オレの天使
第3話いきまーす ε≡≡ヘ( ´Д`)ノ ビューン
ーーーミッくんの笑顔はマジかわいい。こういうの、天使の微笑みっていうんだろうな‥‥
リアスはミチルに笑顔を向けられるたびにそう思う。
開いた引き戸の敷居を跨いだまま縁 にもたれ リアスが待っていると、教室内からこれ聞こえがしの声が聞こえた。
「おいおい、あいつ、8組じゃん。いかにも頭悪そうだな」
「あれあれ? 最底辺の8組と気の合う人がこのクラスにいるんだ? きっとそいつも同レベなんだろうな、はははっ」
制服の襟には各学年色の校章のバッジと共に、クラス別カラーの小さなリボンで生徒の所属が識別出来るようになっていた。そして、それは学年内カーストを生じさせるのに充分役立っていた。
1組はロイヤルブルー、2組はグリーン、8組は赤、それ以外のクラスも個別に各色決まっており、クラス別カラーの小さなリボンを校章バッジと重ねて襟元に着けるきまりだった。
成績上位8分の1は1組。
廊下を真っ直ぐ歩けるのは1組のみ。
彼らが通れば他の者らは自然と遠慮して避けるようになっていた。
下位8分の1は8組。
学力によるカースト最下位の印をつけられた彼らを見下して優越感を得ている者は多い。
他は平民。だがその中でマウント合戦が起こっている。
リアスはもう慣れていて相手にはしない。廊下側の扉の裏に引っ込んだ。
こんなことでマウントを取ってくるやつらはスルーするに限る。ロクなやつらじゃないから口を開くのも勿体ない、と思っている。
「えっと、同レベか。それ僕のことだね」
ミチルが後ろを振り向いた。
「土方くん、付き合う人は選んだ方が良くないか? ああいうヤツと付き合っている土方くんは同列と見なされるよね」
ミチルとクラストップを争っている亜月温 が言った。
その横で、リアスとミチルに向けて嫌みを言った温の仲間二人が、嘲笑いを浮かべてこちらを見ている。
「何言ってるの? 僕はザッカリーが好きで付き合ってる。それに同じ高校なのに上だの下だの言っても外部から見たら何も変わんないよ?」
ミチルは内心うんざりだったが、顔には決して表わさない。ここのクラスの中では特に。
嫌みなど通じていないかのように無邪気な男の子を演じている。
「‥‥‥でも、亜月くんは僕を心配して言ってくれたんだよね? じゃ、僕はこれで」
ミチルは、見たものをとろかす天使の微笑みで、亜月温たちにバイバイと手を振って教室を出た。
温 の耳が赤らんだ。
「お待たせー、ザッカリー。いきなりどうしたの?」
リアスが神妙な顔をしている。
「ミッくん‥‥なんか急に来てごめんな。8組のオレが突然来て迷惑かけちゃったな‥‥‥」
ミチルはリアスをここから引き離すために、さっさと歩き出しながらリアスに言った。
「違うんだ、ザッカリー、彼があんな嫌みを言ったのには他に理由があるんだ。‥‥今日はもう帰れるの? だったら僕と、ミアちゃんとキリルと一緒に帰ろうよ。日良豆駅前のファストフードに行くことになっているんだ。行ける?」
「いいのか? オレが混じっても」
「もちろんだよ。混じっちゃいけない理由なんてあるわけないよ」
「‥‥‥真夏多さんもいるんだろ? ちょ、ちょっと待っててくんね? すぐ戻るっ!」
リアスは、ちょっとトイレに行って来るから、と言って回れ右した。
リアスがミアに会えるチャンスに、慌てて鏡を見に行ったことはミチルの目には明白だった。
リアスのわかりやすい行動パターン。
ミチルの心の中は、ちょっと複雑だった。なぜなら彼もミアのことを想っているから。
廊下を早足で遠ざかって行く、手足が長くスタイルの良いリアスの後ろ姿。
ミチルは自分と比べてちょっと落ち込む。
ミチルの密やかなる片想い。
ーーー同じ人を想っているザッカリーと僕。ザッカリーは僕の気持ちには全く気づいてはいない‥‥‥
この先はどうなって行くんだろう? 僕たちは‥‥‥
この均衡が崩れるのをミチルは望んではいない。今のままでもミアの一番近くにいられるのは自分なのだから。
4人がけのテーブルにミアとルイマが並んで座り、テーブルを挟んでミアの前にミチル、その横にはリアスが座っている。
日良豆駅前にあるファストフード店。
「入学式以来だよね、この4人で集まったの」
入学してからあれやこれやとあっという間に1ヶ月以上経ってしまった。
「なんでだろ? 意外とザッカリーとは学校で全然会わなかったなぁ。朝、ここの駅では何回か会ったのにね」
ミチルがリアスの顔をしみじみ見ながら言った。
「8組は最果てにあるからな。それに、俺らは4階だけど1、2組は3階じゃん。それよりさ、さっきさ‥‥‥ほんとゴメン。突然2組へ行ったせいで、オレのせいで、ミッくんが嫌み言われて‥‥‥」
ミアとは、ほぼ初めてまともに会話が出来るチャンスが来たのに、ミチルを嫌な目にあわせてしまったようで、リアスはこの状況は嬉しいけど素直に喜べない。
「違うんだ、ザッカリーのせいじゃないよ、全然。ザッカリーが僕に話かけたから、僕に嫌みをいうのに利用されただけなんだ。僕のほうこそ謝んなきゃなんないよ」
「なんだよ、それ。あのふくよかな男子くん、ミッ君になんか恨みでもあんのか? そいつとケンカ中とか?」
「‥‥ きっと妬みよ。ミッくんは何もしてはいないもの」
ミアは誰に向かって言うのではなく呟いた。
「たぶん土方は嫉妬されているのよ」
ルイマの声には小さな怒りが含まれている。
「何でまた‥‥?」
リアスは心配そうにミチルの横顔を見た。
「うん、えっとさ、あいつ、亜月温っていうんだけど、なんか、僕のこと勝手にライバル視して来てて、何かにつけて僕につっかかって来るんだ。でも僕は相手にしてないよ。さっきみたいにね。スルーするのも疲れるけどね。亜月くん、僕が挑発に乗って来ないから、悔しくて赤い顔になってたし。見た?」
ミチルは温 を、得意の天使の微笑みでさらりとかわしていた。
「マジつまんねぇ野郎だな! 今度なんか言ってきたらオレがビシッと?言ってやるさ!ミッくんはオレの天使だってな! オレの大切なミッくんに おかしな真似をするなんて許さねぇ!」
「ぶっ!」
「な、何それ? あんた、土方のこと、そんな目で見ていたの? "オレの" って付くところに闇を感じるわ‥‥‥」
ミチルは飲もうとしていたミルクを吹き出しそうになり、ルイマは両腕で自分を抱き締め、顔を引きつらせて引いている。
そして、ミアは両手で顔を覆って肩を震わせている。
「‥‥‥へっ? ちっ、違うぜ、そ、そんな意味じゃないからっ!オレはただ、ミッくんが好きだから‥‥‥いっ⁉ そういう好きじゃなくて‥‥‥だからえっと‥‥‥」
笑っているのか嫌悪しているのか、うつむいて顔を赤らめているミアをチラチラ見ながら、リアスは焦りを募らせた。ミアに怪しい誤解をされたら3年間の片想いも詰む。
ここまで彼女に近づけたのなら自分にもチャンスありそうな気がして来ていたのに。
リアスの隣でミチルはクスクス笑っている。
「あはは! ありがとう。ザッカリーが味方をしてくれて‥‥‥そんなふうに言ってくれる友だちがいるって幸せだな。僕、さっきのモヤモヤも吹き飛んだ」
ミチルは華奢な指先で、笑い涙と感激の涙の滲 んだ目を擦 った。
「‥‥‥はぁ。で、ザッカリーはなんか僕に用があったんでしょ?」
「あ‥‥‥うん。別に大した事じゃないんだけど‥‥‥」
「あ、察し。やっぱ、あんた土方に会いたかっただけなのね!」
いい淀 むリアスをルイマが からかった。
リアスはミアが本気にしないか本気で気が気でなかった。