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内気少女といにしえの恋  作者: メイズ
諸行無常な恋をして
30/76

浴衣姿〈ミア〉

 その日の夜に星野さんからメッセージが来た。


《約束の日、近くの神社でお祭りもあるんだよ! 花火の後、真夏多さんたちも行こうよ。私とユリカは浴衣着てくよ。真夏多さんはどうする? 私としては、真夏多さんの浴衣姿是非ともみたいけどね~》


《ありがとう。考えとくね》



 星野さんと辻さんは浴衣で行く。


 急に決まった小さな夏のイベント。


 ──名波先輩と浴衣姿で夏祭り‥‥‥!



 私は自分の部屋のクローゼットの奥に、しまってあるはずの浴衣を探す。


 ‥‥‥あった!


 今日はもう遅い。明日、一人で着る練習をしてみよう。

 着物じゃないし、浴衣ならなんとか一人で出来るんじゃないかな。




 次の日の部活で、学校で星野さんに何を着て行くか聞かれた。


『私もたぶん、浴衣で行くね』 


 辻さんも交えて3人で浴衣の柄の話題でお喋り。キリル以外の女子とこんな風に仲良く話すなんて!


 私が思い切ってモデルを引き受けたことで、私のとても狭かった世界は、ほんの少しづつ変わって来ている。


 私が変われば世界が変わってゆくの。



 甲斐部長はお休みだった。受験生だし、模試とか、塾とか、きっとなにかと忙しいわよね。


 久瀬先輩は今日も来ていて、今日は寡黙に熱心にスケッチブックに鉛筆を動かしていた。美術系の大学に行くのかしら?



 私は今日も鯉の餌当番。もしかしてまた名波先輩に会えるかも。


 そう期待していたら中庭で本当に会えた!



「名波先輩! 今日も鯉の様子を?」


「やあ、真夏多さん。ご苦労様。毎日ありがとう。この子たちも真夏多さんの顔覚えてるよ」


「そう思いますか? 私、明日も当番だし。それで、明日のことですが───」



 私は明日の約束のことをさりげなく確認したくて、女子3人は浴衣を着て行くことを伝えた。それに、私が浴衣を着ているって知ってた方が待ち合わせだって分かりやすいし。



「へぇ。いいね、浴衣。僕はほんとはこういう制服よりも和服の方が落ち着くんだよね。ふふ、高校生なのにおかしいかな」


「いえ、先輩は "和" が、好きなんですね。錦鯉とか、和服とか和風物」


「‥‥‥‥うん、確かに。僕は昔からそんな感じでね。では、僕はこれで」


「あ、はい。お疲れ様です」

 

 きっと勉強しに図書室へ行くのね。私も家に帰ってから、急いですることが!



 私は名波先輩の後ろ姿が見えなくなると、速攻で家に帰った。




 *********



 家に着いたらレンチンのパスタをせわしなく食べた。


 自室に入って早速予行演習開始。チェストの上の置き鏡の前で。



 まずは髪からよ! 長い髪は後ろで一つに結んで、軽く編んでからお団子に。


 そのお団子の横に薄い桃色のちりめんで出来た大きめの花を付けた。この花は、去年ミチルとココちゃんと花火を見に行った時に使ったもの。箱にしまっておいたから形も崩れてない。


 よーし、OK。後は問題の浴衣の着付け。


 わかりやすそうな動画はもう検索済み。後ろの衣紋の抜き具合が見せポイントね。


 大きな難関は帯結びだけど、大丈夫。私のは帯はもうリボンが出来ていて差し込むだけだもん。



 時計を見たら、支度は全部で一時間あまりで出来た。これなら部活から帰って、ご飯を食べて、身支度しても余裕綽々。早めに家を出られるくらいね。



 最後に少し色のついたリップを塗ってみた。



 どうかな? 名波先輩はどう思うかしら? お世辞でも褒めてくれるかな?


 大きな姿見に全身を映す。




 ‥‥‥あれ? 私ったら前日からこんなこと一人で‥‥‥


 まるでこれから好きな人に会うみたいじゃない?‥‥‥‥こんなに楽しみにしているなんて。


 一緒に行ってくれる人がいなくてお願いしただけなのに。先輩だって錦鯉研究部の後輩の頼みだから来てくれるだけなのに‥‥‥



 ********



 遂に名波先輩と約束の木曜日!



 朝起きた時からあの約束のことばかり考えてそわそわしている私。


 お天気は曇り後晴れ。降水確率20%、大丈夫!


 今日も甲斐部長は休みで、会わずに済んでほっとした。

 久瀬先輩は相変わらずいつもと一緒。


 星野さんたちと今日の確認もした。



 今日の餌当番、名波先輩に会えるのを期待して、ロッカーから餌と日誌を取り出した。


 あれ? 日誌に私宛の二つ折りのメモが挟まっている。流れるような美しい文字で私の名前が書かれている。開いてみると、


『これから僕に用がある時は、このロッカーの縦の列の一番下のロッカーにメモを置いて下さい。漆塗りの文箱(ふばこ)が入ってるからその中に。 名波索』


 下の方は使いにくいから、使わないがらくたとか入っていたような?


 指定の場所を開けてみたら、昔の古い日誌が詰められたその上に、これまた古そうな、でも昔は美しかったのであろう蓮の華の蒔絵が施された文箱が乗っていた。


 何となく左右を確かめてから、誰も廊下にいないのを確かめてから箱を開けてみた。


 これは‥‥‥? 扇子(せんす)ね。


 蛇腹折りを開いてみたら、紺色の紙に白抜きの流水柄と鯉のシルエットが現れた。


 とても古いもののようね。骨董品みたい。


 メモが一緒に入ってる。


『今日の約束がそのままならこの扇子を取って下さい。無くなっていたのなら僕は行きます 名波』



 ‥‥‥名波先輩。


 待ち合わせの約束にこんな演出をするなんて! ロマンティック過ぎませんか?


 みんな簡単にSNSで済ませてしまうのに。


 そうよね、先輩は和風が好きなんだもの。古風なことが好きなんだわ。


 私はこの扇子を持って名波先輩を待てばいいいのね。



 私は確かに扇子を預かったことを、かわいい葉っぱ柄のメモ用紙に書いて、箱に入れて元通りにしまった。



 **********




 私は家に帰ってから、なんだかそわそわしてしまって早めに支度をした。


 昨日シミュレーションしていたから滞りなく支度は出来た。


 家で一人でいるのも落ち着かない。戸締まりを全部確認して、忘れ物は無いか持ち物ももう一度チェックする。


 まだ早すぎだと思ったけれど、5時半には家を出て、6時半前には約束の落花生(おかき)駅の前に着いてしまった。


 こんなところで浴衣姿で一人であと30分も待つなんて。


 改札を出た所で回りを見回したけど、こんなに早く名波先輩が来てる訳もない。


 改札を行き来する通りすがりの人がじろじろ私を見て行く。


 浴衣を着ていたら目立つのは仕方がない。


 私はなるべく目立たなそうな隅っこの柱の陰に回って待つことにした。



 すると、知らないおじさんが私に声をかけて来た。私はこんなに早く来てしまったことをひどく後悔した。


「ねぇ、君すっごくかわいいね。どこに行くの? ここで立ってたら疲れちゃうでしょ。どこかでお茶しない? ご馳走するよ」


「いえ、私、人を待っているので結構です」



 また違う人が来た。大学生風。チャラいサークルに入っていそうな雰囲気。


「きみ、ひとりなの? よかったら僕と遊びに行きませんか?」


「いえ、私、待ち合わせしてるので」



 また来た! 今度は二人組だわ。目が合ってしまった。DQN臭漂う人たち‥‥‥


 私は気づいて移動しようとしたけれど、後ろから声を掛けられた。


「ねえ、待ってよお姉さん。俺たちと来ない? さっきからずっとここにいるだろ? きっとドタキャンされたんじゃね? 代わりに俺たちが面白いところに連れてってやるよ」


「いえ、私、ここにいますからいいです」


「なんだよ、いいから来いって! もうこねぇって、待ち合わせの人」



 二人で私の両脇に来た。いきなり私の腕を掴んで来た。


 いや! 怖い。


 助けて! 声がうまく出せない。通り行く人は皆、周りの事になんて無関心。



「離して下さい! わ、私、行きませんから‥‥‥」


「遠慮すんなよ。一緒にいこうぜ!」



 怖い! ねぇ、誰か立ち止まって! 




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