9-8話 男女の魂の超魔術1
拓海は依然としてエアシップの上で情報収集に務めている。しかし、どこかのタイミングで浩太たちと合流しなければならない。
黒竜たちが二手に分かれ、片方の群れが浩太とクラリスを目指していることは分かっていたので、拓海のいる船からも悪魔や空を飛べる怪異が援護に飛んでいた。
「見えました!」
ゾダールハイムの兵士が叫んだ。拓海がその方向に目を向けると、黒竜の群れが戦っている空間が見えた。間違いなくそこに浩太とクラリスもいると拓海は思った。
「拓海さん、行ってください」
妖狐のエマが言った。
「きっと今が最終局面です。予定が早まりましたが」
エマの発言が意味するのは本来の予定だ。退魔の結界は複数回に渡って邪神竜に使用されるはずだった。それらと九尾の狐の力で打倒するのが元々の計画だったが、今、魔王の遺産の魔術が加わった。
「分かりました。ありがとうエマさん、お気をつけて」
「拓海さんも気をつけて。後でまた会いましょう」
「はい!」
拓海はそう答えると、悪魔ベナカーイに合図をした。ベナカーイは拓海の元にやって来て拓海を赤い光で包んだ。ベナカーイの念動力だ。
「よし、行くぞ拓海!」
「頼む!」
ベナカーイが飛び立つと、拓海の身体も飛び始めた。
黒竜の群れは魔具や魔術の攻撃で次々と落下している。その現場が近づいてきた。
浩太の持つフェイズド・クリエイション・ピストルも、キマロやクラリスの魔術行使も限界があるが、様々な援護者が加わっており、彼らを守っていた。
浩太たちが視認できる距離になり、拓海もフェイズド・クリエイション・ピストルで黒竜を撃ち始めた。しかし、浩太たちが迎撃に気を取られていて拓海に気づいていない。
「浩太!! クラリス!!」
拓海が叫んだが、戦場は黒竜の咆哮や攻撃音で溢れており、まるで届いていないようだった。
「拓海、突っ込むぞ!」
ベナカーイはそう言うと、黒竜たちを蹴散らしながら浩太たちに迫り、横を飛び抜けた。拓海はジェスチャーで自分の存在を伝え、浩太たちはようやく拓海に気づいたようだった。
「あ、タクミ!!」
「こっちから来たぞ、クラリス、浩太!!」
「よっしゃ、いいぞ、拓海!!」
「コウタとクラリスの手を取るのじゃ!!」
キマロが最後にそう叫んだ。ベナカーイもそれを理解し、浩太たちに接近する。
それが黒竜たちにとって危険な行動だと伝わったのか、黒竜たちは拓海の邪魔も始めたが、周囲に展開している援護者たちに阻まれた。
浩太は右手を、クラリスは左手を伸ばしている。ベナカーイに導かれ、拓海は浩太とクラリスに両手を伸ばし、掴んだ。
「フルーズ、頼む!!」
浩太が叫んだ。竜神族に抱えられているフルーズの方を拓海が見ると、フルーズが右手を掲げているのが見えた。すると、拓海は、意識が現実から遠のいていくのを感じた。
次の瞬間、拓海が目を開けると、そこは1年2組の教室だった。
「ドリームワールド、入ったのか?」
拓海が声を上げる。
「ああ、成功だ」
「勇者ゼノシュよ」
浩太とクラリスが言った。その声に反応して拓海が黒板の方を見ると、勇者と魔王の物語の演劇でも見た服装の男がいた。勇者ゼノシュだと拓海は思った。
「勇者ゼノシュ、コウタの魔術紋様をそっちの男、タクミに譲渡するのじゃ!」
キマロが勇者ゼノシュに告げる。勇者ゼノシュは静かに口を開けた。
「譲渡……? しかし、愛し合う男女に渡さなければ意味がない」
勇者ゼノシュの声は苦しそうだと拓海は思った。きっと話すこと自体が大変な行為なのだ。
「ゼノシュ、大丈夫じゃ! その者に渡してくれ!」
「俺の二の舞になってはダメだ……」
ゼノシュがそう言うと、教室がグニャグニャと変質し、黒いオーラに覆われたゾダールハイムの大地に変わった。
勇者ゼノシュと賢者クーヤがその魔術を使った場面だった。竜神族の祖メゾギルアの悪夢を通して拓海も見たことがあった。
「俺とクーヤでもダメだった……。可能性を感じる相手にしか渡せない。この場でそれだけの可能性が見えるのは、コウタとクラリス、君たちだけだ……」
一瞬、勇者ゼノシュが浩太とクラリスの間に感じているものに興味の湧いた拓海だったが、非常時なのですぐにその雑念を追い払い、勇者ゼノシュに向き合った。
「ゼノシュ、問題は愛じゃない! 魂のシンクロだろ!? 俺ならできる、渡してくれ!」
「ダメだ……愛を感じる男女にしか、渡せない……」
勇者ゼノシュは言った。
「ダメですね、呪縛霊としてこの世に残っているだけだから、複雑なコミュニケーションができないようです」
フルーズが言った。
「く、どうするんだ!?」
「あと少しなのに!!」
浩太とクラリスが言った。
拓海にも勇者ゼノシュを説得する言葉が思い浮かばず、事態を打開できなかった。
◇◇
莉子は退魔の結界を発動する魔具を準備した場所に待機していた。周囲には護衛のヴァンパイアとゾダールハイムの兵士が2名ずついる。同じような組が他に5組散らばっていて、それぞれの場所が六芒星の頂点になっている。
莉子が空を見上げると、九尾の狐が押されている風を装って邪神竜を六芒星の中心に誘い入れようとしているのが見える。
(みんな、大丈夫かな……)
莉子はそう思った。日菜菊やルビーはそれぞれ別の六芒星の頂点で準備をしているし、空の上では拓海が浩太とクラリスから勇者の魔術紋様を受け取ろうとしているはずだ。莉子は心配する気持ちを抑え込むため、頼もしい護衛たちを思い浮かべた。
悪魔までもが協力してくれているのだからきっと大丈夫だと、自分に言い聞かせるのだった。そんな時、莉子たちのいる場所の近くに撃ち落とされたのか、黒竜が落ちてきた。
「うわ!」
近くにいたヴァンパイアが声を上げた。
(び、びっくりした……)
莉子は落ちてきた黒竜が黒いオーラに変わるのを見た。
「え!?」
莉子が見ていた黒いオーラの中に、半透明ではあるが人間の姿が浮かび上がった。
「あれは一体!?」
ゾダールハイムの兵士もそれに気づき、魔術武器を構えた。
「その姿……。まさか、賢者クーヤ!?」
莉子はそれが誰なのかに気づき、声を上げた。賢者クーヤは伝承の通りの服装をしていた。ゾダールハイムの兵士もそれに気がついたようで、驚愕の声を上げている。
「そ、そうか! 賢者クーヤの魂が邪神竜に喰われたと聞いたが、その魂で作られた黒竜が落ちてきたんだ!」
ゾダールハイムの兵士が言った。
黒いオーラに覆われた賢者クーヤの魂は立ち上がることもできない様子だったが、必死に何かを伝えようとしている気がして、莉子は目を離すことができなかった。
ゆっくりと、賢者クーヤの手が一つの方向を指差した。
「そっちに、何かあるんですか!?」
莉子が声を上げた。賢者クーヤから返答はない。
「私に、行けってことですか?」
莉子は意図を汲み取ろうと言葉を上げてみた。賢者クーヤが僅かながら頷いた気がした。
「ここ、お願いします!」
莉子は周囲の者に叫び、賢者クーヤの指差す方向に走り出した。重要なことだと感じたのだ。
「護衛します!」
ゾダールハイムの兵士が一人、莉子について来る。
莉子は走った。その方向には覚えがあった。六芒星の頂点の一つだ。
(やっぱり!)
そこには日菜菊と護衛のヴァンパイア・ハンターとゾダールハイムの兵士がいる。日菜菊は難しい顔をして座り込んでいた。
「ヒナ!」
「ん、あ、あれ莉子!? どうしてこっちに!」
「賢者クーヤが行けって……」
「え?」
莉子は息切れしながら日菜菊の元まで移動した。
「勇者ゼノシュに関して、何か問題が起きてるんじゃない?」
「え!? そ、その通りだよ! 魔術譲渡の説得が上手くいかない」
「そういうことね……」
賢者クーヤに導かれたのだから、勇者ゼノシュ関連だと莉子は思っていた。きっと莉子にも説得に加われということだ。
「フルーズの力で、『俺』と浩太とクラリスとキマロがドリームワールドにいて、そこに勇者ゼノシュもいる」
「私も、行けるかな?」
「フルーズに聞いてみる!」
日菜菊はしばし無言になった。拓海の方がフルーズと話しているのだろうと莉子は思った。
「私が触れている人だったら行けるって」
日菜菊は手を差し出した。莉子は頷き、その手を取ると、意識が落ちていくのを感じた。




