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内気少女といにしえの恋  作者: メイズ
諸行無常な恋をして
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告白されて

 鯉に餌をまく隣の名波索の横顔を見ながら、ミアの気持ちは確信にかわってゆく。


 ──私、名波先輩のこと‥‥‥


 索は最後の一掴みの餌を、こちらに近寄れないでいる向こうの鯉の方に投げ入れた。


「これでよし! 鯉たち、ご飯はこれでおしまいだよ。食べ過ぎたら病気になってしまうからね。‥‥‥真夏多さんは今日も当番ありがとう。では僕はこれで。気をつけて帰るんだよ」


「えっと‥‥はい、名波先輩。さようなら‥‥‥」



 ミアは素っ気なく普通教室棟へと去って行く名波の後ろ姿を、見えなくなるまで見つめていた。



 *********



 ミアは片付けを終え、日誌を書き入れて生物室の前のロッカーに戻すと、トートバッグを肩に下げて管理教室棟から出た。


 真昼の日差しが濃い影を作っている。



 ──今日も名波先輩のこと、何も聞けなかったな‥‥‥ 



 索に会えて嬉しかったものの、もどかしい思いがミアの心にくすぶる。



「真夏多さん、帰るとこ?」


 物思いにぼんやり歩いていたころを不意に呼び止められ、ハッとして声の方を見た。



 昨日も今日も休んでいた美術部部長の甲斐雅秋(がしゅう)だった。


 普段は活気に溢れている雅秋だったが、今は覇気が感じられない。



 ミアの代弁で来た名波索により、雅秋が相当のダメージを受けているなどとはミアは想像だにしていない。



「あれっ、甲斐先輩! 来てらしたんですね。‥‥‥顔色がよくないみたいですけど、大丈夫ですか?」


「‥‥‥大丈夫。それよりちょっと話、いいかな?」


 雅秋は普段とは違って硬い雰囲気を漂わせている。



 ──もしかして、一緒に帰る誘いを断った時のことを怒ってるの? 確かに人に頼んで断ったことは良くなかったかも‥‥‥


「‥‥‥えっと‥‥‥はい。この間は錦鯉研究部の仕事が急に出来たので手が離せなくなってしまって。伝言で済ませてしまってすみませんでした‥‥‥」


 ミアは雅秋の様子を上目でチラと窺う。



「それはもういい。ちょっとあっちの裏で話そうか」


 雅秋は黙ったまま管理教室棟の裏側に向かう。ミアは罪悪感から仕方なく後をついて行く。


 ──怒ってるみたい。自業自得ね。断り方で甲斐先輩の気を悪くさせたのなら今日ちゃんと謝っておこう‥‥‥




「あの‥‥‥甲斐先輩?」


 校舎の裏側は人気(ひとけ)が無い。不安になったミアは立ち止まった。



「真夏多さん!」


 雅秋はいきなりミアに壁ドンをした。


「!」


 ミアは校舎の壁を背に、近過ぎる雅秋の顔に驚いて横を向く。


「俺、真夏多さんを初めて見た時からずっと好きだった。俺と付き合ってくれ。俺は真剣だから」



 いきなりのこの告白はミアにとって予想外の展開だ。


 恐る恐る前を向いて雅秋の目を見る。



 雅秋はミアの目をそらさずに見つめて来た。雅秋のミントの香りの息がかかる。


 ミアはここでは、はっきり言わねばならなかった。多分、あの時にはっきり断れなくて今の今があるのだから。



「あ、あの‥‥‥ごめんなさい。私、好きな人がいるんです」


「誰? あの名波って奴? ほんと付き合ってんの?」


 訝る雅秋の視線が怖い。


 なぜか知られていた。ミアが名波への気持ちをはっきり自覚出来たのは、ついさっきだというのに。


「‥‥‥‥」


「はっきり言ってくれよ。俺だってマジなんだから。‥‥‥あの日、名波の言付けで誘いを断られてから今日までずっと、真夏多さんのことばかり考えてた」



 告白の方法はともかく、真剣に想いを告げられているのは伝わって、ミアも誠実に答えようと思った。


「‥‥‥私の‥‥‥片思いなだけです」


「だったら俺にしとけ。俺、あいつに負けてるか?」


 すがめた目でミアに問いかける。


 この人のこの強気はどこから来るのだろう‥‥と、ミアは困惑する。ミアが今まで思っていた以上の自信家のようだった。



「負けてるとか、そういうことでは‥‥‥‥」


「だったら俺にしろ!」


 雅秋のこの強引さは怖過ぎる。



「私に‥‥‥構わないでください!」


 ミアは自然と物怖じが消えていた。


 名波のことを思えば、気弱な自分のままではいられなかった。



「‥‥‥‥手強いな」


 フッ‥‥と甲斐のテンションが緩んだ。



「‥‥‥俺の壁ドンで落ちない女なんて、初めてだ。だけど‥‥‥」


 ミアの真横に顔を寄せ耳元でささやいた。


「俺、真夏多さんの気が変わるまで、ずっと待ってる」


 そっと告げると腕の中からミアを解放した。



「俺、本気だから」


 甲斐は最後に一言添えてからサッと立ち去った。



 ミアはしばらく壁によりかかったまま固まっていた。



 ──あの壁ドンで女の子が何人も落ちるものなの? 私にはよくわからない感覚だわ。



 緊張し過ぎていたようで、今さら膝がカクカク笑う。


 手のひらで膝頭をぎゅっと押さえてからパンパン叩く。


 ──とりあえず、大丈夫。


 雅秋がどこに向かったのか確かめに出ると、松の石垣の通路を校門に向かう小さい甲斐の後ろ姿が遠くに見えた。


 今、同じ方向に帰るのは嫌だった。駅で会ってしまうかも知れない。


 ──時間をおいてから帰ろう。もうお昼過ぎだし、家についてからじゃ中途半端。学校で食べてこうかな。



 ミアは構内の渡り通路の脇に設置されている自販機でパンとカフェオレを買うと美術室に戻ることにした。


 ユリカとトーコは今日はカラオケに行くと言っていたから、いないのはわかっていたが、数人は残って絵を描いたり、制作作業したり、又はおしゃべり目的で残っているはずだった。



 ──お昼を食べ終わったら図書室に行ってみようかな。


 名波先輩が勉強しているかもしれないもの。同じ空間にいられるだけでも幸せかも。


 甲斐部長は、私の気が変わるまで待つって言ってた。私にはそんな気持ちは無いのに。名波先輩がいたらまた相談しようか? ううん、ダメ。先輩が優しいからって甘え過ぎ。




 ミアが美術室に戻ると、ゼツガがパンをかじっていた。なぜか他には誰も見当たらない。



「あれ、どうしたの? 真夏多さん、忘れもの?」





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