5-10話 泣き上戸の来訪者
後夜祭は終了したが、クラリスの父が乱入するという事態に2組はざわついた。ピエットという名前のクラリスの父は、滞在許可が出ていると主張するので追い返すわけにもいかず、ひとまず話を聞くことになった。
拓海、莉子、浩太、クラリス、キマロは、ピエットを連れて天知家に移動した。なお、日菜菊は遠くなってしまうので第2寮に帰り、事情が事情だけに顧問の剣持もついて来ている。
天知家には、浩太の妹の朱里だけでなく、浩太の両親も帰宅していた。ピエットは浩太の父と向き合い、他の者が横サイドにいるという状況で硬い空気が流れている。
口火を切ったのはピエットだった。
「まずはアマチご夫妻。私の愛娘、クラリスがお世話になっていること、感謝申し上げる」
「は、はい」
浩太の父が緊張した様子で返答した。
「本日、陰ながらクラリスのチキュウでの暮らしを見させて頂いた」
「ということは、今日感じた視線はピエットさんだったのか」
浩太が呟く。体育祭の間、殺気にも似た視線を何度も感じたということだった。ピエットは一瞬浩太を睨み、再び視線を浩太の父に向ける。
「クラリスが楽しそうにしていたこと、それは嬉しかった。しかし、あなたのご子息コウタ、彼はどういうつもりでクラリスと接しているのか」
「ど、どういうつもり……とは?」
「随分、女慣れをしていると見える。クラリスとも相当に仲良くしてくれているようだが……?」
ピエットは怒りを抑えているようだと拓海は思った。見れば少し拳が震えている。
「ピエット、娘への過干渉は嫌われる元だぞ?」
「キマロは黙っていろ! そもそもお前が契約から逃げたことが原因でこうなっているのだ! クラリスが傷物になっていたらお前のせいだぞ!!」
「あー、ピエットさん。俺とクラリスの間にそういうことはない。安心しろ」
「信用できるか! 今日だって何度もクラリスとベタベタしていたじゃないか!!」
「見方に悪意がある! いやらしいことは一切してないぞ!」
「お父様、その言い草は私も納得できない! いったい何を見てベタベタしてたとか言うの!」
「ぐ……むぅ……」
強気に出てきたピエットだったが、クラリスに詰められてシュンとなってしまった。
「娘に弱いお父さんなのかな?」
「だな。一瞬で空気が」
莉子と拓海が小声でささやき合う。
そこへ浩太の母が酒瓶とグラスを乗せたお盆を持って現れた。
「娘さんが心配な気持ちは分かりますが、おいでくださったからには飲んでいってくださいね!」
そう言うと浩太の母はグラスに酒を注ぎ、有無を言わせずピエットに手渡した。
ピエットと浩太の父が晩酌を始めると、二人ともあっという間に酔っぱらい、ガヤガヤとした騒ぎになった。
「ピエットさん! あんたの気持ちは分かる! 僕だって朱里が同年代の男の家で暮らし始めたら心配で発狂する!」
「アマチ殿! そうなのだ! 私はただクラリスが心配でしょうがないのだ! 分かってくれて嬉しいぞ!」
そんなことを言いながら二人はグラスの酒を飲み干す。
「す、すっごいですね……。あそこまで酔っ払うお父さんを見たのは久しぶりです」
朱里が呟く。
「僕は、酒を誘われたりしたらまずいな……」
剣持は車で来ているので、狙われないようにピエットと浩太の父から見えない位置に移動した。
段々と感極まってきてしまったのか、ピエットは泣きながら語り始めた。
「クラリスは、本当に頑張ってきたのだよ! 兄や姉よりも魔術の才に恵まれ、魔術学校でも好成績を納めて……!」
「お父様……。もう、ちょっと止めてよ!」
「いいや、言わせてくれ! 才能に溺れることなく、ずっと努力して来たことも知っている! だから、報われてほしいのだよ! 竜神族との契約だって、私は特に何も口を出す気はなかった! ただ、クラリスが望むままにその力を使い、人生を切り開いてくれたらそれで良かったのだ!!」
「ああ、良い娘さんに恵まれたのですな!」
浩太の父は再びピエットのグラスに酒を注ぐ。
「アマチ殿、この度は急に押しかけて申し訳なかった! シャロンからクラリスの様子を聞いて、どうしても顔を見たくなってしまったのだ! 元気な顔を見たら帰るつもりだったのだが、ご子息と仲睦まじい様子を見たら気になって気になって!」
「仲睦まじいだって? そうだった?」
「外からだとそう見えたってことかな。そんなつもりはないんだけどな」
「だよね」
ピエットの主張にクラリスと浩太が突っ込みを入れたが、ピエットには聞こえていなかった。
事態が落ち着いたので、拓海と莉子と剣持は帰ることにした。
「先生、拓海、莉子ちゃん、面倒に巻き込んで申し訳ない」
「ありがとう、剣持先生、拓海先輩、莉子先輩」
「遅くまでごめんなさいね。剣持先生もわざわざありがとうございました」
浩太と朱里と浩太の母に見送られ、剣持と拓海と莉子は天知家を後にした。夜も深くなっており、剣持が車で拓海たちを送ってくれることになった。
「不室に千ヶ崎、ご苦労だったね」
「いいえ、俺たち何もしてないですし」
「良いお父さんみたいで良かったですね」
「本当に。最初は天知に何をしでかすか分からない雰囲気だったからな」
車の中でこの日の顛末を話し合う。
「剣持先生、後夜祭が終わった後に柚希と一緒にいなくて良かったんですか?」
莉子が茶化すような表情で聞いた。
「怪異研究会絡みの事件は仕事の範疇だからね。そこは柚希も承知してくれたよ」
「じゃあ早く合流しないと! きっと待ってますよ」
「おいおい……」
拓海も莉子に乗っかってニヤニヤしながら剣持に告げた。
やがて剣持の車は不室家と千ヶ崎家に辿り着き、拓海と莉子は降車した。
「先生、ありがとうございました」
「先生、おやすみなさい。早く柚希と合流してください!」
拓海と莉子は剣持に挨拶をしつつ、再び茶化した。
「お疲れ様。二人もほどほどにな!」
剣持は最後に一言を残して去っていった。
剣持の車が見えなくなると、拓海と莉子は向き合った。
「剣持先生……」
「最後に余計なことを……」
学校行事が終わった特別な日であることは拓海と莉子にとっても同じ。剣持の最後のセリフはそういうことだと拓海は思った。
「寄ってく……?」
「……うん、そうする」
莉子は拓海の腕を組んで引っ付いて来た。その温もりを感じながら、拓海は莉子と共に家の中に入っていった。




