呼び出し
ルイマの助言によりミアが静かなる決意をした明くる日の朝。
SHRが終わった直後、ルイマはミチルから個人的にメッセージ着信が来たのに気づいた。
『今すぐに廊下に出て来れる? 急いで相談があるんだけど聞いてくれるかな?』
『了』
ーーー珍しいわね。個チャで来るなんて。ミアとザッカリーには聞かれたくないことなんだ? なんだろ?
すぐに廊下に出ると、ちょうどミチルが隣の教室から出て来た。
「ごめん、キリル急に」
「謝らなくていいから早く言いなさい! 私、次の授業は化学室に移動なの」
「じゃ、これを見て。今日僕の靴箱に入ってたんだ」
ミチルは小さな紙の切れはしをポケットから出した。
「実物を見て欲しくて。どう思う? 僕、行った方がいいのかな?」
ルイマが二つ折りの小さな紙切れを開くと短い文が現れた。
《放課後、9の松の石垣の裏に必ず来て。話がある》
9の松とは、校庭の東側を囲む松の石垣の、校舎側から9番目の松のことだ。
生徒は皆、校門からは昇降口に近い方の西側通路を通るため、東側は部活の走り込み位にしか普段は使われていない。
「この雑にノートの角をちぎった切れはしといい、センテンスといい、決してラブリーなものではないようね」
「僕、誰かに恨まれているのかな。あんな人気の無い所に呼び出すなんて」
切れはしをミチルに返しながらルイマが答えた。
「いい? 一人で勝手に行動しないで。危険だし。あ、私もう そろそろ移動しなきゃ。後でメッセージ入れ‥‥」
ルイマがミチルの手に紙を押し返した瞬間にミアが来た。
「キリル、ミッ君。二人でどうしたの? 難しい顔して」
ミアが化学の教科書とノートを抱えてルイマの後ろに立っていた。
「もう移動しないと遅れるよ? キリル、何していたの?」
ルイマとミチルの間にミアが入った。
「何でもないよ、ミア。‥‥‥また後で、土方」
「‥‥‥‥」
ミアは、教科書を取りに教室に戻るルイマの背中を見ながら明らかに不機嫌になっている。
「ミッくん、キリルに何か用があったの?」
ミアは気持ちを押し込めて無表情で聞いた。
「あ、うん。大した事じゃ無いよ‥‥‥どうしたの? なんか怒ってる?」
ミチルは、ミアの不機嫌そうな顔に困惑している。
「‥‥‥‥‥別に」
ミアはツンと横を向いた。
「お待たせ! ミア。行こうか‥‥‥土方?」
移動教室の支度を手にして戻ったルイマは、ミチルがミアに呼び出しメモのことを話したのか、暗に目線で聞いた。
ミチルは小さく首を振って答えた。
ルイマは小さく頷き了解を示す。後は素知らぬ顔でミアを誘 って化学室に向かった。
ミアが歩きながら振り返ると、自分の教室に戻るミチルの姿が見えた。
ルイマもミチルもミアをこの不審な呼び出しの件には巻き込みたくはなかった。
なぜなら、二人とも呼び出しの原因はミアに関することかもしれないと考えたからだ。
密かにミアに恋をする誰かからのミチルへの嫌がらせではないかと。
ミチルとルイマには他に理由は思い浮かばなかった。
ルイマは、コロイド溶液の性質を調べる実験の合間に、そっこりリアスにメッセージを入れた。
『土方が不穏な呼び出し受けた。放課後時間、空けられる?』
すぐリプが来た。
『何だよ、それ。ヤバいのか? もちオレも行く』
『サンキュー! じゃ、私の指示に従うこと。これ絶対』
『オレの友だち一人連れてく。男が二人いれば安心だろ』
『いいけど、秘密厳守よ。口の軽い人はだめ!』
ーーーまったく! すぐ返信してくるなんて、ザッカリーは授業中に何してんだか。
ま、今回はそれも助かるけど。
よく考えなくとも、ルイマも目くそ鼻くそなことをしているのだが、自分はさておきリアスには そこはかとなく厳しい。
ルイマが実験テーブルの陰でスマホを見ていると、不意に真後ろに気配を感じ、ビクリと振り返った。
「‥‥キリル、授業中にスマホを持って何しているの?」
ミアだった。
冷たいその表情は美しく、それもルイマにとっては写真に記録しておきたいくらいなのだが、ミアに不機嫌を向けられるのは そこはかとなくツラい。
「えー、あのー、そう! チンダル現象の画像を撮っておこうと思って。実験の記録と授業の思い出のために。さあ、ミア。早くこのビーカーのコロイド溶液にレーザー光線を当ててちょうだい!」
ミアが不審な面持ちで、ルイマとルイマの手の中のスマホを交互に見た。
そして、ついに放課後。
「いい? 打ち合わせ通りにするのよ」
松の石垣は、1メートルちょっとほどの高さで、奥行きは1.5メートルほどの、細長い箱形で出来ている。いわば背の高い花壇のようなものだ。それが、校庭の東側と西側を途切れを入れつつ100メートル以上取り囲んでいる。
石垣の横は左右とも通路になっている為、石垣の4か所に1.5m幅ほどの、反対側へも回れる隙間がある。
生徒は登下校時、校門から西側石垣の通路を通って校舎に行くルートを通るほうが昇降口に近いため、生徒は皆、西側を使っている。そのため、東側の石垣通路には特に人気がなかった。
更に石垣の外側などは運動部のランニングに使われる程度で、テスト前の部活動停止期間の今は、誰一人通ることは無さそうだった。
『9の松』は校舎東側から9番目の松のことだ。ミチルが呼び出されたのはまさにその誰も来ないと思われる場所だった。
ルイマとリアスとそのクラスの友だちの中村の3人は、9の松の植わっている石垣の、奥側の途切れた隙間に早くから潜んでいた。
もしミチルが危険だと判断された場合はルイマの判断により、飛び出すことになっている。
校舎の陰で待機しているミチルは、こちらが合図してからここに来ることになっていた。
「誰か来る!」
ここから3人は、ケータイの文字入力で会話することになっている。
互いに目線を交わし、うなずき合う。
誰かが歩いて来る足音と気配が大きくなって来た。
二人くらいだろうか。ルイマがスマホのレンズ部分を角から少し差し出し様子を確認する。
ーーーこれは誰? 二人いる。この男子は知っている。土方を妬んで絡んで来る亜月 とかいう男子‥‥‥女子の方は知らない子。
「じゃ、僕は最初はあそこの角に隠れているから」
男子の方がこちらにやって来る。やばい。
ルイマはリアスと中村を見た。
目配せした3人はそっと石垣を内側通路に回った。
グラウンドから3人とも丸見えだが仕方ない。この二人組にさえ気づかれなければオッケーだ。
しかし、あの男子にこれ以上うろうろされたらこちらが見つかってしまう。
ミチルに至急来るようルイマが連絡した。
『すぐ来て。二人いる。2組亜月と私は知らない女子』