二人の姫
「君達は霊の存在についてどう思う?」
司書の島田がルイマとミチルに尋ねた。
「本当に我々の日常に存在していると信じている?」
図書室のカウンターの裏にあるバックヤードにて、司書の島田、ルイマ、ミチルの3人で、昨日リアスの登場により途中になってしまった話の続きを始めたところだった。
「私は知ってます、島田先生。この学校に今でも那津姫様がうろうろしていることを確信しています。幽霊はいるんです!」
「‥‥‥切取さんは、ミアさんの一件のほかにも何かあったのかな? そこまで確信しているのには、なぜか理由がありそうだけど」
「僕もいるかも、と思います。僕は実際に見たわけではないけど、父さんの話が事実だと言うならなおさらです。事実、僕の家の守り神として那津姫様は土方家に祀られていますし」
「二人がそう言ってくれるのならば話は早い。‥‥いいね、ここでの話は口外無用だ。もしこの事実を話したとしても、信じては貰えず哀れな厨病扱いだろうけど」
二人と目を合わせてから島田が言った。
「私にはね、何故か見えるんだ。幼いときからずっと」
「僕の父さんを救ってくれた先生は、霊が見えるし話せると聞いています」
若き日の島田がミチルの父、馬白を救った人だと昨日判明していた。
ミチルは夕べ父に島田先生のことを知っているか聞いてみたら、落花生高校にまだいらしたのかとすごく驚いていた。
「それで、ミアさんの異変のことですが」
「先生、原因がわかったんですか?」
ミチルとルイマは顔を見合わせた。
「はい。私、昨日のうちにその出来事について、聞き取り調査をしておきました」
今、ルイマとミチルが並んで座り、テーブルを挟み向かい合わせに島田が座っている。
島田が自分の左側を見て言った。
「怖がらないでね。実はここにお客様がいるんだ。君たちには見えないだろうが‥‥」
ルイマとミチルは再び顔を見合わせた。島田の横を見ても誰もいない。
「あ、あの。まさか、島田先生のお知り合いの幽霊がここにいるのですか?」
ミチルは島田の横の空間をじっと見たけれど誰かがいるとは思えなかった。
「ここにいるのはこの学校のいわばガーディアンとも言える方でね。名を蓮津姫という」
「ほ‥‥本当にここに? 信じられない」
ルイマも訝 っている。
「だろうね、何も見えないのだから。そう思って‥‥‥」
島田は席を立ち、どこからか漆塗りの玉手箱のような美しい箱を持って来て、テーブルの上に置いた。
蓋 を開けると松ぼっくりが何個か収められていた。
「これはね、魔法の松ぼっくりなんだ。僕が忙しくして切取さんの取材を待たせてしまっていたのはこれを石垣の松を回って探していたからでね。なかなか見つからないんですよ、これが」
「まさか‥‥‥本当にあるなんて! これって私の編集した七不思議の一つですよね?」
「ええ、そうですね。今日はこれを使ってみようと思います。この部屋の中に霊力を満たせば君たちにも見えるんじゃないかと思うんです。この霊力は蓮津姫の集めた蓮津姫色のついたものですし」
島田は松ぼっくりを一つ取り出し、手印を結び、小声でぶつぶつと呪文を唱え始めた。
「五感清浄急急如律令、ミチル、ルイマ、現象清覧 照覧 謹聴聴聞 蘇婆訶 ‥‥」
両手の指で結んだ印の型を次々変えてゆく。
最後に手刀で空間を数回切った。
ミチルは空気が変わったのを肌で感じた。ルイマの腕に、鳥肌が立っている。
‥‥‥やがて、霧が晴れ行くが如く、二人の前に、絵巻物語から抜け出たような美しい着物姿の姫が現れた。
「わたくしの声が聞こえまして?」
「な、何、これは‥‥?」
ミチルとルイマは流石におののいた。
「これで話せるようになったね。これね、この松ぼっくりはね、いわばこの蓮津姫様から我々への返礼品なんだがね、まあ、今は詳しいことはいいだろう。実はミアさんにちょっかいを出したのはやはりこの蓮津姫様でね‥‥‥」
「わたくしはあの娘が気になっていたのです。見目も麗 しゅうて、わたくしに似ておりますし。あの娘とつるんでおるそなた、キリル、そなたは なかなか良い心構えをしておる。しかしながら、そなたはあの娘を甘やかし過ぎなのです。あれでは、この先どうやって生きてゆかれるのか?」
「ど‥‥どういうこと? 私、いきなりダメ出しされたわ‥‥‥」
さすがのルイマもかなり動揺している。このシチュエーションが受け止めきれない。
「あと、ミチルとやら。わたくしはミアに入った故 、あの娘の心がわかる。あの娘の弱さはそなたにも責めがあるのです」
「ぼ、僕にもダメ出しが‥‥‥」
ルイマと顔を見合わせた。
「‥‥‥さて、わたくしはもうゆく、島田?」
島田が部屋の扉を開けると、そこからしずしずと歩いて出て行く。
カウンター内にいた図書当番の男子が、こちらを向いてびっくりした顔をしてメガネを外して目を擦った。
彼が再び目を開け、メガネを戻した時には、先ほどうっすらと見えた気がした姫の姿はなくなっていた。
一瞬小難しい顔になった彼は、島田と目が合った。
「君、どうかしたの?」
「‥‥‥いえ、何でもないです」
彼は何事も無かったようにカウンター業務に戻った。
他にも図書室の方には何人か生徒がいたが、島田が見渡したところ、こちらを見る者も気にしている者もいなかった。
島田は扉を閉め、二人に向き直した。
「なんせ、お姫様だからね、気まぐれも多々ある。扱いは大変なんだよ。でも蓮津姫様が生徒に危害を加えるなんて今まではなかったし、ほぼ考えられない。彼女たちはね、未だこの旧落花生城の領内の安泰を保つことを務めとしているからね」
「蓮津姫様がミアの心持ちを強くさせたいらしきとことはわかりましたけど、強引にミアが嫌がっていたモデルにさせるなんて」
ルイマは戸惑っていた。
「訳は僕が昨日さっくり聞いておいたから私から説明出来るだろう」
島田が椅子に戻りながら話し始めた。
「まず、二人の姫様のことから話そう。これは僕がここ30年の間、彼らと接して来た中で、少しずつ知れて来たことなのですが」
そのような前置きで話された内容は‥‥‥
落花生城藩主、清瀬川里美の第一子として生まれたのは、側室お蘭の方様から生まれた蓮津姫だった。
那津姫様は、その3年後、正室から生まれた姫ぎみだった。
そして、藩主の嫡子として無事10を越えて育ったのはこの二人だけだった。
側室、お蘭の方様は比類なき美しさを持ち、同時に非情な策略家でもあった。この二人の姫しか育たなかったのは彼女の陰なる仕業とも後に言われているらしい。
お蘭の方様は正室と対立するのでは無く常時へり下り、殿様と正室を敬っていた。
そのため、大人の真の思惑などとは関係無くして蓮津姫は腹違いの妹の那津姫を敬い、仲の良い姉妹のように過ごしていた。
彼女らはこの窮屈な城内の中で暮らしている同志として、強い姉妹愛で結ばれていた。
しかし、そんな日々も突然終わりを迎えた。
ある突発的な出来事により、那津姫がこの世から消え去り、その1年後には、後を追うように蓮津姫が亡くなるという悲劇が起きた。
二人とも成仏しないまま蓮津姫、那津姫とも霊界で過ごされたようだが、やがて城跡に高校が建てられると現世に霊体のまま戻られた。
その、新しい学校という城には、若い精気が溢れていた。
姫蓮津は、この城に集う者らから、ほんの少しずつ精気をもらって現世では過ごしている。
それはそのひとりひとりが、1日、米10粒分多く食べれば済むくらいの精気で、そのお陰でここにもいられるし、その力を元にしてこの学校を結界で守護している。
お陰で我々はここにいる間は霊的障害から護られているってわけだ。
精気を頂くお礼といってはなんだが、蓮津姫様は一年にひとつだけ、蓮津姫様の霊気を込めた松ぼっくりを学校の城の松に実らせることにした。
その松ぼっくりは使いようで、誰でも願いを叶えることが可能だという、いわば魔法アイテムだ。
その霊気松ぼっくりと ただの松ぼっくりとをを見分けることは普通出来ないが、ある程度の霊力の持ち主ならわかるそうだ。
島田は霊を見る力が幼い時から備わっていたたため、その霊力松ぼっくりのオーラは見分ける事ができるのだが、それでも見つけ出すのは困難で骨が折れることだという。
1年に1つだけの蓮津姫の松ぼっくりと、その他のたくさんなるただの松ぼっくり。
それらは高いところにあり、しかもいつ落ちてくるかわからない。松ぼっくりというのは落ちるまでに何年もかかることもある。目星をつけて場所がわかっていても、いつの間にか無くなっていることもある。
だから風の強い日の後には必ず見回りに行く。
結界があるのでおいそれと妖しい霊障動物はここには入っては来られないけれども何も知らないカラスや動物に先を越される恐れもある。
前にカラスが蓮津姫様の松ぼっくりを食べてしまった時は厄介なことになったことがあるけれどそれは今はおいといて‥‥
島田は、万が一学校で霊的な禍いが起きた時の為に今は6個ほど集めて保管しているそだ。今日使った松ぼっくりの霊力は、まだほとんど減ってはいないらしい。
島田はこれは大変貴重だから、とすぐに箱に戻した。
「それで、蓮津姫がなぜ、ミアさんにちょっかいを出したかだが‥‥」
やっと本題だ。ルイマの真剣な横顔をミチルはチラリと見た。
「蓮津姫様はミアさんのことを‥‥」
「おーい、ミッくん、キリルー! いるかー?」
島田とリアスの声が重なった。
眉間にしわを寄せたルイマと困惑顔のミチルは顔を見合せた。
ーーーこのタイミングでなぜ来た? ザッカリー?
ルイマはこの二日連続の妨害にムカついている。
ーーーザッカリーだ。昨日の事で僕に何か言いに来た? ミアちゃんのことで‥‥‥
ミチルの胸はドキドキ音を立て始める。
今日の秘密会議は、気になることを残したままお開きになった。