93限目 兄の説得
生け垣から頭だけを出したリョウをその場にいた全員が見た。
「あははは」
香織は大笑いした。憲貞は必死に笑いをこらえているようだ。愛里沙は目をシロクロさせている。
「何をしているのです。お兄様」
今まで一番冷たい視線をレイラは自分の兄であるリョウに送った。
「レイラさん。家を出るのはやめたのではないですか? 公立中学に転校なんて反対です」
「反対も何も、自分の意志ではなく辞めさせられるのですから仕方ありませんわ」
その言葉を聞いた途端、リョウは親の敵を見るような目で憲貞と香織をみた。ただ、生け垣から頭だけを出した格好であるため迫力はなく、むしろ道化だ。
「リョウ、これ以上笑わせないでくれ」
香織はお腹をおさえ、涙を流しながら笑っている。憲貞はとうとうこらえきれなくなり吹き出した。
「お兄様、生け垣から出てきた方が話しやすいですわよ」
「……」
ここではじめて、自分の状況を理解したリョウの顔が固まった。彼らその場にいる全員の顔を見ると頷き生け垣から顔を抜いた。
そして、生け垣の裏から何事なかったような顔して現れた。
「それで、辞めさせられるとはどういう事ですか? 話が違います」
改めて、話を続けようとするリョウであった。しかし、その場は彼の行動のおかげで緊迫した雰囲気とは程遠い状況となっていた。
「あはは……まぁ、なんて言うか、とりあえず座ったら?」
香織が笑いながら、隣のテーブルの椅子を指差した。リョウは返事をするとその椅子を持ってきて、座った。
「話が違うとはどういう事ですの?」
リョウの言葉にレイラはすぐに食いついた。すると、香織は困ったような顔をして憲貞をみた。
「香織」
静かだったが重みのある声で、憲貞は彼女の名前をよんだ。すると、香織は頷いた。
「以前、主従関係を結んだことで、レイラを桜花会の会長にする話はしたね」
香織の言葉にレイラは短く返事をして頷いた。
「それを知った、誰かさんは猛反対して私や憲貞にくってかかってきたんだ」
「レイラさんには早すぎます。彼女はまだ一年ですよ」
すぐに反応するリョウに香織と憲貞が同時にため息をついて首を振った。
「君たち兄弟はよく似ている。桜花会幹部に意見する者など過去に多くいない」
憲貞はリョウとレイラの顔を交互にみた。彼らは同じ顔をして憲貞を睨みつけていた。
「なら、私を退学にしますか?」
「極端。退会、退学って簡単に言うが桜花会といえど一介の学生にそんな力はない。できて、家を使って自主退学に追い込む程度だ」
憲貞は膝の上で手を組み、ゆっくり話した。
「わかりました。それで、“話が違う”という件についてお聞きしたいのですわ」
憲貞に気を遣うことなく話をすすめるレイラを愛里沙はいつの間にかキラキラした目で見ていた。
「香織」
憲貞が香織の方向き、名前を呼ぶと“はいはい”と片手を振った。
「現状を見て分かるように、リョウはレイラの会長就任を反対していたんだよね」
香織がリョウの方を見ると彼は鼻息を荒くては憲貞と香織をみていた。いつもの笑顔はどこかに消えてしまっていた。
「桜花会や生徒会の先輩方は癖があります。レイラさんが辛い目にあうのは見ていられません」
興奮して語るリョウの様子に一番驚いていたのは愛里沙だった。
「だから、私は彼女なら桜花会や生徒会の先輩たちにしっかりと意見することか出来ると言ったのに“無理だ”“心配だ”としつこいから、この場を設けさせて貰った」
香織はチラリとリョウを見るとまた、ため息をついた。
「つまり、これは試験のようなもので実際には圧力をかける事はないとうことですの?」
「いや、試験というか、リョウが納得すればよいと考えた。しかし、思わぬ収穫を得る事ができた」
先ほどとは違い、憲貞は穏やかな笑顔をみせた。
「リョウ君、レイラ君は実に素晴らしいではないか」
「レイラさんは素晴らしいですよ。それは間違いありません。ですが……」
「約束通り彼女が次年度の会長で問題はないな」
「……はい」
リョウは渋々承諾すると憲貞は満足げに笑った。




