雅秋の恋〈雅秋〉
あれは過ぎ去りし4月のこと。
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俺は美術部員二人を引き連れ、朝のSHR前に新1年生の教室を順番に回っていた。新入部員獲得のためだ。
他の部の部員たちも手作りのプラカードを掲げ、躍起になってアピールして回っている。
最初が肝心だ! 春恒例の勧誘合戦。
部員数で予算も変わるし、俺が部長の代で新入部員が少ないなんて、俺のプライドが許さない。
人気の運動部のやつらは余裕だけど、地味な文化部同士の1年生争奪戦の行方は俺らにかかってる。
俺たちは8組から順番に回り、興味のある人は放課後に美術室に見学に来るように誘いを掛けて行った。
今年の1年生は1組は成績上位の集まりで特進強化クラス。8組は下位を集めた基礎強化クラスに分けてるらしい。そのせいか8組はノリが良く、俺たちの回りには賑やかな女子たちが集まって盛況だった。
後ろのクラスから順に回り、最後の1組まで来た。1組には取り立てて騒いで目立っている奴はいなかった。数人で固まっておしゃべりしていたり、本を読んでたり、英会話の模擬練習していたり。
その中で、ぱっと見ただけで目が行く、スラリとした女子の二人組がいた。
教壇から見渡すと、彼女たちのいる場所だけ切り取られて一段明るく見える。
一人はモデルのような体型の、髪がショートカットの女子で、同性からモテそうな美形だった。彼女に釣り合う男子はなかなかいなさそうに思う。
そして、その横にいる女子生徒!
俺の審美眼にパーフェクトリーに適った女の子。
瞬間、彼女に目と心を奪われた!
清楚なストレートの黒髪。すらっとした手足。白い肌。ノーメイクでその辺のアイドルタレントより上を行ってる。俺の理想を越えた理想がそこにあった。
俺はその時彼女がいたけど、即刻別れようと思った。
あの子を絶対彼女にして見せる。その時決めた。性格なんてどうでもいい。どうせこいつも俺がちょっとやさしくすれば俺と付き合うってなる。
今の彼女だって、所詮はアクセサリー。お互いにな。
誰だって知ってる。学校内での自分の立ち位置。それによって学校での居心地が変わることくらい。
俺らの価値は周りが決めている。
俺はその価値を求めて価値が認められてる女子を側に置いてるだけ。可愛いって噂されている子をとっかえひっかえで。
だってそれが高校生活でのステータス。美人の彼女が更に俺の価値を上げるわけで。彼女の方だって俺と付き合えばレベルランクアップじゃん?
面倒になったり、やっぱ合わなかったらさっさと別れりゃいいだけ。
俺は教室の入口角の真ん前の席にいた、やけにうざい前髪をした男子に彼女たちのことを尋ねた。
彼によれば、入学直後だしあまりよく知らないらしく、モデル体型女子が切取ルイマで、俺の未来の彼女になる予定の方が真夏多ミアだと名前だけ教えてくれた。
俺は一緒に部員勧誘に回っていた仲間二人に、あの子に秋の作品展に出品予定の人物画のモデルを頼んだらどうかと提案した。
もちろん俺と彼女が知り合うきっかけ作りのためだ。
二人とも、その場で即決賛成した。
それから俺たちは日を改めて、1年1組まで真夏多さんを勧誘に行った。
美術部内部では、真夏多さんを誘うなら切取さんも誘って欲しいという声も聞かれたので、ついでに切取も誘ってみたが、けんもほろろの塩対応。
肝心の真夏多さんは、この俺に声をかけられているというのに、こちらに見向きもしないばかりか避けられた。
くっそ。俺のプライドに懸けてこのまま引き下がる訳がないだろ?
それからは毎朝のように彼女を勧誘に行った。
切取は3年の俺らにも容赦なく言い返して来るような強者にて、また真夏多さんを誘う大きな障壁だった。
俺らと真夏多さんの間にはいつも切取がいて、真夏多さんからは、『私、無理です』か、『私、困ります』の一言しか貰えない。
そして、6月に入り、もうモデルを決定させなければならないタイムリミットも近づき、今週中に彼女からよい返事を貰えなければ諦めざるを得ない時期となった。
実は、俺としてはモデルなんてやってくれてもやんなくてもどっちでも良かった。
俺がこうして彼女に興味があることを示しておけば、他の男子はそうそう彼女に手出しは出来ないだろ?
3年で学業成績優秀、運動神経もまずまず。ついでにイケメン校内No.1と皆が噂するこの俺と張り合いたいヤツなんていんのかよ?
真夏多さんのモデルが無理だったら違うアプローチすればいいだけ。いっそのことコクってもいい。
いつものように真夏多さんを誘いに、いつもの3人で行った時の事だった。
真夏多さんのついでに誘った切取ルイマには、いつも同様に強気の反撃を食らっていた。
「ちょっと。私もついでって何? それに毎日しつこいわよ。ミアだって困っているの! ねっ、ミア!」
いつも切取にかばわれてその後ろにいる真夏多さん。
いつもなら、ここで『はい。私、困りますから‥‥‥』と、一言残して教室の奥へ引っ込んで行くのが通常パターン。
でも、その日は違っていた。
その瞬間は、今までの彼女のイメージとは全く違ってた。
ずっと微動だしないでうつむいてたと思ったら、ふと俺らの方に視線を向けた。しかも小首を傾げてクスリと笑った。
「‥‥‥うふふ、そんなに私を描きたいの?」
あざとさがチラ見えしてる。悪女めいてない?
こんな一面があったんだ? 今まで俺らを焦らして楽しんでたのか?
かもな。この俺を毎日のように自分の教室まで通わせていたんだ。それで自分のステータス作ってたってわけだ? 結局は時期を見計らってOK出すつもりでいたんだ?
俺の今までの彼女たちと違って純情な子みたいに思ってたから、意外に思ったけど、まあ、この容姿してたら性格なんてどうでもいいし。
「もちろん! 真夏多さん以外考えられないし、諦められないからこうして俺自らこうして毎日頼みに来てたんじゃん? 君じゃなきゃこの俺が毎日ここに来るわけないだろ?」
俺が決め顔で言ってやったら、彼女はその時即決した。
「‥‥‥そう。なら私、やります」
「ひゃほー! じゃ決まったな。言質は取った。もう変えられないからな。なら、今日から毎日放課後は美術室に来てくれ。詳しくはそこで。切取さんも気が変わったら来てもいいから、じゃ」
「はぁ? 私も来てもいいって?、たとえ生きたかっぱを見せるって言われても行くわけ無いから」
真夏多さんの友だちの切取ルイマは、相当なイケメン女子。俺らと親しくなって利用することも出来たのに突っぱね続け、俺らの圧に流されることも無かった。
‥‥‥腑に落ちない。実はあざとかった真夏多さんと確乎不動の切取が仲がいいって解せなくないか?
ま、真夏多さんについてはこれからは美術部に来る訳だからどんな子なのかはおいおい判明するだろう。
真夏多さんが人物画のモデルを引き受け、俺と共有する時間が増えるのは喜ばしいことだったが、俺は一つ問題を抱えていた。
苛立たしくも、俺はそれまで付き合っていた2年の彼女、牧野のばらと 別れて貰えずにいた。