3-12話 目には目を
日菜菊がスカリフルと対峙している頃、宿の中では莉子が大学生カップルの遊真に魔具を使用していた。
「天狗の札、呪え」
縛られながらも暴れる遊真の背中に札の魔具を当て、莉子は言った。
「それでユウくんを元に戻せるの!?」
カップルの女の方が言った。
「まずは元に戻しません。別の呪いをかける」
「べ、別の呪いって……!?」
大学生の男が不安そうに言った。
莉子は呪視の環で遊真の様子を見ながら天狗の札の呪いの進行状況を見る。既に呪われている者に別の呪いをかけるのだから、通常より大変だ。
だが、より強力な呪いで上書きすれば、グール化自体は解除できるはずだった。魔具を通して、莉子の目に、呪いが呪いを喰おうとしているのが見える。
天狗の札は、最近のルビーのお気に入りらしい。呪いで呪いを上書きするやり方もルビーが教えてくれたことだ。
(けど、こんなに何度も使わせてもらってるんだから、作った天狗に挨拶しないといけないな……)
莉子はそんなことを思った。
その時、1階から大きな音が響き渡った。
「まずい、破られたぞ!」
旅館の亭主が廊下に出る。おかみさんと家族連れの父と大学生の男も続く。階段にも物を置いて、付け焼き刃のバリケードを作っているが、乗り越えられるのは時間の問題だ。
グールたちのうめき声が1階から聞こえてくる。さながら、ゾンビ映画の光景だ。家族連れの母と姉弟は大部屋の端で震えている。
2階の廊下から亭主たちの声が聞こえてきた。
「登ってきたぞ!」
「絶対通すな!」
「噛まれないように気をつけて!」
グールたちが階段を上がって来て、バリケードを突破しようとしているところだった。
「やるしかないな」
莉子は呪視の環で遊真を見ながら言った。呪いは上書きしきれていないが、遊真の身体の大半を掌握した。今なら遊真は新しい呪いに基づいて行動するだろう。事実、もう遊真はうめき声を上げておらず、グール化のために青くなっていた顔も変わっている。
「彼女さん! 縄、ほどきますよ!」
「え、大丈夫なの!?」
「もう、これしかない!」
莉子と遊真の彼女は、遊真を縛り付けていた縄をナイフで切った。すると、遊真は静かに立ち上がった。
莉子たちに噛みつこうとする様子は見られなかった。新しい呪いは遊真の身体中を紫のオーラでまとわせており、遊真は目も光っていて不気味さを感じさせる姿になっている。
「ユ、ユウくん……?」
「大丈夫、上手くいってます。私たちには何もしない」
莉子はただ立ち尽くすだけの遊真の手を引き、廊下に連れ出した。
廊下では、タンスと椅子などで作った簡易的なバリケードから、1体のグールが腕を入れているところだった。亭主たちは必死にその腕を攻撃している。
(むしろチャンスよ!)
莉子はそのグールの腕を遊真に見せると、遊真は自律行動をし始め、自分の指を手刀のように固めて、グールの腕に突き立てた。遊真の指から紫の光がグールに伝わっていく。それはグールの腕から身体全体に広がっていった。
その間、遊真に指を突き立てられたグールは痙攣を起こしていた。
「こ、これは!? 何をしたんだ!?」
大学生の男が言った。
「呪いの伝搬です。対象はグール。奴らがやっていることと同じですよ」
莉子はその光景を見ながら言った。
天狗の札を使って遊真に新しい呪いをかけた。グールを狙って同じ呪いをかけるように。
遊真は指をグールから外した。グールは紫色のオーラをまとい始め、腕をバリケードから抜いた。すると、両手を使って、隣にいたグール2体に指を突き立てた。その2体にも紫色の光が伝搬していく。
「おお、凄い!」
「こ、これならあの化け物たちを何とかできる!」
(どうだろう……。数の差が気になるな)
莉子はそう思い、遊真の目を両手で塞いだ。
呪いを呪い返そうとするのはグールも同じなのだ。事実、遊真を経由して新しい呪いを植え付けた女に、別のグールが噛み付いて再びグールにしようとしている。呪視の環で覗いたら、呪いと呪いの対決が見えるだろう。
まだ、遊真と新しくこちら側に引き込んだ女の二人しかいない。遊真を攻撃に参加させて良いかどうか、莉子は迷っていた。
「大丈夫よ、ユウくん、きっと何とかしてくれる」
遊真の彼女が莉子の手を取った。莉子の悩みが伝わったようで、彼女はそれを肯定で返したのだ。
(確かに……安全策なんてとうにないよね、この状況では)
遊真の彼女に同意し、莉子は遊真の目から両手を放した。遊真を攻撃に参加させるために。
遊真はバリケードのすぐそこで繰り広げられている攻防に参加し、新しく呪いをかけた女が指を突き立てているグール2体にダメ押しで指を突き立てた。あっという間にその2体をこちら側に引き込むことに成功した。
そこからは乱戦だった。新しい呪いをかけた者がグールを攻撃し、逆にグールも攻撃してくる。
莉子たちは2階からその戦いを見守った。