ミアに異変
5月も後半に入った。
ミチルは帰りのSHRが終わるとすぐに図書室に向かった。ルイマに相談があると個人的に呼び出されていた。
たぶんルイマは、この高校の卒業生であるミチルの両親が知っている昔のこの学校の怪談を聞きたいのだろうと推測していた。
ミチルは蓮津姫が那津姫のためにしたためた巻物の存在を聞いてから、土方家との何か深い関連性を感じていた。
恐れる気持ちもあったが、思いきって父親に落花生高校の現在の七不思議を話した。そして、落花生城の那津姫様と土方家の守り神である那津姫様は同じ姫様なのか尋ねてみた。
父親は、これは秘密だよと言って、ミチルに一つの話をした。
その昔話は、あまりにも突飛な話だったので、ミチルには信じ難く、もしかして、というか多分、話好きの父さんがミチルの話した落花生高校の七不思議話に乗って、自分を担いで楽しんでいるんだろうと思った。
だから、面白くもなくて申し訳ないけれど、父の代には7つもなかったようだけど、似かよった不思議話はあった、と だけ ルイマには話すつもりでいた。
母親も同じ高校の卒業生だったけれど、母は怖い話は大の苦手なのを知っているから、まさかそちらに聞くことは出来なかった。
ミチルは帰りのSHRが終わって急いで図書室に来たため、図書室にはまだ誰もいないようだった。
ーーーキリルはがっかりするだろうな。父さんから聞いて話せる成果は何もなかったし。母さんには聞けなかったし。
ぼやっと考え事をしているといつの間にか目の前にルイマが来ていた。
「ずいぶん早かったのね。土方、ごめん。待たせて。私が呼んだのに」
図書室でわざわざ待ち合わせたのはルイマの都合で、遅れて来たのもルイマのわざとだった。
図書室に来れば、二回目の取材を出来ていない島田を捕まえられる可能性があるし、遅れてきたのはやはり、1人で待つのはちょっと怖くて気が引けたから。
「ううん、今来たとこだよ。キリル。」
「じゃ、あっちのすみっこのほうで話しましょう。誰かしら来る前に話してしまいたいわ。人に聞かれたくないし」
目立たない角の窓際のテーブルについてからルイマが言った。
「相談っていうのは‥‥ミアのことなの」
ミチルが思っていたこととは違うようだ。
「どうしたの? もしかして、ミアちゃんとケンカでもしたの」
「そんなんじゃないよ。その‥‥最近ちょっと変じゃないかしら? 何か気づいたことはない?」
「変って?」
「ミアって昔から目立つことが嫌いでしょ? それなのに‥‥。土方は何か気づいた事はないの?」
「うーん、ここのところ一緒に下校することも無かったし、登校の時も駅で見かけることも無かったからわからないよ。僕、まだ正式入部はしてないんだけど、放課後も部活のことでいろいろあってさ。僕、錦鯉研究会に入ろうかと思ってて。ミアちゃんどうかしたの?」
「へっ? 錦鯉って‥‥? まあいいわ、今は‥‥。じゃ、ここ数日のミアのこと知らないのね? 驚くわよ。ミアはね、美術部の絵のモデルをしてるの! ずっと断っていたのに!」
「嘘だろ? あの美術部部長の依頼を受けたの? あんなに嫌がっていたのに?」
美術部部長の甲斐雅秋らが毎朝のように教室までミア参りをしていたのだが、ミアはモデルなど私には無理だと断っていた。何度来ても同じ答えしかないと。
ルイマはもちろんミアより全面に出てお断りしていた。
最近ではルイマも一緒にモデルをしてはと誘われる始末だった。もち、断っていたが。
しかし、先週にふいに一転したという。
**********
「やあ、真夏多さん! 今日も来たよ。僕たちは諦めない。是非とも君をモデルにした絵を描きたいんだ! そして秋の千科展に出品したいんだ。もうタイムリミットだ。時間が無い。マジ、お願いします! ついでに切取さんもどうかな? うちの女子たちにぜひ君にもついでにお願いしてくれって頼まれてるんだよね」
「お茶菓子も用意するからさー」
「美術部は女子の方が強いんだよね。あいつらの圧きついし頼むよ~」
甲斐雅秋の後ろで、仲間の男子が加勢してうざい。
大体、この人たちは最初の頃はともかく、今では単に日課となりミアに会いに来ているだけだとルイマは思っている。
「ちょっと。私もついでって何? それに毎日しつこいわよ。ミアだって困っているの! ねっ、ミア!」
振り向いてルイマの後ろでうつむいているミアを見た。
いつもなら、ここで『はい、私困りますから‥‥‥』と、ミアがひとこと言ってから教室の奥へ引っ込んで行くのが通常パターンだった。
でも、その日は違っていた。
ミアはずっと微動だしないでうつむいて立っていたと思ったら、ゆっくり顔を上げた。
そして美しい笑みをうかべながら少し首を傾けた。
「‥‥‥うふふ、そんなに私を描きたいの?」
「もちろん! 真夏多さん以外考えられないし、諦められないからこうして俺自らこうして毎日頼みに来てたんじゃん? 君じゃなきゃこの俺が毎日ここに来るわけないだろ?」
部長の甲斐雅秋 が、校内No.1と噂されるイケメンフェイスでミアに迫った。
「‥‥‥そう。なら私、やります」
ミアがスパッと言い切った。
「ひゃほー! じゃ決まったな。言質は取った。もう変えられないからな。なら、今日から毎日放課後は美術室に来てくれ。詳しくはそこで。切取さんも気が変わったら来てもいいから、じゃ」
「はぁ? 私も来てもいいって?、たとえ生きたかっぱを見せるって言われても行くわけ無いから」
美術部の3人が意気揚々と引き返して行く。
「ミア? どうしたの、急に。ミアがいいのなら私はいいけど‥‥‥」
ミアが不意にルイマの右手を取って両手で包み込んだ。
「‥‥‥もう黙って見てはいられぬ。この娘、このままでは駄目駄目です! キリルとやら。そなたも良くはない。ミアを甘やかし過ぎです」
「は?」
「なぁ、キリルよ。わたくしはそなたとずっと話したかった。そのたくましき物言いはあっぱれ。だが惜しむらくはそれでは知謀が足りぬ。ついでに色香も」
「ふぁ?! ミア?」
ルイマが呆気にとられているとミアが急にルイマの肩にもたれ掛かって来た。
「ミッ、ミア?」
ミアを支えながらルイマは動転しつつ、頭のなかで思考がぐるぐる巡っていた。
ーーーなぜ私の手を握って? 今のどゆこと? 今、私たち教室中に注目されてる‥‥よね?
「‥‥‥‥‥キリル‥‥‥私‥‥‥今‥‥‥」
ミアは左手を額に当て、ルイマの肩を支えにしながらふらふら体を起こした。
「ミア、一体どうしたの? 大丈夫?」
「‥‥‥ご‥‥ごめんなさい‥‥‥私‥‥‥‥‥‥」
「貧血かしら? 保健室に行く?」
ミアの肩を抱きながらルイマは顔色を伺った。
「‥‥‥ううん、大丈夫。ごめんなさい。私は今何が起こったのかわかっていたけど、わからない‥‥‥‥‥私は自分では動けなくなって、でも体は勝手に話をしていて‥‥‥‥いえ、支離滅裂だね。ごめんなさい。自分の席で休むわ」
ミアは青白い顔をして椅子に座ってすぐ机に臥せった。
ルイマは黒板の前からこちらを見ていた女子に声をかけた。
「ねえ、白玉さん、あなた保健委員だったよね? ミアが体調が悪いの。ちょっと気にかけておいてくれる?」
「‥‥‥なーんだ、美しいユリちゃんじゃないんだ。がっかりー、あ、いえっ、何でもないよ! 真夏多さん、無理しないで。保健室行きたくなったらすぐに私に言って。授業中でも言ってくれていいからね」
ーーー何が起きていたのかと興味津々で見ていたギャラリーはこれで興味を他に移すわ。出来ればもしもの時は、私が保健室に連れて行きたいのだけれど。
一旦はやれやれね‥‥‥でも、さっきミアの言ったこと‥‥何?
**********
ルイマの話では、ミアは気が進まないものの、約束したのだからとその日から絵のモデルとして放課後は美術部に詰めているという。
「で、キリルはモデルしに行かないの? なんかミアちゃん一人で行くなんて僕心配だな」
「私を描きたい人なんてほんとはいないに決まってる。それに‥‥‥私、ミアの個人的なことに出しゃばり過ぎていたかも知れないって反省してる‥‥‥でもまあ、実は私も心配になってこっそり覗きに行ったんだけどね。あはー」
「‥‥‥あ、あのさ‥‥絵のモデルってまさかとは思うけど‥‥‥それっていわゆる‥‥‥こうとか、こんなふうとかの大胆ポーズとか強要じゃないよね? まっ、まさか‥‥‥脱いだりしてないよね? まさかとは思うけど‥‥‥芸術にかこつけてさっ」
ルイマは笑いをこらえながらも呆れた。
「ふぁ⁉ あんた何考えてんのよ!」
「ミアちゃんが‥‥‥ミアちゃんが大変だっ!!」
「そんな訳ないでしょ! まだ私の話は終わってないのよ」
ルイマは落ち着きを無くし、駆け出しかけたミチルを呆れ顔で見た。