1.失われた温かみ
かつて、この地は不毛の砂漠だった。
だが、一人の男性がこの地に雨を降らせた。
湖が生まれた。
川が流れた。
草原ができ、森が育った。
やがてこの地は、緑と水が溢れる地となった。
その男性は丁重に迎えられた。幸せな結婚をして、子供に恵まれた。孫を抱き、ひ孫の顔を見た。
最後の最後まで、幸せな人生だった。
*****
私はマイヤ。とある伯爵家の娘だ。
私の目の色は暗い。
色と言っているのに、暗いとは妙な表現だ。だけど、その表現が一番近いと思ってる。
黒っぽい色だけど、濃いグレーにも紺にも見える。
暗い色が重なって「吸い込まれそう」と表現された事もある。
他にこんな暗い色をした目を持つ人はいない。
みんな、明るい色をしている。
だからなのか、私は周囲の人から嫌われていた。
「何度見ても、不気味だな」
「ほんとに気味悪い子ね! 近寄らないで!」
父と母の、そんな言葉が頭に残っている。
だから、私は物心ついたときには、王都にいる両親ではなく、領地にいる祖父母の元で育てられた。
意外にも、領地にいる祖父母は優しかった。
使用人たちも領民たちも、不気味な私を当たり前のように受け入れてくれた。
だから、幼少期の私は結構幸せだった。
でも祖父が亡くなり祖母が亡くなり、十三歳になったある日。
王都にいる両親に呼ばれてからの私は、幸せじゃなくなった。
「……婚約者? 王子殿下の?」
「そうだ」
目が見えないようにベールを被せられた状態で、久しぶりに父と母と再会した。
両親の顔などもう朧気で、「こんな顔だったっけ?」なんて思ったものだ。
もちろん、感動の再会などなかった。
事務的に挨拶して、事務的に呼ばれた理由を説明された。
「王家から第三王子殿下の婚約者をお前に、と打診があったのだ。お前の目のことも伝えたのだが、問題ないと言う事だったので話を受けた」
内容はかなりぶっ飛んでた。
うちが、バレーっていう名前の伯爵家であることくらいは、知ってるけど。
「……話を受けたって、私の意思は?」
「そのため、本日からお前に家庭教師を付ける。王子妃として相応しくならねばならぬからな。休む暇などあると思うなよ」
私の言葉は、完全に無視された。
「決してそのベールは外すな。良いな」
父は言うだけ言って、去っていった。
母は、一言さえ言うことなく、父の後を付いていった。
領地にいたときの温かみは、全くなかった。
ドクン、と私の中の何かが鳴動した。
*****
そして、それから地獄だった。
この国の歴史や地理、政治、経済。他国のそれらや、貴族としてのマナー。
勉強するべき事が多すぎた。
まともに食事をする時間も寝る時間も、取れなかった。取らせてもらえなかった。
課題も終わらずにそれらをしようとすると、体罰を受けるからだ。
へとへとになって、クタクタになって。
どのくらいの日々を過ごしたのかすら分からなくて。
ある日、私の部屋にドレスが届けられた。
何かと思えば、私の婚約者である第三王子殿下かららしい。
それを着て今度のパーティーに出ろ、ということらしい。
それを聞いて、初めて気付いた。
第三王子殿下に会ったことがない、ということに。