2-1話 新しい日常1
■2章プロローグ
異世界のゲートの前に剣持とルビーがいる。
「向こうは、どうなっているんだい?」
「100%の力で開けたゲートよ? 恐らく異世界に繋がってしまっている」
「調査する必要は?」
「したい者に任せておけばいい。人間であれ、怪異であれ。だけど、向こうから何かが来るかもしれないから、監視は必要ね」
そう言うと、ルビーは踵を返した。剣持も後に続く。
「それと、異世界の鍵は回収されたわ。もう人間の世界には出てこないでしょう」
「不室と成戸がいるからか?」
「そう。ゲートを完全に開けることのできる者が現れた以上、現世にあったら世界のバランスが崩れてしまうから」
「本当に成功しないことを前提とした魔具だったんだね……」
「気持ちが高ぶり過ぎて駆け落ちや心中をしようとする男女をたしなめる効果はある物だったでしょう? 本来はその程度の用途のもの」
屋上の扉の前まで来ると、二人は振り返ってゲートを見た。
「このゲートが災いの種にならなければ良いんだが……」
「あら、私は別にそれでも構わないのよ」
「怖い人だ……」
ゲートはそんな二人の言葉に答えることもなく、ただ怪しい光を放っていた。
■プロローグ終
15年間行方不明だった少女、宗方柚希が拓海のクラスに復帰した。行方不明だったというだけならともかく、柚希が年齢を重ねていないという事実は誤魔化しようがなく、剣持はクラスに怪異の存在を公表した。そのため、剣持は、拓海たちにしたように裏の屋上で狼への変身をクラスに見せた。
「剣持先生、狼男であることに苦悩することも多かったんだって」
剣持が狼に変身したことに驚愕するクラスメイトたちを落ち着かせるように、莉子が語りかけた。
「柚希は、そんな剣持先生の正体を知っても優しかったんだよ。だから二人は今でもこうして繋がっている。素敵な話じゃない?」
莉子に続くように日菜菊も語りかけた。剣持や柚希自身では言いづらいことを代弁するように。
「どうか宗吾……剣持先生に怯えないで。今まで通り接して上げてください、お願いします」
クラスメイトになった柚希が頭を下げて言った。それをきっかけに少しずつクラスの緊張が解けていった。剣持が悪い怪異ではないことは、みんなすぐに理解できたようだ。
「先生、15年も会えなかった人をずっと好きだったんですね」
「やだ、よく考えるとヤバい! いい話!」
「でも、教師と女子高生だろ? なんか背徳感が……」
「うっさいぞ、男子」
段々と剣持と柚希を茶化す流れになっていった。
「順応力のあるクラスで良かったなぁ」
「まあ、柚希さんのおかげじゃない?」
拓海と浩太が話している。浩太は事前に全て聞かされていたので、特に驚く様子もない。
「拓海、そろそろじゃないか?」
「……ああ」
浩太が拓海を促す。関係者で相談して決めたことだ。拓海も、自分と日菜菊の関係をクラスに公表することにしたのだ。
「みんな、ついでに聞いてほしいことがある」
拓海がクラスメイトに話しかけた。状況を察した莉子が日菜菊の手を握った。
「頑張れ」
莉子は日菜菊に耳打ちをし、拓海と日菜菊をクラスの真ん中に送り出した。
◇
別の日の午後。
その日は球技大会の続きの日だ。柚希が戻ってきたことで騒ぎになって休校になった日に開催できなかったのだが、生徒会が教師にかけあって改めての開催になったのだ。ただし、時間短縮のため、男女混合サッカーとなった。各クラス、出場者がウォーミングアップをしている。
「ちょっと、日菜菊、何やってるの!?」
クラスの女子が悲鳴のような声を上げる。体操着姿の日菜菊が拓海の肩に両足立ちで乗っかっており、その状態で拓海が歩いているのだ。
「連動の練習だよ。ウォーミングアップのついでに」
人一人を乗せてあまり余裕のない拓海ではなく、上にいる日菜菊が答える。知覚を共有しているから拓海にとって難しいことではなかったが、落ちたら危険なので油断はできない。
「いや、いくら何でも危ないって!」
「そうだよ、止めなよ!」
「……そうかなぁ。よいしょっと」
女子たちが必死に言うので、日菜菊はしゃがんで肩車の体制になった。今度はその状態で拓海と連動して色々な動きをしている。
「うーん、危険は減ったと思うけど、慣れないなぁ……」
「ちょっとねぇ……」
拓海も日菜菊も、お互いの身体の色んなところをお構いなしに掴んでいる。魂を共有する同一人物であるという特性を知っていても、見ている女子たちはどうしても慣れないのか、怪訝な表情を浮かべていた。
「おい、不室!」
「てめえ、そうやって成戸さんとベタベタしたいがために、あんなこと言ったんじゃないだろうな!」
「太ももに触るんじゃないよ、ちょっと!」
男子たちもこうやって拓海たちに色々なことを言っている。
「何言ってんだ、自分の半身に触ったって何も感じねーよ!」
拓海はそう言うと、右手と日菜菊の左手を繋いだ。
「なんつーか、俺にとってはこうするのと……」
次に拓海自身の右手左手を繋いだ。
「……こうするのは感覚が一緒」
「いや、でもなぁ……」
「理解はできるが納得できん!」
男子が口々に言った。一方で、莉子は『ふむふむ』などと言いながら、怪異研究会のノートにメモを取っている。拓海と日菜菊の怪異としての特性の研究の一環だ。
「莉子ちゃんは誰よりも順応力あるねぇ」
浩太が莉子に言った。浩太もサッカーに出るので体操着姿だった。
「未知のものに対する興味は、人類の叡智を進化させる強力な武器だよ、コウちゃん」
「凄いこと言うね……。莉子ちゃん、理系向きかもね」
「そう?」
莉子は笑顔で浩太に答えた。
拓海と日菜菊は充分に連動の練習をしたので、次にペアストレッチを始めた。
「不室くん、不室くん。いや、日菜菊か。他のクラスは事情を知らないんだから……」
クラスメイトの女子にそう言われ、拓海が辺りを見渡すと、にわかに自分たちが他のクラスの注目を集めていることに気づいた。
「ま、しょうがないか」
ある程度でペアストレッチを切り上げ、拓海は莉子と共に応援組のところに合流した。
試合開始の前、サッカーに参加するしないを問わず、クラスメイトが集まった。
「うちのクラスにはサッカー部がいない。もうしょうがないんで、勝ち負けは置いといて楽しもう」
本格的ではないとはいえサッカー経験があるためにリーダーに担ぎ上げられた浩太が語りかけ、クラスメイトから『おー!』という声が飛んだ。
ポジションに着く前に、日菜菊が拓海っぽい口調で浩太に語りかけた。
「とはいえ、やるだけやるだろ、浩太?」
「ああ、もちろんな」
浩太が日菜菊にそう返答すると、日菜菊は応援組の方を指差した。
「バッチリ見てるから、スペース空いたらパス出すよ」
「おう、期待してるぜ!」
男子バスケの時と同じで、拓海の目も導入して日菜菊がパスを出すということだ。
試合は白熱した。サッカーはバスケよりエリアが広く、よく見るために拓海も走り回ることになり、楽しくなってきた応援組のクラスメイトは『不室、走れ!!』『不室くん、頑張れ!!』などと声を上げていた。
メンバーではない拓海がグラウンド外を走り回っている様子に、他のクラスの生徒は意味不明という視線を向けていたが、拓海のクラスは大いに盛り上がった。
相手にサッカー部員がいるにも関わらず勝利をもぎ取り、この試合は大盛況で終わった。