那津姫は、いる
「でね、後からミアにあの時の事を聞いたのよ。いったいなにがどうなっちゃってたのか」
ミアは、美術部の勧誘にイエスの返事をした時の事ははっきりわかっていたという。
ミアは、自分の意思とは違う事をしている自分を、ただただ何も出来ずに認識だけはしていたと言った。
今までこのようになったことは全く無くて、『もしかして心の奥で、自分で気付かなかったけれど実はモデルをしたいと思っていて、それの欲求が現れたのもしれない』、と自己分析したらしい。
「私はね、それならそれで良いと思うけど‥‥‥」
ルイマは眉根に力を込めた。
「でもね、おかしいのは、私の手を取って言った言葉よ」
『‥‥‥もう黙って見てはいられぬ。この娘、このままでは駄目駄目です。キリルとやら。そなたも良くはない。ミアを甘やかし過ぎです』
『なぁ、キリルよ。わたくしはそなたとずっと話したかった。そのたくましき物言いはあっぱれ。だが惜しむらくはそれでは知謀が足りぬ。ついでに色香も』
「これってミアの言葉とは思えないよ! "わたくし" とか、言うのも変だし "そなた" って何よ? 私とずっと話したかったなんて‥‥いつも一緒にいるのに! それは絶対ミアの言葉であるはずはないのよ。ねえ、これって‥‥‥」
「‥‥‥まさか七不思議の幽霊の仕業だって言うの?‥‥でも、まさか‥‥いや‥‥‥」
ミチルは本当に幽霊が学校にいるとは思えなかった。
「絶対にそうよ! 一時ミアに乗り移ったんじゃないかしら? 私、絶対そうだと思うの! それでミアが心配で‥‥‥」
「考え過ぎじゃないかな‥‥‥」
ミチルが困惑の返答をした時、図書室のバックヤードの扉が開いた。
「おや、大きな声が聞こえたと思ったら切取さんじゃないか。あれ? 今日は図書当番さんがまだ来て無いみたいだね」
島田が現れた。
「まだ他に人がいないとはいえ、図書室では静にね」
これはルイマにはチャンスだ。やっと島田を捕まえられる。
「すみません。先生、那津姫様についてもう一度取材をお願いしてましたけど、なかなか時間が頂けなくて待ってたんですけど」
「ああ、いや、そうだったね。すまなかったね。ちょっと探し物してて忙しくて。もし、切取さんががいいのなら今伺うよ」
「いいのですか? えっと、土方も一緒に聞いてもらっていい?」
「えっと、じゃあ、はい」
ミチルはミアのことが気になって早く美術部を覗きに行きたかったのだけれど。
「そうですか。じゃ、奥の部屋で話そう、じきに図書委員の当番も来るだろうから」
3人は移動した。その部屋の大きなテーブルには修理しかけの本やら道具が散らばっていた。
「ちょっと散らかってるけどそっちの椅子持って来てここに座ってね。すぐ片付けるよ。」
島田はテーブルの上をてきぱきと隅っこに片付けながら、この子はどこまで気がついているのだろうと考えを巡らせていた。
「あの、島田先生、先生は那津姫様についてとても詳しいようですね」
いつも強気のルイマは先制して島田に突っ込んだ。
「‥‥‥ああ、でもね、そのへんの文献はほとんど発見されていないんだ。昔のものは戦争で失われてしまったし。だから詳しいことはね‥‥‥。あの那津姫様の巻物は、この学校の敷地内に那津姫様を祀った石で出来た堅牢な祠があったらしくてね、そこの奥深くに納められていてね、たまたま助かって残っていたんだよ。学校の工事着工の時に発見されたらしいんだ」
「私も図書館に行って調べました。でも地元史なのに地元でも文献が失われていているなんて」
「昔の人の事情があったのでしょう‥‥‥」
「でも‥‥‥先生はそれでも何かご存知なのではないですか?」
ルイマは鋭い視線を島田に向けた。
「どうしてそう思うんだい?」
ルイマは思い切って言うしかなかった。あの心霊写真のことを問うために。
「それは‥‥‥私、先生が那津姫様に会ったことがあるんだと思うんです」
じっと島田の顔を観察した。
「あはは、僕は妖怪ではないから何百歳ってわけではないからなぁ。まあ、若い子からみたら見たら変わらないのかな?」
ーーー私はそんな戯れ言では誤魔化されない!
相変わらず鋭い視線を向けたままルイマが言った。
「先生、私、知ってるんです」
島田が何か動揺したのがミチルにもわかった。
「知ってるって? 何をですか?」
「誤魔化しは出来ません、先生! 私、確信しているんです。ここに今も那津姫様がいるって!」
ーーーだって、あの写真はだてや酔狂じゃないの!
「そんな昔の人が何でここにいると思うんだい?」
あくまでもしらを切る島田に、今こそあれを突きつけるべきだった。
「とにかく、知っているんです! 証拠だってあります」
「ちょっ? ちょっと待ってよ、キリル! どういうこと? さっきからおかしいよ。キリルは七不思議のこと本気にしてるみたいじゃないか」
ミチルが間に入った。
「那津姫様は今もここにいるのよ! 幽霊になって! だから七不思議にも当然入っているのよ。一番目撃が多いのも那津姫様よ。先生も遭遇したに違いないです!」
「キリル、幽霊を信じているの? 那津姫様の幽霊がいるなんて」
ミチルは、ルイマは言い過ぎだと感じてさりげなく牽制した。
「ええ、絶対間違いないの! それに、ミアがおかしくなったことにも関係があるに違いないのよ! 自分のことだけならまだしも、ミアに関わるのだとしたら余計にこのままにしておくわけにはいかないっ!」
ルイマは自分の撮った那津姫様らしき写真をプリントアウトして手提げカバンに持っていた。いざとなったら出すつもりでいた。
島田先生ならば、これはフェイクでは無いとわかってくれるはずだ。
「え? おかしくって‥‥‥ミアさんて、ここの生徒かい? 何かあったのですか?」
島田が動揺したようで、真剣な顔をして聞いてきた。
「はい、ミアは私たちの親友です」
ルイマは自分のまとめた七不思議とミアの異変の出来事を島田に話した。
「ああ、そんなことが‥‥!」
「またおかしなことがミアに起きないとも限りません。私、心配なんです」
そして、島田からミチルに視線を移して言った。
「土方、あんたもなにか言ってよ! ミアが心配じゃないの?」
少し青ざめた顔でミチルが言った。
「‥‥‥うん。僕はここの卒業生である僕の父から、那津姫様が出てくる話を聞かされたけれど、でも、それはたぶん面白半分で言っただけだと思う。それが関わっているとは思わないよ」
ルイマと島田をちらりと見てから続けた。
「とにかくその話を言ってみてよ!」
おずおずとミチルは始めた。
「えっと、僕の父はここの卒業生です。父が在学中に起きた出来事だって設定で話してくれたんだけど。もう、自分は死んでいてもおかしくはない状況だったけれど、ギリでその時の若い先生のお陰で助かったって話だった。その話に那津姫様が出て来て、その旦那様の霊鳥大鷲にも会ったなんて話で‥‥‥ね、ただ僕に冗談で言った話です」
「ちょっと、待って、君、確か土方くんだったね? まさかとは思うが、お父さんの名前は‥‥?」
「馬白といいます。」
島田は驚きを持ってミチルを見つめた。
「ああ‥‥君はあの土方馬白くんの息子さんなのかい?」
ルイマとミチルは顔を見合わせた。
「その若い先生は、僕のことだ」