I conceal my feelings from others 〈ゼツガ〉
もうすぐ2ヶ月経つのか。真夏多さんが初めて美術部に来た日から。
6月初旬のある日、部長の甲斐雅秋が、部員たちに紹介した。
「今日から人物画のモデルになってくれることになった1年の真夏多ミアさんです」
俺は彼女を見るのは初めてだった。
甲斐やその回りの男子が彼女のことで騒いでいたことは知っていた。何回もモデルになってくれと誘っては断られていたことも。
「真夏多ミアです。よろしくお願いします」
彼女は無表情で言った。俺にはわかる。
非常に緊張しているのだろう。
それにしても‥‥‥
甲斐たちが騒いでいたわけがわかった。こんなに整った美少女は見たことがない。同じ高校に、これほどの子がいたなんて。モデル並みにスタイルもいい。
自分で言うのもなんだが俺の観察眼は鋭い。
挨拶が終わった後は、さっそく彼女を引っ張り込んだ甲斐部長たち3年男子3人に囲まれていた。
「絵のモデルって‥‥‥私はどんな風にすればいいのか全然わからないのですが‥‥‥」
彼女は平静を装っているが、俺の目は見抜いている。彼女はイヤイヤ来たと。
きっと、甲斐たちが強引に誘ったのだろう。断り切れなくて来たに違いない。かわいそうに。
「いいんだよ、そのままで真夏多さんは絵になるから」
「‥‥‥‥‥」
甲斐のセリフに彼女はかなり引いている。
「で、この白いドレスを用意しておいたんだけど、着てもらえないかな。ほら、初夏の少女という定番の雰囲気はこれだから」
甲斐は妙に薄手のノースリーブの丈の短いヒラヒラした白いワンピースを見せた。
「‥‥‥‥これを?」
真夏多さんは困惑の表情を見せた。
「これを着て窓辺で本でも読んでいてくれればいいかな」
甲斐が彼女にドレスを手渡した。
「窓辺で読書はわかりました。でもこのドレスはちょっと‥‥‥」
彼女はドレスを自分の目の前に広げてかざしながら眉根を寄せた。
「これは、季節感を出すためにモデルに用意されていたものだから着てくれ」
──甲斐は、強引だよな。いつもながら。
「あの‥‥‥でも‥‥‥」
真夏多さんの目が泳ぎ出した。
副部長の俺が止めた方がいいのか? だが、俺も彼女の白いワンピース姿は見てみたい。
イヤイヤ、真夏多さんが、困っているじゃないか。
ここは、俺が止めるか‥‥‥でも、一回くらいはいいんじゃないか?
‥‥‥なーんて密かに葛藤していたら。
1年の星野塔子と辻ユリカが揃って声を上げた。
「部長、それはセクハラですよ?」
「即刻通報します!」
それにつられて他の女子部員からも責められ、白いドレスの着用は断念された。
確かに、女子部員たちの言う通り、彼女は夏用の制服を来ているのだから季節は分かるわけで。
それから彼女は放課後には、毎日真面目に美術部に足を運んでくれた。
最初はいやいやだったようだが次第にリラックスしてきたのがわかった。
表情が変わって来たのがわかる。
時には本気で読んでる物語の中に入り込んでいるようだ。
そんな彼女の表情を丹念に写しとる俺。
彼女が来てから美術室に、ちらほらと見学者が訪れるようになった。
美術部には何の興味も無さそうな奴らが。こっちはマジで描いているのに、気を散らされて腹立たしい。
俺はこのチャンスを生かし高校最後の最高の一枚を描くつもりだというのに。
こんなにキレイな子を無遠慮にじろじろ見ても許されるなんて、なかなかあることではない。
甲斐はチャラい奴で少々いらつく奴だが、真夏多さんを連れて来てくれたことには感謝だな。
俺は毎日真夏多さんの姿をキャンバスの絵とは別に、個人的にスケッチブックに鉛筆でデッサンした。
他の女子と話している表情とか、一人で物憂げな顔してるとことか。
彼女の素描で俺のスケッチブックは埋まっていく。
彼女はどの角度から見ても絵になる。しかも、見放題だ。俺は真夏多さんを描くことに夢中になっていた。
そして、毎日彼女を観察し続けるうちに俺は真夏多さんのことを‥‥‥‥
あんなに美人で噂になっている真夏多さんが俺みたいな男子を相手にはしないだろう。でも、黙って想っているだけなら迷惑にはならないはず。
俺は想いを絵に変えてスケッチブックに閉じ込めている。
夏休みに入った。
部員たちはお盆と土日以外はいつでも来ていいことになっているので、今は平日は半分位、12、3名はいつもいる。その日の当番は強制参加で、来れない場合は代役を立てなければならないから、誰かしらはいつもいる。
3年生は徐々に抜けていくから、夏休みが終わる頃には数名しか来ないだろう。
3年の俺は真夏多さんのこの絵が完成したら部活も引退だ。彼女を見ることもなくなる‥‥‥
って、ほとんど完成はしてるけど、わざとさせていないだけ。
今日の部活の終わりに、部長の甲斐雅秋が、真夏多さんと一緒に帰る約束を取った。それは真夏多さんには、否応無しのイエスだった。
俺は腹立たしかったが黙って見てるだけだった。
甲斐は俺にとって悪い奴ではないけど、あまりにチャラい。妹がやってる乙女ゲームとかに出て来そうな、寒々強いセリフを平気で吐きそうな男子。
いや、貶してはいないから。それくらい見かけはイケてるってこと。ま、乙ゲーなんて俺はよく知らんがな。
ああー、清楚な真夏多さんにはこいつには関わらないで欲しい。真面目な彼女にはもっとふさわしい相手がいるはずだ! 甲斐には汚されたくない。
そんな俺に天は味方したようだった。
その後、真夏多さんの彼氏だと思われる端正な顔立ちの男子が美術部に乗り込んで来た。名波索という錦鯉研究部の部長だと名乗った。
真夏多さんに手を出そうとした雅秋を牽制しに来たらしい。
見た感じ、甲斐のようなチャラさは全く無い正統派のイケメンだった。
真夏多さんにふさわしいのはこういうタイプ。
‥‥‥だよな。あんな美人なら彼氏くらいいるって思ってたさ。
甲斐は気落ちしていたけど、プライドからか平気を装って帰って行った。
アイツの彼女への気持ちは全然本気ではなかったのか? 甲斐のそういうのって案外俺にも判りづらい。俺とはタイプが違い過ぎて。
でも、相当のダメージは喰らっていたと推察する。
だって、真夏多さんの彼氏らしき名波ってハイスペが漂っていたし、甲斐に負けて劣らぬイケメンだったし。
あいつの本心は謎だ。わざと軽薄に振る舞っているようにも見える。
俺は正直、真夏多さんが甲斐と関わらずに済んでほっとした。
名波という錦鯉研究部部長の方が、彼女とは絶対的にお似合いだ。
──その時は、そう思っていたんだ。
あれを目撃する前までは‥‥‥