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内気少女といにしえの恋  作者: メイズ
諸行無常な恋をして
33/76

これって恋ですか?〈ミア〉

 ちりめんの巾着袋の中の名波先輩の扇子。ついに返す瞬間が来てしまった。


 二人並んで歩き、落花生駅に到着。



 シンデレラにはタイムリミットがあるのよ。


 約束はこれにて完了。夢の時間の閉幕。時は止められない。



「名波先輩。今日は来て下さってありがとうございました。預かったこの扇子をお返ししますね」


 ──また、先輩とお話出来る機会がありますように。



「ああ、それね」


「ロッカーのメモ、秘密めいて楽しかったです。名波先輩の古風なセンス、私好きです」


「へぇ、そんな風に僕のことが見えてるんだ。僕にとっては普通のことなんだけどね。その古風なセンスの扇子は今夜の思い出として真夏多さんに贈るよ」


「えっ!」


「最初からそのつもりだったんだけど。古いし、迷惑だったかな?」


「そんなこと! 本当に頂いてもいいんですか? 気が変わっても返してあげないですけど?」


「あはは。そんなに気に入ってくれたのなら僕は。じゃあ、気をつけて帰るんだよ」


「はい。また学校で」



 改札に入るまで見送ってくれた先輩。


 エスカレーターの途中で振り返ったら、もう先輩の姿は無くなっていた。


 一緒に改札に入らないってことは、この周辺におうちがあるってこと?


 名波先輩の家はどの辺にあるんだろう? 私、先輩のことなんにも知らない‥‥‥




 ************




 家に着くと、私は座り込んでしまった。もう、10時過ぎてる。



 着馴れない浴衣と履きなれない下駄のダメージは相当かも!


 今さらすっごく疲れてしまっていることに気がついた。


 いつもはシャワーで済ませてしまうけど、今日はゆっくり湯船に浸かりたい。



 ぬるめのお湯で全身リラックス。



 脳裏には、今夜の出来事が自然と浮かんで来る。



 私を誘ってくれたトーコ。


 ユリカのくれた温かい言葉。


 悪者から助けてくれた上、彼氏の代役までしてくれた名波先輩。



 私から手を伸ばせば、誰かが手を差しのべてくれるって知った。


 今日は本当に素敵な1日だった‥‥‥




 寝る前に、名波先輩の扇子を枕元においた。


 ベッドに寝転びながら扇子を広げる。シックで素敵なセンス。うふふっ‥‥‥貰っちゃった! 



 ──先輩は誰かと縁日を二人歩くことを夢見ていた。なんて言っていたよね‥‥‥‥


 いったい誰と? 当然私の知らない人だよね。



 私は少しもやもやしたものを感じながらも、いつの間にか夢も見ないくらいぐっすりと眠っていて、寝て起きたらいきなり朝になってた。



 翌日の金曜日。


 美術部に行った私は、星野さんと辻さんと とても親しくなっていた。彼氏を紹介し合ったというのはやはり特別みたい。


 名波先輩は、ほんとはそんなんじゃないのだけど、この二人は完全に勘違いしている。私は、名波先輩は本当にただの錦鯉研究部の先輩だということを念押ししておいた。だって、私は構わないけど、先輩に迷惑がかかったら悪いし。



 私たちは夕べからトーコ、ユリカ、ミアと呼び合う。


 せっかくお友達になれたけど、私は人物画のモデルを引き受けただけ。美術部員じゃない。夏休みが終われば会う機会も無くなるかも。クラスも違うし。



 私がいつものように椅子を用意して座って待機していたら、初めて久瀬先輩が話しかけて来た。すごく遠慮がちに。



「あの‥‥‥ちょっといいかな?‥‥聞くけど‥‥‥その‥‥、錦鯉研究部の部長の名波は、真夏多さんと仲がいいのか?」


「あ‥‥‥いえ。ただの部活の先輩と後輩ですから、少しお話する程度ですけど、なにか?」



 ユリカたちとの会話が聞こえていたのかしら。


「久瀬先輩っ!」


 トーコが物知り顔でつつつ‥‥と、入って来た。


「久世先輩。ホントはね、らぶらぶですよー? ふっふっふ‥‥‥」


 トーコは、久瀬先輩の耳に手を添えてささやき、去って行った。


 違うって否定しても信じてくれてない模様。昨日は名波先輩も彼氏の振りしてくれてたわけだしね。そうなるよね‥‥‥


 しつこく否定し過ぎても感じが悪いかも。まあ、いっか‥‥‥


 私は今はあえて否定も肯定もしないでおこう。



「あ、そう。‥‥‥‥これは‥‥やばい?‥‥‥のか?」


 久瀬先輩は難しい顔をして私の顔を見てから自分の椅子に戻って行った。



 ──何やら思案顔。私、気になってしまうじゃない?


 一体どうしたのかしら?


 ‥‥‥まさか! 名波先輩に悪い噂でもあるのかしら?


 もし仮にそうだとしても、私はそんなこと信じないし、どうでもいいわ。


 あー、早く12時にならないかな。今日も中庭に来てくれてたらいいのにな‥‥‥




 部活が終わると私は急いで生物室のロッカーまで行った。餌をもって中庭に出ると‥‥‥‥



「名波先輩!」


 私はカップに入れた餌を手のひらで押さえて駆け寄った。


「あ、真夏多さん」


「名波先輩はこんなに毎日鯉を見ているんですか? 当番ではないのに」


「うん、毎日見ているよ。昔から好きだったんだ。僕がこうしていられるのも彼らのおかげだし。それに、昔、鯉に僕の願いを叶えてもらったこともあるんだよ。だから、その仲間は大切にしないとね」


「鯉に願いを叶えて貰う?」


「ああ、ずーっと昔のことさ。あ、君、体調はどう?」


「え? 別に普通ですけど‥‥‥」



 ──昨日もすごく私の体調を気遣ってくれた。私のことを嫌っている訳じゃないよね?


 先輩と写真を撮るのを断られて、ショックだったけど、私がどうこうと言うより、そういう行為が好きではないのね。もう、先輩には写真撮ろうなんて、二度と言うことはないです‥‥‥


 私は心の中で誓った。


「そう。僕と出掛けたから、あれから疲れてぐったりしてるんじゃないかと思って心配してたんだ」


「私のことを気遣ってくれてありがとうございます。あの、昨日はすごく楽しかったです。頂いた扇子も大切にしますね」


「こちらこそ、楽しかったよ。僕は真夏多さんには、たこ焼きを半分ご馳走になったし、実は僕ね、初めて食べたんだ。たこ焼き」


「そうなんですか? 確かに、そういうのありますよね。私もカップラーメンは食べたことないです」


「ほら、鯉がお腹を空かせているよ。早く餌をあげよう」


「ほんとだわ! 私たちのところにもう集まってる! ごめんね、鯉さんたち。お喋りしてお待たせして」


 私と名波先輩は二人で餌をまいた。


 私は鯉に夢中の先輩の横顔をそっと盗み見る。



 名波先輩は私が今まで会った誰とも違うの。


 オーラを感じさせるその姿、時によって色が変わって見えるその瞳、古風なところ、大人っぽい考え方。すべてが素敵‥‥‥



 甲斐先輩からの迷惑な誘いも簡単に断ってくれた。昨日はDQNを寄せつけぬ威厳あるオーラで私を助けてくれた。




 ‥‥‥‥今までこんな気持ちは感じたことがない。



 私はミチルのことが大好きで、ずっと、今だって大切に思っている。


 その気持ちとは全然違う別の感情を知ったの。



 ねぇ、これって、これが恋ですか?



 私、名波先輩が気になって仕方がないの。






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