7-1話 男女の魂の家庭事情
■7章プロローグ
良い夢も悪夢も、寝ている時に見るものだ。
それを操ることのできる怪異がいた。
良い夢を見せるのなら嬉しい怪異だが、悪夢なら迷惑な怪異だろう。
しかし、悪夢を見せることが、事態の思わぬ進展に繋がることもあるのだった。
■プロローグ終
秋も深くなり、寒さを感じるようになって来たある週末。拓海は日菜菊の方の実家、成戸家を訪れた。日菜菊が拓海の家に来るのと同じだ。
拓海と日菜菊は玄関で、日菜菊の母と、日菜菊の姉・芹香に迎えられた。拓海と日菜菊は荷物を運んだ後、リビングに移動した。しばらく談笑していたが、芹香は大学受験を控える身なので、勉強のために自室に戻ることになった。
「さてと、しんどいけど勉強しないとね……」
「「頑張って、姉さん」」
拓海と日菜菊は声を揃えて言った。
「うわぉ、いつ聞いても凄いわね、それ。まあ、申し訳無いけど、夕飯の準備は任せた、日菜菊と男日菜菊!」
芹香はそう言うと自室に戻っていった。
「さて、やろうか、お母さん」
日菜菊がエプロンを着けて日菜菊の母の前に立った。拓海も成戸家のことはよく分かっているので、勝手にエプロンを取り出して準備をしている。
「全部任せてくれても良いんだけどねぇ」
「「いいから、いいから」」
せっかくたまに来たのだからという名目で拓海と日菜菊が夕飯を手伝うことになっているが、日菜菊の母がドジであるということの心配もあった。
日菜菊が幼い頃から、砂糖と塩を間違えたり、出汁の素と麦茶の素を取り違えたりと、何かとやらかすことが多かったので、日菜菊か芹香が家事を手伝うことも多かったのだ。この日は特に失敗することもなかったので、取り越し苦労に終わった。
夕飯の支度が終わる頃、日菜菊の弟、桔平が帰宅した。
「おー、桔平、元気だったかー?」
「拓海兄ちゃん!」
拓海は桔平と拳を合わせ、その頭をクシャクシャと撫でた。桔平はその後、日菜菊に抱きついた。
「日菜菊お姉ちゃん、お帰り!」
「ただいま、桔平~」
日菜菊は桔平を抱きしめ返す。拓海と日菜菊とで桔平の手を掴んで持ち上げてリビングまで連れて行った。
桔平はまだ小さいから拓海と日菜菊の関係を理解するのは難しいかと思われたが、むしろ大人より頭が柔らかかったのか、成戸家の中では誰よりも早く理解した過去があった。
拓海は、日菜菊との関係を両家に説明した時のことを思い出した。
◇
それは、春の出来事だった。拓海と日菜菊の関係を家族にも説明する必要があるので、担任の剣持が主導で説明会が行われた。
しかし、男子高生である拓海の不室家と、女子高生である日菜菊の成戸家が学校に呼び出され、担任が間を取り持つ形で待っていたのだ。拓海と日菜菊の間に何かがあったと思ってしまっても不思議ではない。
拓海の母・知里はハラハラしている様子だと拓海は思った。そして、剣持が挨拶の声を発した瞬間に日菜菊の父が拓海に襲いかかった。
「貴様! 日菜菊に何をした!?」
「「うええ、ちょっと!?」」
驚いて日菜菊と声を合わせて叫んだ拓海だったが、日菜菊の父に掴みかかられ、床に倒れ込んでしまった。
「「お、お父さん、落ち着いて!!」」
揃ったその発言は拓海と日菜菊にとっては自然な言葉選びだったのだが、日菜菊の父を誤解させるには充分だった。
「やっぱり、そうなのか!? 妊娠なのか!? 初めて会う男にお義父さん呼ばわりされる筋合いは無い!!」
日菜菊の父は拓海を殴りそうな剣幕だったので、日菜菊が拓海との間に身体を入れて必死に止めている。
心配で隣の教室に待機していた莉子と浩太が教室に飛び込んで来て、剣持と共に日菜菊の父を取り押さえた。知里は両手を口に当てていたし、芹香と日菜菊の母はどうしていいか分からないという様子でおり、桔平は父が喧嘩を始めたことで泣きそうになっていた。
日菜菊の父が再度暴れ始めないように浩太が横に付き、改めて、剣持から拓海と日菜菊について、両家への説明となった。しかし、『二人は魂を共有している同一人物』などという説明を、普通の人間がいきなり理解できるはずもなかった。
「は……?」
「意味が……分からない……」
芹香と日菜菊の母が硬直した様子で呟いた。
「「いや、言葉の通りなんだよ」」
拓海と日菜菊はそう言うと、適当に同じタイミングで手を動かしたり、脚を動かしたりした。それは別々の人間ができるような同期運動ではなかった。
「えぇぇ、凄っっげぇぇえええ!!」
真っ先に感嘆の声を上げたのは桔平だった。
「え、こういうことでしょ!?」
桔平は持って来ていたランドセルから国語の教科書を開いて、拓海に見せた。拓海は意図を察し、日菜菊がそれを読み上げた。桔平はそれを見て興奮した様子で騒ぎ始めた。
「ぷっ! あはははははは!!」
次に笑い出したのは拓海の母・知里だ。
「いや、ゴメン、私も拓海が孕ませたんじゃないかと心配だったんだけど、何そのオチ!! じゃあ、何、そちらのお嬢さんは私の娘だってことでいいのかしら!?」
知里は緊張の糸が切れたという様子で日菜菊に抱きついた。
「わわ、ちょ、母さん!!」
乱暴に抱きついてくる知里に、日菜菊が言った。
拓海は日菜菊の父母と芹香の前に立つ。
「ま、そういうことなんだ。俺は拓海っていうんだけど、いわば日菜菊のもう一つの身体なんだよ」
そう言ったものの、日菜菊の父母は固まったままだった。
「男日菜菊……ってこと?」
「ああ、そうだよ、姉さん」
口を開いた芹香に拓海が答えた。芹香も事情を理解し始め、拓海と日菜菊に色々なことを質問し始めた。
日菜菊の父母も現実を受け止め始め、特に父は大暴れしてしまったことを詫びた。
「ちょっと成戸さん! どうやら共通の子供がいるってことだし、仲良くしましょうね!」
知里は日菜菊の父母にそんなことを言っていた。
◇
拓海はそんな春先のことを思い出しつつ、夕飯のために食器を並べた。そして、日菜菊の父が帰宅した。
「お父さん、お帰り」
「ああ、拓海か。ただいま」
あえて日菜菊ではなく拓海が出迎えた。剣持の説明会では大暴れだったが、今では事情を理解してくれている。
勉強を中断して芹香も夕飯に加わり、家族で時間を過ごした。拓海にとっては、日菜菊として生きてきたもう一つの人生そのもので、日菜菊が下宿する前には毎日あった、いつも通りの夕飯なのだった。




