2-2話 新しい日常2
「「「お疲れー!!」」」
大いに盛り上がった男女混合サッカーを終え、拓海のクラスは球技大会の打ち上げを始めた。場所は学食だ。なお、他のクラスも色々な場所で打ち上げをしているようだった。
「だ、か、ら、何をしてるの、ヒナタ・コンビ!」
女子生徒から声が飛ぶ。ヒナタ・コンビというのは日菜菊と拓海を一言で表現するために付けられたあだ名だ。
サッカーで汗をかいた日菜菊がちょっとした化粧直しをしているのだが、鏡の類ではなく、拓海の目を使っているのだ。それは男女が見つめ合っているようにしか見えないのだった。
「いやー、鏡見るより良いんだよ、これ。左右が逆じゃないしさ」
日菜菊が答えた。
「へぇー、鏡と違う?」
「うん、やっぱり何か違う」
「いいなー。私もカメラとか使ってできたりしないかな」
莉子だけでなく、順応し始めた女子たちもいて、彼女らは興味津々でそれを聞いていた。
鏡代わりを終えて座り直した拓海に男子たちが話しかけてきた。
「実際、どうなの? 女子とあんなに接近しても本当に何にも感じないのか?」
「さっきも言ったけど、自分の片割れだからな。自分の手を見るのと同じだよ」
「成戸さん、美人なのに……」
「信じない、信じないぞ! お前、どこまでやったんだ!」
「羨ましい!」
色々言われ、拓海と日菜菊は同時にため息をついた。
「お前らね……羨ましいとか言うけど、日菜菊こと俺の半身と何かをするということは、俺と何かをするということだ。お前ら、それ想像できる?」
拓海がそう言うと、男子たちは動きを止めてそれを想像する仕草を見せた。そして、すぐに机に突っ伏して『無理だー』と口々に言った。
(まあ、そうなるよな……)
中学の時に日菜菊の方に告白してきた男たちも、事情を知ったところで同じだっただろうと拓海は思った。しかし、それは相手が女でも同じことのはずだった。だから、莉子が受け入れてくれたというのは、本当に拓海の心の支えになっているのだ。
拓海は幼馴染の横顔を見た。
(やっぱ可愛いよな……。日菜菊の方を美人と言われるのは……まあ嬉しいけど、それでも莉子が世界一可愛い! ヒナタ・コンビの総意!)
その莉子は浩太たちと話している。浩太は日菜菊と共にサッカーで大活躍したので、話題の中心だった。
「天知くん、彼女いないの?」
「えー、勿体ない」
「でもコウちゃん、すぐできそうだよね」
莉子は浩太の中学時代を簡単に説明した。
「中学生で学校外に彼女って、なかなか凄くない?」
「そんなに難しくはないよ。てか、結局みんな別れたし、それが近い関係の人だったりすると後々気まずいから、俺はこのスタイルが好き」
浩太が持論を展開している。男子も女子も熱心に聞いていた。
少しずつ学食に人が増えてきた。ここで夕食を取る寮生も少なくないからだ。それは、打ち上げを終了する合図にもなった。
「ヒナは学食で夕飯?」
片付けをしながら莉子が拓海に聞いた。
「うん。もう買い物する時間もないしね」
「普段は自炊してるの?」
「やってるよ。いつもじゃないけどね」
「へぇぇ、凄い! 今度、寮にも遊びに行かせてよ。一緒に作ろ」
「いつでもおいで。俺が言うのは不思議かもしれないけど」
「もう慣れたよ」
拓海と莉子が笑い合っている。あまり意味のないことだが、日菜菊がその場にやって来て続けた。
「本当は独り暮らしにしたかったんだけど親が許してくれなくてね。そしたら片割れを連れ込んで荷物の整理とか掃除とか高速でできたのに」
「言い方!」
日菜菊は第2寮に住んでいる。昔ながらの共同生活スタイルの第1寮と違って、第2寮はマンションの一室に住んでいるのと同じだ。拓海と知覚を共有しているだけに第1寮に入るわけにはいかず、意地でも第2寮の枠を勝ち取ったのだった。とはいえ、女子寮であることに変わりはなく、拓海はエントランスより先に入ることはできない。
学食で夕食を取る寮生のクラスメイトが残り、他のクラスメイトは帰路についた。途中までは浩太も含め、他の生徒もいたが、最寄りの駅に着く頃には拓海と莉子だけになった。二人は、手を繋いで駅から家までを歩いた。
◇
拓海は莉子と共に自室に来た。用意した麦茶は、少しずつ上がってきている気温に相性抜群だった。この日はゲームをせず、球技大会を通して莉子がメモもしていた拓海と日菜菊の特性を語り合っている。
「サッカーどうだった? 走り回って疲れたでしょ」
「ホントに! バスケとは違ったね。2階からグラウンドを見ても、細部が分からなかっただろうしな」
拓海の目はサッカーでも有効に機能していたのだ。日菜菊からのスルーパスは何度も成功したし、相手のパスも何回かカットできた。
「クラスのみんなも楽しんでたよね」
「そうだった? まあ、盛り上がったんなら良かったよ」
進学目的というだけでなく、イベント好きが集まるということでも有名な高校だから、貢献できたのなら良かったと拓海は思った。
「そういえば、今ヒナは?」
「風呂入ってる……よ」
何も考えずに今起きている通りのことを言い始めた拓海だったが、莉子と自分の部屋で二人きりという状況で、自分の片割れが裸になっているという意味の言葉を発してしまったことに気づき、語尾の発音がおかしくなった。
「そ……そうなんだ」
拓海の挙動がおかしくなったことで莉子も意識してしまったのか、発音が普通ではなくなっている。
無言。
(あ……やばい、心臓の鼓動が……)
沈黙が訪れたことで、拓海は意識してしまう自分を抑えられなくなってきていた。
「た、拓海。ヒナの中学の修学旅行の時とか、その、お風呂はどうしてたの……?」
莉子が無理やり話題をそらした。拓海は心の奥底に残念がる気持ちを抱えつつも、莉子の質問に乗って返答した。
「あ、ああ! 仮病使って風呂の時間は保健の先生の部屋で寝てたよ。女湯に入るわけにはいかないでしょ、こういう奴なんだから。最後は保健の先生の部屋の個室風呂を貸してもらった」
「な、なるほどね……」
莉子が相づちを打ったが……
再度の沈黙。
(……)
拓海は、停止した思考を無理やり動かすように、左手で麦茶の入ったコップに手を伸ばした。同時に、莉子も右手で同じことをした。拓海の左腕と莉子の右腕が接触する。
「……っ!?」
「あっ……!?」
二人は触れ合っている腕を引っ込めることはしなかった。拓海の心臓の鼓動の高鳴りは止まらない。スローモーションのように、拓海は顔を莉子の方に向けた。莉子も同じように顔を拓海の方に向ける。
見つめ合う目と目。
拓海はゆっくりと両腕を莉子の方に伸ばす。莉子も同じようにしようとしたその時…………玄関の解錠音がした。
「ただいま~」
拓海の母の帰宅だった。
一瞬の間の後、拓海と莉子はお互いの肩を掴み合い、崩れ落ちた。
「う、嘘だろぉ」
「あ、あはは……」
拓海の部屋のノック音が聞こえた。
「おかえり母さん。開けていいよ」
「あら、莉子ちゃん、来てたのね」
「お邪魔してます」
拓海も莉子もすっかり状況を取り繕っている。挨拶を済ませると、拓海の母は居間の方へ去っていった。
「……何か、ごめんな」
「いいよ。というかさ」
「わっ!」
莉子は拓海の頭を掴み、膝枕の体制に持っていった。幼馴染同士の目が合う。
「ゆっくりで……いいんじゃない」
「……ああ、そうだな」
そう言い合うと、二人は目を閉じ、しばらくそのままでいた。
なお、拓海の緊張を共有している日菜菊もまた、自室の風呂場で硬直してずっと動けずにいたのだった。