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内気少女といにしえの恋  作者: メイズ
諸行無常な恋をして
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指切り

 ミアが美術室に戻ると、窓際に立ったゼツガが、イーゼルに乗った自分の絵を眺めながらパンをかじっていた。


 他には誰も見当たらない。



「あれ、どうしたの? 真夏多さん、忘れもの?」


「いえ、違います。あの‥‥‥私もここでお昼を頂こうかと思って‥‥‥」



 まさか男子の先輩一人しか残っていないとは思わなかった。ちょっと気まずい。


 ミアは、用事以外ではゼツガとはほとんど話した事は無かった。


 ゼツガはいきなり入って来たミアを気にする風でもなく、普段トーコやユリカと話すのと同じ調子だ。


「俺しかいなくてびっくりした? なぜか今日はみんなでカラオケに行こうって話になってさ。まあ、金曜日だしな、明日明後日は休みだし。俺はちょっと気分じゃないからやめといたんだ」


 ミアがゼツガ一人しかいないことに気まずくなっているのを察して気を使ってくれているのがミアに分かった。



 ──久瀬先輩の描く絵と同じ。見かけはゴツいけど、優しい人‥‥‥



「私は‥‥‥えっと‥‥この後、図書室で勉強しようかなって思ったんです」


「ふーん。そう‥‥‥」



 ミアはゼツガがの横に並ぶ。ゼツガが眺めていたイーゼルに乗ったミアの人物画を見た。



「完成ですか?」


「‥‥‥ああ、どう思う?」


「私、久瀬先輩の絵、好きです。とても優しい感じがします」



 ミアから微笑まれて、ゼツガはどぎまぎする。


「あー、そう? ありがとう」


「‥‥‥‥あ、あの一つだけ聞いてもいいですか?」



 この二人きりというのは、ミアが気になっていたあの事を聞く又と無いチャンスだった。



「先輩に今朝聞かれたこと、気になっていて‥‥‥‥名波先輩に何かあるんですか?」


 ゼツガの顔色をそれとなく窺うミア。



「えっとー‥‥‥あれは‥‥‥」



 ゼツガは戸惑う。



 ──あの朔の夜の名波索の奇行。



 本当のことを言った所でミアが信じるわけが無い。真夜中に学校にいた自分自身だって十分怪しまれる要素を含んでいる。



「それは、何か悪い噂でも‥‥‥‥?」


 ミアは不安げな表情になる。それを見るゼツガは焦った。


「い、いや。あれは何でも無いから。忘れてくれ! いきなりプライベートなこと立ち入ってゴメン」


「‥‥‥隠されると余計気になります。久瀬先輩」


 ミアの声が震えた。


 ゼツガは何かを知っているとミアは思う。自分に隠すという態度で、どうにも察してしまう。


 ただの噂にしても悪いことに違いない。



「‥‥‥お願いします。何か知っているのならば私に教えてくださいませんか? 久瀬先輩から聞いたことは誰にも言いませんから」



 ミアの潤んだ声と目を間近にしてゼツガの心は動揺していた。


 でももし、話したらどっちかと言うと自分の方が立場が悪くなりそうだ。



「やっぱり‥‥‥‥だめですか?」


 ミアがうなだれる。



 ミアを落胆させることに心が痛い。



 ──真夏多さん、そんなに名波のことを‥‥‥‥なら、知ってた方がいいのか? ある意味これは注意喚起のチャンスとも言えるけど‥‥‥


「‥‥‥本当に誰にも言わないって約束してくれるか?」


「‥‥‥久瀬先輩!」


「それに、言っても真夏多さんに信じては貰えないと思うんだけど」 


「‥‥‥それは内容によるかも知れませんけど。お話だけ聞かせて頂けたら久瀬先輩のことは誰にも言わないと誓います。えっと、指切りします!」


「‥‥‥指切りげんまん?」



 ミアは真面目な顔で頷き、小指を差し出す。


 迷ったゼツガだったが、自分の左の小指をミアの細い指に絡めた。



 『指切りげんまん、うそついたら針千本飲ます‥‥‥』



「────指切った。‥‥‥これで誓いを破ったら針千本です」



 ミアのまっすぐな瞳がゼツガの目をじっと見つめている。


 ──好きな子の好きな人のお陰で好きな子と見つめ合えるってシチュエーション。嬉しいけど、嬉しくねぇ‥‥‥



 ゼツガは目を反らす。このまま沈黙には耐えられない。




「‥‥‥俺、偶然夜中に見ちまったんだ、名波のこと。‥‥‥名波のこんな話、誰も信じない。俺だって今思うと夢でも見てたんじゃって思うくらいだし‥‥‥‥」


「何を見たんですか? 私、久瀬が嘘を言うなんて思っていません‥‥‥」



 こんな話だったとしても、ミアの黒目がちな瞳にじっと見られたらやはり照れる。



 ──俺には心の準備が必要だ!


「‥‥‥ありがとう。あ、真夏多さんは昼飯早く食えよ。俺も途中だし。俺はその間にどう言えばいいのかちょっと考えるから」


「あ‥‥‥ごめんなさい! 久瀬先輩は食事中だったのに。私ったら強引に」


 ミアはゼツガを振り回していたことにやっと気づき顔を赤らめた。


「どうせなので、そこの机で一緒に食べませんか?」



 ミアの提案で向かい合って二人椅子に座った。



 ゼツガは紙パックのカフェオレをストローで飲んでいるミアにぼんやりと見とれながら、あの夜のことを思い返す。


 途中、ミアと目が合って慌てて反らした。


 緊張して、咀嚼がしにくい。好きな人と向かい合って食事をすると、食べた気がしないことをゼツガは知った。



 ミアは食べ終わり片付けると、ゼツガが話すのを待った。


 視線に促されてゼツガは話し始めた。


 もちろんスケッチブックのことは隠すに決まってる。



「これは俺の見間違いかも知れないし、俺自身も今となっては本当だったのかもわからなくなって来た。だって、夢みたいな光景で‥‥‥」




 ***********




 話し終えたゼツガは、ミアの反応が気になった。忘れ物を取りに行くといういかにもの理由で、真夜中に学校に忍び込んだ自分のことをヤバいヤツだと思うかも知れない。


 だが、ゼツガの話を聞き終えたミアの見解は意外なものだった。




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