3.婚約の理由
私は両親とともに、王宮へ向かう。
到着したら、何だか煌びやかな人がいた。
「クアントリル殿下、お久しぶりでございます。お出迎え頂けるとは、望外の喜びでございます」
父の挨拶に、この煌びやかな人がクアントリル殿下なのだと、初めて知った。
「ふん、一応の礼儀だからな。出迎えくらいしろと父に言われたのだ」
その殿下は、何とも不遜な態度で父に応えていた。
その視線が私に向くと、顔をしかめた。
「殿下。こちらが娘のマイヤでございます」
父に紹介されて、私は黙って習った作法通りに礼を取る。
確か、声が掛かるまでこのままでいなきゃいけなかったはずだ。
結構姿勢が辛いから、早く声を掛けて欲しいんだけど。
「おい、バレー伯爵。なんだ、娘の格好は」
「至らぬ娘で申し訳ありません。折角の殿下からの贈り物を着こなすこともできず、台無しにするとは」
散々な言われようだ。
これでもマシな格好になったのだ。
大体、このドレスを贈ったのは王子殿下本人のはず。自分で贈っておきながら、そんな言い草はないだろう。
辛い姿勢で頭を下げながら、不満が心に満ちる。
「娘。顔を上げろ」
やっと声が掛かった。
言われたとおりに顔を上げる。
「ベールを取れ」
ベールは着けたままだったのだ。
一瞬ためらったけど、取れというなら構わないだろう。
目の色を知った上で婚約の申し込みをしてきたのは、あちらなのだ。
言われたとおりに取ってみせれば、不愉快そうな顔をされた。
「ちっ。想像以上に不気味だな。――良いか、娘。王家の決まりだから貴様を婚約者として迎えるが、だからといっていい気になるなよ」
「……決まり?」
聞き返した。
なぜ私を婚約者として欲したのか、その理由までは聞いていない。
しかし、殿下からの言葉は、私の疑問への返事ではなかった。
頭から足先までジロジロ見られた。
「ふん、まあ良いか。いいか、娘。貴様は黙って後ろにいろ。一切口を開くなよ。――来い」
言い放つと、殿下は踵を返して去っていく。
それを黙って見送りそうになって、慌てて追い掛けた。
*****
諦め、という言葉は、この王宮でも有効だった。
クアントリル殿下は、気遣いらしい気遣いを全くしてくれない。
婚約者という間柄の都合上、一応殿下にエスコートされている形だけど、殿下はズンズン先に進んでいく。
こっちは歩きにくいドレスで追いつくことができないでいると、「遅い」と文句を言われる。ゆっくり歩いてくれる気はないようだ。
国王陛下や、パーティーの主役でもある王太子殿下に挨拶した。
似合っていないドレスを、「私がだらしないからだ」と散々けなされたけど、言われたとおりに口を開くことはしなかった。
ちなみに、ここでもベールを取れと言われて、取った私の顔を見た国王陛下や王太子殿下は、顔をしかめた。
「決まりだから、しょうがないが」
「クアントリル、悪いね。こんな女を婚約者にすることになって」
だから、決まりって何。
私だって、別に好きで婚約者になったわけじゃない。
なんでこんな好き勝手に言われなければいけないんだろう。
「女性に対して、こんな女という表現はひどくはありませんか、王太子殿下」
横から掛けられた声の、その内容に驚いた。王都に来てから、わたしをフォローするような発言を聞いたのは、弟以外で初めてだ。
言われた王太子殿下が、その男性の姿を見るとその口元が歪んだ。
「何もひどくないだろう、オスリック。こんな女はこんな女だ」
「そうだ、兄上。こんな不気味な女を女性と一括りにしては、女性に失礼だ」
クアントリル殿下も、王太子殿下に続く。
表情は兄弟揃ってそっくり。嘲笑しているようだ。
っていうか……兄上?
「王家から婚約を申し込んだのです、クアントリル殿下。それなりの態度というものが、あるのではないでしょうか」
「それなりの態度だろう?」
口の端を上げて言い返すクアントリル殿下に、その男性は諦めたようにため息をついた。
そして、私に向き直る。
「第二王子のオスリックと申します。成人すれば臣籍降下が決まっている身ではありますが、覚えて頂けると光栄です」
ああ、やっぱり。この方が第二王子殿下。王位継承権を持たない王子殿下だ。
王太子殿下を兄と呼ばず。
弟であるはずのクアントリル殿下を、敬称を付けて呼んで。
この方の立場は、きっとひどく低いんだろうな、と思ったら、どこか親近感が湧いた。
*****
最低だったパーティーが終わった翌日。
相変わらず、朝から勉強漬けだ。
その合間を縫って、私は屋敷の図書館にいた。
勉強のためだと言えば、図書館に来るのを駄目だとは言われない。
きっかけは、第二王子オスリック殿下の言葉だった。
『君の、バレー伯爵家の歴史を調べてごらん。君が婚約者になった理由が分かる』
昨日のパーティーの時、何かのタイミングでコソッと言われたのだ。
それ以上の話はなかった。
私も、何も聞かなかった。
お互いに変な行動を取れば、何を勘ぐられるか分からない。
でも、教えてくれたことに感謝した。
これまで国の歴史の勉強はしても、我が家の事について学んだことはなかったから。
調べて。
そして、分かった。
「ああ、そういうことか」
すべてを納得した。