8-2話 バレンタイン
莉子は浩太の家にいた。浩太とキマロは拓海に連れ出されて不在だ。いるのは日菜菊と柚希と浩太の妹の朱里だった。
莉子たちはバレンタイン用のチョコ作りをしていた。察しのいい浩太のことだから家で何をしているかは気づいているのだろうと莉子は思った。しかし、浩太はとりあえず現場にいさせないことにし、拓海が連れ出した。
(ま、ヒナがいる時点で、ヒナタはいるってことになるんだけどね……)
それでも、作ること自体は女子だけでやりたいと莉子たちは思ったのだった。
「女から男へのチョコプレゼント……。変わったイベントなのね」
「まあ、そんなイベントにしちゃったのはこの国なんだけど、せっかく日本にいるんだしね」
クラリスと莉子が言った。
「コウタの分、どうしよう……。辛子でも入れてみようかな!」
「えええ、兄貴かわいそう!」
クラリスの言い分に、朱里が笑いながら答えた。
「ま、まあ、ちゃんとしたのも作って上げなよ」
柚希が言った。
「ユズキはケンモチ先生用でしょ? 熱いねぇ」
「もう、クラリス! それを言ったら莉子もでしょ!」
「リコとヒナタ・コンビはいっつも熱い」
莉子はそれを聞くと、日菜菊と腕を組んで一緒になって笑った。
「どんなのを作るか秘密にするのもいいけど、今年はヒナと一緒に楽しく作るよ」
「そうだね。まあ、別々に作るんだったら、私は莉子用も作るけどね」
「あらあらまあまあ、本当にお熱いですね、莉子先輩にヒナタ先輩。まあでも、中学のときより素直で見ててよっぽど気持ちいいですよ!」
莉子と日菜菊と朱里が言った。朱里もすっかり日菜菊と拓海が同一人物であることを理解していた。
やがてチョコはできあがり、4人ははしゃぎながら写真を撮った。浩太の母に来てもらい、集合写真も撮った。
「それにしても、リコとヒナギクの本命チョコはもう渡せちゃうんだね」
「まあ、確かに。でも味気ないからちゃんとバレンタインの日に渡すよ」
クラリスと莉子が言った。
「クラリス、本当に辛子入りも作ったんだ……。兄貴、ビックリするだろうなぁ」
「それ、シャッターチャンスだね」
朱里と柚希はクラリスの作ったチョコを見ながら言った。
「でもこっちは……」
日菜菊はクラリスが作った浩太用のいたずらではない方を見た。それはハート型になっていた。
「コウタと男女として云々はきっと無いんだけどさ。私にとってはこれが最後だから、せっかくだし、作ってみたかったんだ」
「あ……」
莉子はクラリスが儚げな表情をしたのを見た。確かにその通りだった。クラリスと一緒にバレンタインのイベントを楽しむのはこれが最初で最後なのだ。莉子は涙がこみ上げて来てしまった。
莉子は不自然にならないように移動して距離を取り、クラリスから見えない位置で心が落ち着くのを待とうとした。
「莉子」
ふと日菜菊が莉子の元までやって来て、声をかけた。
「ヒナ……」
「もう、まだ早いよ、それは」
「そ、そうだよね、バカみたい」
「バカじゃないよ」
日菜菊はそう言うと、莉子を抱きしめた。
「ああもう、ホント、ごめんね……」
涙声の莉子はそのまま日菜菊の胸で涙を流した。日菜菊はしばらくそのままでいてくれた。
◇
作ったチョコを包装し、キッチンの片付けが終わると、拓海と浩太とキマロが戻って来た。
「コウちゃん、色々と楽しみにしててよ」
「俺だけかよ! いやまあ、拓海はここで何が起きたか全部分かってるわけだもんなぁ」
「ま、そういうことだ」
莉子と浩太と拓海が順に言った。
そして、莉子たちは帰路についた。柚希と日菜菊は一緒に駅に向かい、莉子と拓海は手を繋いで家までを歩いた。
「莉子、もう大丈夫?」
「うん、さっきはごめん、ありがと」
「俺も気持ちは分かるよ。クラリスとキマロとは、色んなことあったもんな」
「そうだね……」
異世界のゲートをくぐって現れたキマロとクラリスには、最初は色々と振り回されたかもしれないが、今では大切な友達だ。合宿も行事も共に楽しんだ。怪異事件での大ピンチでも助けてくれた。莉子はそれを想うのだった。
「コウちゃんとクラリスは、実際のところどうなんだろう。同じ世界の人間だったとしたら」
「そうだなぁ。浩太、添い遂げる可能性のない娘には行かないって言ってたけど」
「可能性があるんだったら、行ってたのかな……?」
「……分からない。でも、気持ちがあるんだったら伝えちゃえば良いんじゃないかなとも思うんだよな」
「うん。私も、そう思う」
莉子は意地を張り合ってばかりだった関係が少しずつ変化してきた浩太とクラリスのことを考えた。外野がどうこう言うことではないのかもしれないが、どうか良い結論に至ってほしいと思った。
◇
そしてバレンタイン当日。
クラス委員長兼イベンターの愛佳は、大量のチョコを作って持ってきていた。男女問わず、好きに食べろとクラスに宣言した。
「な、何だこのチョコの山は……?」
教室に入ってきた担任の剣持が頭を抱えて言った。
「いやー、先生はそれを手に取る前にやることがあるでしょ! ほら柚希!!」
「ええ!?」
愛佳は柚希の席に行き、盛り上げ役を買って出た。他の生徒たちもノリノリになってしまったため、柚希は顔を赤くしながら皆の前で剣持にチョコを渡した。剣持も照れながら受け取っていた。
「うぶだなぁ、先生」
「そうそう、もっとロマンティックな反応しなよ!」
「おいおい……」
女子生徒に煽られ、剣持は苦笑しながら答えた。
莉子とヒナタ・コンビも、一緒に作ったチョコを改めて渡し合った。
「うぎゃあ、辛ぇ!?」
突然、教室で浩太が叫んだ。
「あはははは!! いいよその顔、コウタ!!」
クラリスから受け取った激辛チョコを食べて悶絶している浩太を、クラリスは満面の笑みで写真に収めた。
「ばっか野郎!! 一体何を入れたんだ!! 物には限度ってものがあんだろ!!」
「ほれコウタ、水じゃ!」
キマロも笑いながら浩太に水を差し出した。汗を吹き出しながら浩太は水を飲んだ。
「び、びっくりしたでしょ、コウちゃん……」
「いや、何か仕掛けられる気はしてたけどね!」
莉子に浩太が答えると、浩太は激辛チョコをボリボリと全部食べてしまった。
「おお、やるねコウちゃん!」
「さすが浩太!」
莉子と拓海が浩太の健闘を称えるようなことを言った。
「ま、イタズラだけじゃないよ。ほらコウタ、これ」
クラリスは浩太にもう一つのチョコを渡した。ハート型に作ったものだ。
「おお、また凄い形にしたなぁ」
「いいでしょ、やってみたかったんだから」
「ああ、文句なんてないさ。ありがとな」
「うん」
浩太は笑顔でそれを受け取る。クラリスも笑みを浮かべていた。




