ミチル & ヒトミ、マナカ、そしてミア
この先の構成を変えようと思い立ちまして、それに伴いタイトル変更しまし
m(_ _)m
錦鯉研究会は晴れて錦鯉研究部になる資格が出来そうだ。
真中によれば、彼女から有り余る説明を受けた中村が、入会することを決めたようなのだ。そうしたら5人という部活への昇格条件を充たすことになる。
ミチルは中村の入部届を期待して待っている。
部長の名波もミアもほとんど来てはいないが、鯉の餌やりの当番は務めているから立派な部員と数えられている。
されど、実態は真中のように自分で研究するテーマを持たなければ他にすることが無く、ただ宿題をしたり喋ったりの帰宅部に毛が生えた程度の部活なのだけど。
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「ハムスターが決め手だったな」
妙にご機嫌な中村が、後ろの席のリアスに向かって楽しげに語っている。
「錦鯉研究会の池中って子もハムちゃんを飼ってて、ハム話で盛り上がってさ。彼女も小さいころハムスターアニメに感化されたって言ってさ。ハムの魅力を分かち合える人がいるっての、ポイント高いよな!」
笑顔で機嫌良く話す中村の顔を、リアスは まじまじ見ている。
「ふ~ん。ハムはひとまず置いといてさー、中村。なんでそんなに急に真っ赤に日焼けしてんの? 痛そうじゃん。昨日は普通だったよな?」
もう夏休み間近で授業は半日しかない。
放課後、中村は構内の自動販売機で買ったパンと牛乳を持って生物室に向かった。
「中村くん! 待ってたんだ。昨日はゴメンね。僕、先に帰ってしまって」
ミチルは既に生物室に来ていて入会の用紙を用意していた。
「いや、池中さんと話し込んじゃってさ、気がついたら2時間以上経ってて俺もびっくりしたよ」
「へぇ、中村くんもビオトープに興味があったんだね。池中さんの話についていけるなんてすごいなぁ。中村くんがいてくれたらほんとうに助かるよ」
「ビオトープに興味って? いや、ちょっと違うけど‥‥‥え? 助かる?」
「いや‥‥この入会届けに名前記入してくれる? あとこちらの紙は保護者のサインをもらって来て下さい」
ミチルはそそくさとクリアファイルに挟んだ用紙を渡した。
「おう、サンキュー!」
「‥‥そういえば、僕、中村くんのフルネームを知らなかったなぁ。名前はなんていうの?」
一呼吸おいてから中村が答えた。
「‥‥‥ヒトミだ」
「ひとみ?」
「中村一深だ。俺は‥‥実はヒトミちゃんなんだ! なるべく隠しているけどさ。笑われることもあるし。似合わないってさ」
中村が鼻の上をすがめた。
「僕もミチルって男も女も関係ない名前だよ。隠すことないさ。素敵な名前だよ。フィロソフィーを感じる」
「哲学! 土方君っていいやつだな。俺はよくこの名前でからかわれて来たからあまり好きじゃなかったんだけど、土方くんに褒められたら急にいい名前に思えて来たよ」
「うん、僕は好きだよ」
「ほんとに?」
「ホントだよ。もちろん」
実は漢字があるのが少しうらやましいミチルだった。
「じゃ、これから俺のこと、ヒトミって呼んでくれよ。そんで、俺、土方くんのことミチルって呼んでもいい?」
中村は、俺はついに名前をカミングアウトだ、と意気込んだ。
「うん、じゃ、これから僕たちはヒトミとミチルだね」
「ヤッホー、ミチル! 俺の入会よろしくな」
「OK、ヒトミ‥‥なんか照れくさいなぁ。ふふふっ」
ガラリと入り口の引戸が開いた。
「ミアちゃん! 今日はこっちに来てくれたんだ!」
久しぶりにミアが現れた。
「‥‥‥今、ミチルとヒトミって聞こえた」
唐突にミアが言った。
「あ、うん。今決まったんところなんだけど、僕たちそう呼び合うことになったんだ。なりゆきで」
「うんうん」
中村が笑顔で頷く。
ミアは無表情のまま中村に向きなおった。
「‥‥‥あなた、ミッくんをミチルって?」
「おう、俺達ミチル&ヒトミだしー」
中村が浮かれ気分のままミアに返す。
「‥‥‥そうなの」
5秒ほどおいてミアが言った。
「‥‥ミッくん、私も今からミッくんのことミチルって呼ぶ。だから私のことミアって呼んで。いいわね。あ、あなたは真夏多さんでいいから」
最後だけ中村を見て言った。
ミチルと中村は、ミアの妙に尖った視線に有無を言わせぬものを感じてとっさに返した。
「う、うん? わかったよ」
「お、おう‥‥」
唇に軽く握った手の人指し指をあてながら数秒思案したあとミアが言った。
「‥‥‥私、もう行くわ、ミチル」
「えっ? もう行っちゃうの? ミアちゃ‥‥ミア」
「これ、ココちゃんに渡しておいてね。お返事遅くなってごめんなさいって伝えておいてね」
ミアは可愛らしいリーフと小鳥の模様の封筒をミチルに渡した。
「あ、もしかしてココの手紙のために来てくれたんだ。そうだ、これココからミアちゃ‥‥じゃない、ミアへ」
ミチルは渡せるチャンスがあったら、すぐ出せるようにとポケットに入れておいたココから預かっていた手紙をミアに手渡した。
「ありがとう、ミチル‥‥そうね、6時までいるのなら久しぶりに一緒に帰りましょ。中庭で待ち合わせ。ミチルが早く終わったのなら先に帰ってくれて構わないけど」
「ううん、僕、待ってるよ」
生物室の引戸が再びガラッと開いた。
「やっほー、少年達よ! あれっ、ミアさん来てたの! わーい」
中庭の隅にあるビオトープを見に行っていた真中が戻って来た。
「ごめんなさい。私、もう行かないと。またね、池中さん」
「ちぇー‥‥久々だったのにー」
ミアは真中に軽く微笑みを見せてから出て行った。
真中は、ミアエキスを浴びるチャンスだったのに、とひたすら悔しがった。
彼女はミア推しだ。
その後、"ミチル&ヒトミ" のいきさつを聞いた真中が食いついて来た。
「えー、私も入れてぇ! ヒトミ、ミチル! 私はマナカでいいよ」
中村はミチルと真中を指差し、真剣な面持ちで言った。
「だめだ、マナカ! 俺のことはヒトミと呼べ! されどもマナカはミチルのことは今まで通り土方くんと呼べ! ミチルも池中さんと呼べ! いいな? それが錦鯉研究会の平和のためだ。絶対だぞ? これは命令だ!」
新入り未満の中村のいきなりの仕切りに、ミチルとマナカはきょとんとと顔を見合わせた。
「よくわかんないけど、わかった。ヒトミ」
「わかんないけどわかってくれてサンキュー、マナカ!」
マナカが中村の顔をまじまじ見た。
「昨日、中庭で話し込んじゃったから日に焼けたねー。ヒトミ、顔真っ赤じゃない」
「なんで、マナカは何にもなってないんだよ? ずっと一緒にいたのに」
「乙女はちゃんと日焼け止めしてるに決まってるでしょ。いぇーい!」
「ひでぇ、なんで俺にも塗ってくれなかったんだよー」
「ヒトミは乙女じゃないじゃん!」
「いや、俺にだってラブリーを愛する乙女心があるんだってば!」
「へぇ~? それは興味深いね。じゃあ、今日はみんなで深層心理テストしちゃおうよ!」
「面白そうだな! やろうぜ!」
ーーーヒトミが入会しただけで錦鯉研究会がずいぶん盛り上がって来たなぁ。
本当、来てくれてありがとう‥‥‥
でも、僕も心理テスト参加するんだ‥‥‥? σ(^_^;)
ミチルは、真中のおしゃべりに予告無しで、炎天下2時間以上も平気で付き合えた中村の入会に感謝の念が拭えなかった。されど、更なる喧騒の試練も迎えるかも知れないと予感したのだった。