9-15話 世界が二人を分かつ時
浩太は、拓海と莉子と日菜菊がゲートに入っていくのを見送った。シャロンとピエットとガストンも浩太に挨拶をし、ゲート監視所に入っていく。キマロもシャロンの肩に乗って行ってしまった。
(どいつもこいつも世話焼きだな……)
皆が何に気を使っているかなど見え見えだったが、浩太もそうしたかったので、乗っかることにした。
広場には浩太とクラリスが残される。
「地球はどうだったよ、クラリス?」
「楽しかったよ。本当に楽しかった。コウタも色々とありがとうね」
「へへっ、お前もだいぶ素直になったな。初めて会った頃は、俺が何を言っても突っかかってきたくせに」
「うっさいバーカ。いきなり異世界に行けって言われて余裕がなかったのよ!」
「うん、知ってる」
クラリスがいちいち突っかかってくるのに浩太もイラッとして、つい突っかかり返してしまったことを浩太は思い出す。
「色々あったな」
「うん、色々あった。怪異とか、お祭りとか」
「ゾダールハイムでもずいぶん飛び回ったよな」
「伝説の勇者ゼノシュたちにも会っちゃったしね。きっと、魔術学校の友達に言っても信じてもらえないよ」
「勇者ゼノシュね。凄い人だったな……」
呪縛霊になってまで、ゾダールハイムのために大魔術を残した勇者のことを考え、浩太はそう思った。
(まあ、余計なことも言ってくれたけどな……)
男女の魂を合わせて行う大魔術。拓海と日菜菊がいなければ、男女の愛が問われることになっていた何とも言えない試練のような代物。勇者ゼノシュが魔術紋様を託す上で、男女に何を感じていたのか誰も確認しなかったが、浩太とクラリスの間に可能性を感じるようなことを言っていた。それはだいぶ余計な情報だったと浩太は思っている。
浩太は目の前の少女を見た。美人かどうかだけでいえば圧倒的だ。浩太はそれだけを異性の判断基準にすることはなかったが、一緒に過ごすうちにクラリスの努力家なところや誠実なところもよく理解できてしまった。
こんな別れが訪れる運命でなければ、勇者ゼノシュが余計なことを言わなかったとしても、きっと口説いていたのではないかと浩太は思った。
しかし、きっと何も求めてはいけない。何を望んだとしても、それはこの先、決して叶わない願いなのだから。
「元気でやれよ。男を作るにしてもちゃんとした奴にしろ。デボールみたいのが来たらぶん殴って追い返せばいいけど、本当に注意しないといけないのは浮気するタイプのダメ男だ」
「何よ、親みたいに!」
「心配してんだよ!」
「そう……。ありがとうね……」
クラリスはそう言うと、俯いて無言になった。拳を握りしめるような仕草をする。そして、顔を上げると、目から涙が溢れていた。
(よせ……。そんな顔するな……)
浩太は心の中で訴える。堪えようとしていたことが崩れてしまいそうだった。
「あーあ……我慢しようと……してたんだけどなぁ……」
クラリスは涙声で呟く。クラリスは両手を使って目をこすり、必死に涙を止めようとしているようだった。
(ああ……もう、いいか……)
力強く見送りたかった。今ここで本心を伝えることはしない。そう決心したはずだった。しかし、浩太はどうやら自分がそこまで強くなかったことに気づいた。
「本当にお前は……。いつもいちいち突っかかって来るし、晴れやかにお別れしようとしたのにそうなっちまうし、面倒くさい女だよ」
「うっさい。今のこれは、私も不本意よ……」
「だけど、お前ほど美人という言葉が似合う女はいないよ」
「…………」
クラリスは無言で浩太を見る。涙の溢れるその顔が、この世のものとは思えないほど美しいと、浩太は思った。
「ったく、後腐れなく一発関係を持って終わりにしてれば良かったかな」
「ふん、あんたはそういう男じゃないでしょ。そういうところは、真面目だもの」
「……分かってるじゃん」
「分かってるよ……」
浩太はクラリスと目を合わせたまま離さない。
「はぁ……。何度も何度もイライラさせられた。本当に面倒くさい女。だからこそ悔しいけど……俺は、お前が好きだよ」
最後まで意地の抜けきらない間抜けな告白。浩太にとっても、これまでの中でも最低の部類だ。それでも、今この時ほど心が揺れ動くことはなかった。
「……女慣れした軟派もの。一番嫌いなタイプの男。私も、本当に本当に悔しい、不本意。……だけど、あんたが好き」
クラリスの返答もまるで意地の張り合い。しかし、こういうことが心地よく、いつの間にか浩太の心は動かされてしまっていたのだった。
浩太とクラリスはどちらともなく歩み寄り、抱き合った。クラリスの流れっぱなしの涙は止まっていなかったし、油断すると浩太も泣いてしまいそうだった。
「何も言わないつもりだったんだけどな……」
「同じこと考えてた……」
「……そういうとこだよ、バカ女」
「……うっさい、クソ男」
しばらくそうした後、浩太とクラリスはどちらともなく身体を離した。
これ以上は何もしない、これ以上の足かせは残さない。少なくとも浩太はその一心だった。
クラリスは静かに口を開いた。
「1年以上は……待たないよ」
クラリスの言葉に、浩太は目を見開く。想いを引きずったとしても、そうしておけば1年で終わらせることができる。クラリスのその言葉はきっと精一杯の妥協と優しさだったのだ。
「1年も……待ってくれるのかよ?」
「うん……待ってあげる」
そう言うとクラリスはぷっと吹き出し、釣られるように浩太も笑い始めた。
(探すか、この世界にもう一度来る方法を。少なくとも1年は!)
浩太はそう決心した。最後にクラリスと握手を交わす。
「さあ、行って。タクミたちが心配するよ? コウタがゾダールハイムに残るつもりなんじゃないかって」
「そうだな。あいつらを残して、どこにも行ったりできないもんな」
「うん」
浩太は、静かにクラリスの手を放す。
「……待たな、クラリス」
「待たね……コウタ」
浩太は振り返り、ゲートに向かった。背中の向こうに恋した少女の気配を感じながら。
File 9 異世界・決戦 完
次話よりエピローグ(全3話)




