゆくし、自分も変わらなきゃ前に進めないもの。もしかして名波先輩は、今までずっと深く傷ついたままでいたのですか? 止まったままで‥‥‥』


『‥‥‥‥』


『蓮津姫には、変わらなければ進めないような、言えない事情あったのかもしれません‥‥‥』


『‥‥‥‥そうだとしても僕は。‥‥‥君は、生きて君を思っている者に目を向ければいい。僕はここに住む幽霊の一人に過ぎない。僕のこの仮の姿は、生きている君にとっては幻の生徒だね。だと言うのに僕は、心の底では誰かが僕に捧げてくれる愛を求めてる。僕にとってミアは、初めて見かけた時から魅力的なのは事実で、だからつい僕の扇子を渡してしまった』


『‥‥‥‥名波先輩は幽霊って言われても‥‥‥でも、現に先輩はここの生徒で‥‥‥?』



 ミアはこの状況ついては理解したつもりだったが、どこか真には迫って来てはいない。だって、ここはまだ夢現(ゆめうつつ)の世界。


 ミアが恋した人は、意識の中ではやはり、錦鯉研究部の名波先輩のままだった。



『‥‥‥女は死ぬ覚悟で愛したとて心変わり。ならばミアは僕のために恋に懸けて死ぬだけ損だろう。死を選ばなかったとしても、僕がミアに構い過ぎれば、僕はミアの生気を少なからず奪ってしまう』


『‥‥‥それって私の今の気持ちは空回りするしかないってことですか? 私は、こんなの夢みたいだし、今一つリアルに感じられなくて‥‥‥。でも私の先輩への気持ちは本物なんです』


『‥‥‥‥ありがとう。だけど、僕には判断がつかない。ミアを愛してもいいのか。まだ怖いんだ。ごめんね、ミア‥‥‥』


『‥‥‥‥』


うつ向くミア。


『‥‥‥ミア、そろそろ戻ろうか』




**********




「くっそ、真夏多さんッ! どこだッ!! 絶対に見たのに!! 名波! どこに行ったんだッ?!」



 雅秋の声がミアの薄い意識の中に響く。



 ──頬がひんやり‥‥‥レンガ造りの池の縁‥‥‥


「‥‥‥ここは‥‥‥」



 ミアは中庭の池の縁に腰かけたまま横たわっていた。


 後ろからばちゃばちゃと水の音がする。


「‥‥‥な‥‥に?」



 ミアは、ゆっくり身を起こし、後ろを振り返る。




 そこには制服のままびしょ濡れになりながら必死で池の中を探っている雅秋がいた。


「甲斐‥‥‥先輩‥‥‥何してるんですか? いくら暑いからって鯉の池に入るなんて‥‥‥」


「ま、真夏多さんッ!?」



 雅秋が、ミアを見つけて水の中を転びそうになりながら慌ててこちらに向かって来る。



「いつからそこに?! 俺、お前が名波と池に落ちたと思って‥‥‥」


「えっ?」


「‥‥‥真夏多さんが無事ならそれで‥‥‥」



「私を‥‥‥‥私を探してくれていたのですか? 甲斐先輩‥‥‥‥制服のままびしょ濡れになって‥‥‥‥」


「はあ~、無事でよかった‥‥‥‥俺、心臓止まった、マジで」


 池の中からミアの横に座りミアを抱きしめた。


「あっ、あのっ‥‥‥甲斐先輩?」


 雅秋は、ふっとミアの肩を掴んで自分から離した。


「‥‥‥‥あれ? お前全然濡れて無い? 髪も濡れてない? 何で? 名波はどこ行った? さっきここにいたよな?」


「‥‥‥‥甲斐先輩‥‥‥私‥‥‥‥」



 名波が見せた過去の幻が一気に甦る。


 まさか自分のために池に飛び込んで助けようとしてくれていた雅秋にも心を動かされた。


 心が耐えきれずに涙が溢れた。



「‥‥‥甲斐先輩。ごめんなさい、私のためにこんなこと‥‥‥それに私‥‥‥‥名波先輩に‥‥‥振られてしまったみたい‥‥‥‥」


「‥‥‥俺がいるだろ。真夏多さん。名波より俺にしろってさっき言ったよな?」


 ミアの髪を撫でながら心配げに顔を覗く。


「‥‥‥そうですね‥‥‥だって、あの人は‥‥‥」




 ミアの意識は、ふっと飛んだ。






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