地雷と改心〈雅秋〉
元カノの牧野のばらは、とんでもない地雷だった。
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それは真夏多さんが入学するほんのひと月前、3月の事で、その当時1年生ですごい美人と噂になっていた女子がいて、ちょっと壁に押し付けてやったらすぐに落ちた。
それが牧野のばらだった。
だがその後、彼女と数回話しただけで、俺たちは実は似た者同士だったことが判明した。
牧野のばらは、最初から俺を利用する気で落とされた振りをしていただけで、俺に気があるわけではなかったことが判明。
彼女にとっては、"甲斐雅秋の彼女" という、校内で目立つ立ち位置にいることが重要らしかった。
そう、俺たちはお互いに相手のステータスを利用していただけだった。お陰で二人の間には、恋愛情緒は無かった。
そうだとしても俺は、取り敢えずは華やかなオーラをまとった美人が彼女だって周りに示せていればそれで良かったから、そん時は、数ヵ月はそのままでいようと思ってたんだけど。
だが付き合いはじめて1ヶ月も経たずに別れ話を出した俺。新入生の真夏多さんに出会っちまったんだからしょうがない。
牧野のばらと付き合ったと言っても二人で会ったのは学校帰りの数回のみだったし、恋愛感情があるわけでもないし、ほぼ名目上だけの彼氏彼女だったから、すんなり別れてくれると思ってた。だけど‥‥‥
彼女は別れ話に激昂し、俺にくだらないメッセージを山ほど送りつけて来るネットストーカーと化した。こいつとは何もしていなかったのに、だ。
プライドの高い牧野のばらは、こんなに短期間で、"甲斐雅秋の彼女" という立場を失うのは許せなかったようだ。
俺には他にマジで好きな人が出来たと正直に話し、つきまとうのはやめるように直接話もしたけれど、怖いくらいにわかっては貰えない。その間、憂鬱な3ヶ月。
俺がやっと救われたのは救世主が現れたせいだった。
牧野は夏休み前に同級生の男子に告られたらしい。
なんでも、それは新生徒会長に選ばれた同級の男子らしい。彼女はそっちのステータスに乗り換えた。その会長様には感謝しかないぜ。どうか、お幸せに。
こういう恐ろしい女もいることを学び、飾りの彼女はもう要らないと思うようになった。お互いに利用したりされる関係など、虚しいと思うようになった。
そんな関係で得る優越感は刹那的なんてこと、とうに知ってはいた。
これまでを振り返れば、誰かとの心に残る温かい思い出さえ思いつかない。
あったのは周囲へのマウント取りの優越と肉体的快楽だけ。
‥‥申し訳ないけど、歴代彼女たちの記憶が入り交じって、誰と何をしたのかさえはっきりとは覚えてない。名前さえパッとは出て来ない。
──俺は間違っていたんだ。
真面目に本当に俺を思ってくれる優しい女の子がいい。そのためには俺も変わらなくちゃいけない。
地雷を踏んだお陰で、そんな気づきが俺に訪れていた。
同時に真夏多さんのことも知っていくことになった。
美術部に約束通りやって来た彼女は、全くもってあのあざとい表情の真夏多さんではなかった。
二面性があって猫を被っているのかもと思ってよく観察した。
俺は真夏多さんには大変興味があるけれど、人間中身も大切だから、ここは見極めが必要だって学習済みだ。
俺はぼぼ毎日彼女を遠く近く見ていたけれど、彼女は至って真面目を絵に書いたような人で、大人しくて控え目で、礼儀正しい女の子だった。
そして、消極的な受け身体質のようにしか思えない。
──あの垣間見えた あざとさは何だったんだ?
どんな子か知りたくて、時折、楽しげな話題を振って彼女に話し掛けた。
今までの女の子たちは、俺に興味を示されればそれなりの反応があった。
しかし、彼女の返す相づちはおざなりで、俺には全く興味を示さなかった。
それも俺の気を引くための、彼女のような美少女独自の高等テクなのかは、その時俺にはまだ判断がつかなかった。
6月が過ぎ、7月になっても真夏多さんの様子は変わらない。
誰かが話しかければ軽く雑談には応じているようだけど、用が無い限り自分から誰かに話し掛けてはいないようだった。
あのモデルを引き受けた時の、あざと顔の真夏多さんは何だったんだろう?
何で断り続けていたのに急に気が変わったんだろう?
俺は密かに観察しながら彼女の内面を探っているうちに夏休みに入った。
その少し前、元カノの牧野のばらの粘着がやっと剥がれてほっとした頃だった。
夏休みの美術部は、基本出入り自由で、取り敢えずは昼ごろショートミーティングで閉めてから、5時までは自由参加となっている。
俺は夏休み初日の正午のミーティングの後で、一緒に帰ろうと真夏多さんを誘うことにした。
彼女のことをもっと知りたかったし、なぜモデルを引き受けたのかも知りたかった。
「真夏多さん、お疲れ! 明日もよろしく。夏休みなのに来させてごめんな」
俺が声をかけると、彼女はうつむき加減、おどおどして落ちつかなそうな仕草。
「いいえ、私、甲斐先輩がモデルに誘ってくれたお陰で私‥‥‥自分は変わらなきゃいけないって思うきっかけになったんです。だから私、今では好きで来ているんです」
──これって‥‥‥
消極的な自分を変えたくてあの時、思いきってモデルを引き受けたってこと?
返事すんのに変に緊張して、普段と違ってしまったってこと? 確かに、気弱そうな彼女にならあり得そうだ‥‥‥
そう仮定したら、今までのこと、すべて整合性が取れんじゃない?
あの時以外の真夏多さんは、ずっと同じ。大人しくていつも誰かしらにかばわれている感じの子。教室では切取ルイマに、美術部では星野塔子と辻ユリカに。
‥‥‥ふーん。だとしたら俺はここから本気で真夏多さんにアプローチするべきだ。
俺が求めているのは、もはや軽薄でマウント大好きな、見かけだけいい女じゃない。姿も大事だけど、それだけではダメなんだ。
優しくて俺だけを想ってくれるような真面目な信用出来る人。
──まさしく、目の前の真夏多さんって俺の理想の彼女じゃん!
「そうかー、そういう風に言って貰えると俺も嬉しいな。‥‥‥真夏多さんさ、もう帰るんだろ?‥‥‥あの‥‥駅まで一緒に帰らない?」
「えっ?」
俺の誘いにびくついてる。これは演技ではなかった。
「あの、私、今日は錦鯉研究部の当番なんです。知ってますよね? 私、部員なんです。今から中庭の鯉に餌をあげて鯉の様子を日誌に書かないといけないんです。だから‥‥‥」
難色を示す真夏多さんを、半ば無理やり俺と一緒に帰るように誘った。
だって、もう俺に迷いは無いから。
──それなのにどうしたことだよ?
真夏多さんを待っていた俺の前に現れたのはアイツ!! 名波索という、錦鯉研究部の部長を名乗る男子。
俺はこの時、初めてそいつを見た。こんなヤツ、今までいたっけ?
見た感じ、爽やかな万人受けするような好青年と呼ばれるタイプの名波索
だけどさ、そいつぜーったい性格はクッソ悪いと思う。
俺を侮蔑しているその目。いけすかない不敵な薄ら笑いをかすかに浮かべた口許。
結局真夏多さんが好きなのは自分のことだと言いたいらしい。俺に彼女をもう誘わないように言って来た。
真夏多さんに彼氏がいないことはリサーチ済みだ。こいつは彼女と付き合っている訳じゃないはずだ。
確かに名波は俺とは違うタイプのイケメンだと認めるけど、この俺が名波に負けてる要素は無い。
なんで名波が真夏多さんのかわりに俺の所に来ることになったんだ?
真夏多さんが頼んだのか? それとも、俺に近づけさせないようにあいつが強引にそうさせたのか?
真夏多さんは、俺と下校するだけのことがそんなに嫌だったのか?
俺の頭の中は名波と真夏多さんのことでぐちゃぐちゃになってしまった。
俺は翌日も翌々日も部活も休み、一晩と半悩んだ末、ガチで彼女にコクることに決めた。
金曜日、真夏多さんの美術部の帰宅に合わせて俺は待ち伏せした。
俺はいつもと違ってやたら緊張していた。
俺は管理教室棟の裏側に彼女を連れて行き、そのままコクった。
彼女はすごく驚いて怯えているようで、横を向いてしまった。他の女だったら俺を意識して顔を赤くしてもじもじしているところなのに。
真夏多さんの長いまつげが小さく揺れている。彼女の耳の産毛まで見える。石鹸の自然な香り。
俺は想いをなんの飾りもつけずにストレートに伝えた。
真夏多さんの顔が近くにあった。このまま彼女の愛らしい唇を奪ってしまいたい衝動にかられる。
ダメだ。彼女はそういうタイプじゃない。
「あ、あの‥‥‥ごめんなさい。私、好きな人がいるんです」
「誰? あの名波って奴? ほんと付き合ってんの?」
「‥‥‥私の‥‥‥片思いなだけです」
「だったら俺にしとけ。俺、あいつに負けてるか?」
「負けてるとか、そういうことでは‥‥‥‥」
「だったら俺にしろ!」
名波なんてろくなヤツじゃない。上から目線で人を小バカにしやがって。
俺はあんな男子に負けるわけには行かないっつーの!
「私に‥‥‥構わないでください!」
完全拒否られてる。
ここは一回引いて置いた方が良さそうだ。
余計にかたくなになられても。
──だからって俺は諦めないぜ。
「俺、真夏多さんの気が変わるまで、ずっと待ってる」
そっと告げると腕の中から彼女を解放した。
「俺、本気だから」
最後に一言伝えておいた。
パーフェクト美少女は手強い。