9-4話 勇者のメッセージ
浩太たちの前に巨大な悪霊の木が立ちはだかっている。先程まで戦っていた悪霊とはスケールが段違いで、ダメージを与えるにも一苦労しそうな大きさだった。
「これは、骨が折れるの」
「ああ。消耗戦になる。皆の力を使い果たすようだと、一旦撤退も視野に入れねばならん」
キマロとメゾギルアの憑依した人形が言った。
「なら、ここは勝負をかけるべきだな。天知、あれを!」
「はい!」
剣持が浩太に声をかけた。浩太はすぐに理解し、懐から一つの魔具を取り出した。
「それは?」
「満月光の魔具。剣持先生にはうってつけの補助アイテムだぜ!」
クラリスが尋ね、浩太が答えた。浩太が掲げると、その魔具は光り出した。その光に合わせ、剣持が狼の姿に変わる。
「な……!?」
「こ、これは……!!」
壮亮と津麦が叫んだ。クラリスやキマロなど、まだ見たことのない者も驚愕の声を上げる。
「宗吾さんの狼化! 確かに勝負を決めるなら、これほどの手はないですね」
レシアが言った。
剣持はそのまま悪霊の木に攻撃を加えた。悪霊の木の方が一回り大きいが、狼と化した剣持はパワーが違う。悪霊の木も反撃してきたが、剣持は構わずに殴りつけたり蹴りを入れたりした。
取っ組み合いとなっていて剣持へのダメージも避けられないので、キマロとクラリスが回復魔術を受け持った。他の者は遠距離から悪霊の木を攻撃し、少しでも剣持を手助けした。
攻撃がヒットするたびに木から黒い霧が霧散し、悪霊の力をそいでいく。最後には木が動かなくなった。
「悪霊は完全に沈黙したな」
「よ、良かった……」
メゾギルアと浩太が言った。壮亮と津麦は手をタッチし合っている。浩太とクラリスとキマロも拳と拳を突き合わせた。
剣持は人間の姿に戻り、全員で大木の下に移動する。そこには墓石として捧げられたと思われる石があり、メッセージが刻まれていた。
「邪神竜と戦い、命を落とした伝説の勇者ゼノシュ、ここに眠る。ニホン語で言うならこうじゃな」
キマロが言った。
「ゼノシュ、いるのだろう!? お前ほどの男が呪縛霊となってしまったこと、無念で仕方がない。しかし、こうして異世界から邪神竜打倒に戦士たちが集まった。姿を、見せろ……」
メゾギルアが言った。
すると、墓石の上に光が集まり、半透明な人間を作り出した。その服装は浩太も演劇で見たことがあった。勇者ゼノシュだ。
「ほ、本物の勇者ゼノシュ!?」
「し、信じられません……」
クラリスと兵士が呟いた。
「…………」
勇者ゼノシュは虚空を見つめたまま、微動だにしなかった。メゾギルアの憑依した人形は首をリッチの方に向けた。
「私と同じように、人形に憑依させることはできぬのか?」
「厳しいね。君は綺麗な形で魂を残したようだが、彼は呪縛霊。同じようにはいかない」
「じゃあ、どうするの?」
メゾギルア、リッチ、クラリスが言った。
「フルーズを呼ぶしか無いんじゃないか?」
「それじゃコウタ!」
浩太とキマロが続いて言った。
グリザレイの大森林は大砂漠と同じように闇のマナが渦巻いていて魔術通信はできない。代わりに地球から持ち込んだアナログ無線で上空のエアシップと連絡を取り、場所を示すために発煙筒を使った。
ドリームマスターのフルーズは戦い向きではないということでエアシップ待機だったのだが、天狗に連れられて降下して来た。
「ふーむ、本当に危険そうな場所ですねぇ。ドリームワールドを展開すると中の者には外界の情報が分からなくなるので、現実に残る方にはしっかりと防御をお願いしますよ」
フルーズは勇者ゼノシュを巻き込んだドリームワールドを作り出し始めた。浩太の意識はゆっくりと落ちていった。
◇
浩太は1年2組の教室で目を開けた。ドリームワールドに入ったのだ。横には一緒に入ったクラリス、キマロ、メゾギルアがいる。
「何で俺たちの教室?」
「グリザレイの大森林とハッキリ区別のつく場所が良いのです、こういう場合。それ以外に意味はありません」
「なるほど」
浩太、フルーズ、クラリスが順に言った。
「ゼノシュ……」
メゾギルアが呟いた。浩太が目を向けると、黒板の前に勇者ゼノシュがいた。
「クーヤ……皆……守れなかった。すまない……。どうか誰か、俺の代わりに邪神竜を」
勇者ゼノシュは言葉を呟くだけだった。
「この夢も、日本語に聞こえるんだな」
「え? そっか、じゃあ前と同じなんだ。私にはゾダールハイムの言葉に聞こえているよ」
浩太とクラリスが言った。
「ゼノシュ、それだけなのか!? 邪神竜を倒すために、お前は何も残さなかったのか!? お前ともあろう者が!」
メゾギルアが叫んだ。しかし、勇者ゼノシュは同じ言葉を繰り返すだけだった。
「ダメか……。勇者から得られる情報はないのかもしれんの」
「でもそれなら、せめて成仏させてあげるとか、するべきじゃないか?」
「うん。何百年もこのままだなんて、悲しすぎる」
キマロ、浩太、クラリスが言った。
その時、勇者ゼノシュの言葉が少し変化した。
「どうか誰か、俺の代わりに邪神竜を……。もしかしたら、君たちになら……」
「「え?」」
浩太とクラリスは声を揃え、勇者ゼノシュの方を向いた。
「こっちへ……。そこの少女と異世界の少年よ」
勇者ゼノシュのその言葉は、明らかに浩太とクラリスを呼んでいた。浩太とクラリスは恐る恐る勇者ゼノシュの元に向かった。
「これを託す。上手く使ってくれ……」
その言葉と共に浩太の右手とクラリスの左手に光が生じた。その光が消えると、浩太の右手には青に、クラリスの左手には緑に輝く紋様が浮かんでいた。
「魔術……残した……。詳しくは……ダークエルフの里……」
勇者ゼノシュは、この世への未練として繰り返し呟いてきたこと以外の言葉を話そうと必死になっている。
「メゾギルア……後は……頼む……」
「ゼノシュ……」
メゾギルアがそう呟くと、勇者ゼノシュは再び同じ言葉を繰り返すだけになってしまった。
「ここまでのようですね。しかし、夢の中で何かを受け取れるとは何と面妖な。これが勇者の力なのかもしれませんね」
フルーズはそう言うと、ドリームワールドを解除し始めた。浩太の意識も遠のいていく。
◇
浩太は勇者ゼノシュの墓の前で目覚めた。クラリスたちも起き上がっている。浩太とクラリスの手には、夢の中で勇者ゼノシュから受け取った紋様がしっかり残っていた。
浩太たちは夢の中での出来事を現実に残っていた者たちに説明した。
「勇者ゼノシュに託された紋様。そしてダークエルフの里、か」
「行ってみるしかないんじゃないの?」
壮亮と津麦が言った。その通りだと浩太は思った。勇者ゼノシュが必死に渡してくれたその紋様が何なのか、誰にも分からないのだから。
「では、次の目的地はダークエルフの里ですね。場所は分かります。早速エアシップに連絡しましょう」
兵士が言った。
「ゼノシュはどうなるのだ?」
メゾギルアの憑依した人形がリッチに尋ねた。
「浩太くんとクラリスさんの手に存在を感じる。あの紋様と一緒に取り憑いたようだ」
「では、やはりまだ成仏はできんのか……」
「せめて連れて行ってあげよう、一緒に」




