95限目 愛情の押し付け
教室に戻ると、彩花が不機嫌そうな顔をして席に座っていた。それとは正反対な表情をしているのが夢乃と藤子だ。
レイラはどう声をかけていいか迷ったが、最終的にめんどくさかったため何も言わずに席についた。
「お帰りなさいませ」
一番に声をかけてきたのは夢乃だ。藤子もそれに続いて同じように「お帰りなさいませ」と言った。二人は機嫌がよく、穏やかに笑っていた。
「何か良いことでもありましたの?」
「え? いいえ」
夢乃は不思議そうに首をかしげた。そして、藤子の方を見た。
「2人でお弁当を食べただけですわ。ねぇ、藤子さん」
「ええ」
「2人? 彩花さんは一緒ではないですの?」
その瞬間、二人の顔は一気に曇った。
夢乃はチラリと彩花の方を見た。彼女は誰とも視線を合わせずに仏頂面で教科書をパラパラとめくっていた。
誰も近づけさせない雰囲気があった。
「最近は彩花さんが一緒ですので誘うつもりでした」
夢乃の言葉が止まったため、続きを藤子が話し始めた。
「彼女も一緒に食べるつもりだったのだと思います。けど、声をかけようとした時にはいなくなっていて今しがたあの様子で現れたのです。もう、どうしていいか」
眉を下げて困り果てている。二人に同情しつつ、彩花の方を見た。
(アレは話かけずらいよな。夢乃も藤子も俺がいなかったら彩花を相手にしないと思ったが、案外優しいんだな)
担当教師が入室して午後の授業が始まった。
結局、彩花に声をかけることが出来ずに授業を受けることとなった。
彩花は、教科書を開き前を見ているので一見真面目に授業を受けているように見えるが負のオーラは改善されずレイラは気になり授業に身が入らなかった。
午後の授業が全て終わり、生徒がパラパラと教室内から出て行った。夢乃と藤子は彩花を気にしていたが、レイラが帰るように伝えたため後ろ髪をひかれつつ教室をでた。
レイラが彩花に近づこうとすると、彼女の近くには人影があった。
「あやちゃん、帰ろう」
優しげな声で彼女に声を掛けているのは阿倍野相馬だ。
彩花は彼に興味がないようでチラリと見ただけで返事をしない。
レイラが声をかけようか悩んでいると彩花はレイラに気づき、満面の笑みを浮かべた。
「レイラ様」
立ち上がり嬉しそうに、レイラにかけよる彩花を相馬は先程とは全く違う怖い顔で見た。
「阿倍野君?」
レイラが相馬に声をかけると、彼は引き攣った笑顔を浮かべ挨拶をした。それにレイラも丁寧に返すと、彼はすぐに彩花に視線を移した。
「あやちゃん、大道寺様の迷惑になるよ。帰ろう」
優しく彩花に声を掛けながら、彼女の手に触れようとすると彩花はスッと手を引いた。相馬は行き場を失った手を握り締めた。
「どうしたの? 迷惑になるから帰ろうよ」
「レイラ様、迷惑ですか?」
レイラより身長の低い彩花は、頭をあげ目をキラキラさせながらレイラに訴えた。それは、まるで捨てられた子犬のようでレイラの胸を締め付けた。
「そんな事はないですわ」
その言葉を聞くと、彩花は心底嬉しそうな顔して相馬の方を向いた。相馬は笑顔を引きつらせている。
「だって。だから、私は今日からレイラ様と帰ります」
(え、なんで?)
驚き、思わず大きな声が口から出そうになったがグッと飲み込んだ。
相馬は悲しそうな顔して「そうか」と言うとレイラに挨拶をして教室から出て行った。彩花は肩を落としトボトボと歩く相馬をニヤニヤと笑いながら見ていた。
「あの、私、この後予定がありますのよ」
遠慮がちに伝えると、彩花は天井を見て少し考えた。
「何の予定ですか」
「亜理紗に勉強を教えに行くのですわ」
「図書室ですか?」
「ええ」
「なら、一緒に行きます」
「え、まぁ、構いませんわ。けど、阿倍野君とは何かあったのですか?」
遠慮がちに尋ねると、彩花は眉間にシワを寄せため息をついた。
「相馬は幼い頃から近くにいるのです。小学校が同じで私が桜華に行くと知るとついてきたんですよ」
「好きなのではないですか?」
「相馬が? 私を? ありえないですよ」
彩花はおばさんのように右手を振ってキッパリと否定した。
「幼いころはそれなりでしたが、小学校に行った途端、私を馬鹿にするような発言を繰り返してきました」
(あ〜、好きな子の気をひきたい馬鹿な男だったのか)
「以前、話しましたが当時……、今もですけど家で疎まれていたので学校でもされるとキツかったですね。からかうのはあの人だけではなく他にもいて……。高学年になった頃、あの人を好きな女子がいたのですよ。あの人は私をからかっているだけなのに嫉妬して私に嫌がらせを始めたんですね」
淡々と語っていたが、どこか遠い目をしていた。
「だから、あの人たちから逃げたくて地元公立小からあまり進学しない桜華にきたんですよ。桜華は学費の心配もないですからね」
(まぁ、彩花は特待だからな)
「っと思ったのに相馬いるし」
はっきりと舌打ちが聞こえたがレイラが聞こえないふりをした。彼女の形相がどんどの鬼にようになっていった。レイラは冷や汗をたらしながら、頷いた。
「桜華にきたのは中村幸宏への復讐のためです。だから相馬ごときのことで辞めたくなかったんですよ。できるなら、中村幸宏のいた桜花会をぶち壊してそれが中村の仕業だと言うことにしたかったのですが……」
そこで大きくため息をついた。
「中村幸宏自身で無茶苦茶にしていたんですね。これでは“またか”と思われて中村の評価は落ちない事を知ったんです。その時、レイラ様が婚約者だって事を知ったんですよ。そこでレイラ様を知れば何かつかめると思ったです」
(なるほど、だから付き纏っていたのか)
「でも……。知れば知るほどいい人でした」
「何もしてませんわよ」
レイラが否定すると「いい人です」と強く返されたのでレイラは頷いた。
「もっと近づけば何かボロが出ると思ったですよ。そんな事をしているうちに勝手に中村幸宏は自滅してしまいました……」
(正確にはワナにはめられただけどな)
そこから、彩花は黙ってしまった。彼女の話を聞きたいと思うがこの後、亜理紗との約束があるレイラは早く切り上げなくてはと思っていた。
「それで、“幸せ”になるのに邪魔をする人物でもいるのですか? “友だち”ですので力になりますわよ」
「あ、そうですね。“友だち”ですよね。その、中村幸宏の事はもういいのですが」
彩花はにこりと笑ったが、すぐに表情を曇らせて「相馬が……」とつぶやいた。そして、不愉快そうに舌打ちをした。
「阿倍野相馬さんは確か特待Sですわよね。だだ、生徒会になる学力はなく学級委員をやってますよね。成績も一定ですし特に目立った実績も行いもありませんわよね」
「よく、ご存知ですね」
「桜花会と特待、そして生徒会の情報は全て頭に入っていますわ」
彩花はにこりと笑うレイラに「すごいですね」と言った。
「それで、彼がどうしたいのです?」
「以前、レイラ様と一緒にいることを責められたのを覚えていますか?」
レイラは相馬と彩花が揉めているのを夢乃と藤子が覗いていたことを思い出した。あの時も彼はレイラに挨拶をするとすぐにいなくなってしまった。
「ええ」
「ああして、私に絡むのです。小学校の時のように馬鹿する発言はないのですが先ほどのように一緒に帰ろうと誘われます。レイラ様がいないと昼間も一緒にと今日は強制的に連れていかれました」
彩花はため息をついた。
「はっきり言って、気持ち悪いです」
(彩花の事を好きなんだろうな。でも、好きだから何しても良いわけじゃねぇよな)
レイラが対応に悩んでいる時、鞄の中にある携帯電話が震えている音がした。レイラは彩花に断りを入れると電話を見た。
(兄貴……?)
「申し訳ございません。兄から電話ですの。緊急事態かもしれませんからここで出させて頂きますわね」
「はい」
レイラが申し訳なさそうに伝えると、彩花は手を出して“どうぞ”と電話に出るように伝えた。
「お兄様? なんですの?」
『困っているようですから、助け船をだそうと思ったのですよ』
「助け船……?」
レイラがリョウの言っている意味が分からなく、オウムのようにだだ言葉を繰り返した。
『ですから、亜理紗様と中村さんの両方対応しなくてはいけなくなったのでしょ。亜理紗様は私が引き受けますよ』
(どうして、それを……。 あっ)
レイラは以前リョウに貰ったネックレスの事を思い出し、首に掛かってるそれを握りしめた。
(そうだ。クソ兄貴に監視されているんだっけ。忘れてた。まぁ、今回は都合がいいか)
「そうですか。ではお願いします」
レイラはそう言うと、リョウの返事を待たずに切った。それからすぐに、亜理紗に自分の変わりにリョウが行く事をメールした。返事はすぐに帰ってきて快く承諾してくれた。
一通り終わるとレイラは彩花の方を見た。
「亜理紗の事は、兄に任せたので一緒に帰りましょうか」
「え……。いいのですか?」
「ええ。車で家まで送りますわ。これからは基本的に一緒にいましょうか。私がいれば彼は近づかないのでしょう」
「ええ。でも……」
不安そうにする彩花に、レイラはニコリと笑った。
「大丈夫ですわよ」
(いつも強気な彩花をこんなに不安にさせやがって。相馬はバカなのか? 話聞く限りじゃ、彩花のこと好きなんだろう)
レイラが彩花の手をにぎり、「帰りますわよ」と伝えると彼女は安心したようで笑顔で返事をした。
その日はレイラの車で、彩花を自宅に送ってから帰宅した。運転手の敏則は特に理由を聞かずに送る事を承諾した。その時、明日も迎えに行く事を約束した。




