60限目 おとり
まゆらが囮になるという事は理解できたが、それは危険を伴うためリョウはすぐにその考えに賛成することが出来なかった。
「なんですか? そんな顔して心配してくれてます?」
「君も女の子です」
茶化すように話すまゆらに、リョウは真剣な顔をして言葉を強めた。それに彼女は困ったような顔をした。
「大丈夫。心配ならこれで聞いていてください」
まゆらは自分の眼鏡を指さした。しかし、リョウは納得が行かずに更に言葉を続けようとしたがまゆらは彼に手を平を見せてそれを止めた。
「私はさ、ゲームではレイラを没落させる攻略対象があまり好きじゃなかったんだけど、現実の貴女はイイヤツですね。それと一眼レフ返してくれてどーも。これ高かったんですよ」
そう言うと、まゆらは立ち上がり鞄を持って立ち上がった。
「あの、攻略対象って他に……」
リョウが言葉を発した時には、もうまゆらは声の届きない位置にいた。リョウは、彼女の後を追おうとしたが、辞めてベンチに座り直した。
彼女が去るのを見送った。
彼女が見えなくなると彼は鞄から携帯電話を出し、掛けた。
数回コールがなると相手が電話にでた。
「お願いがあります」
リョウはそう言ってから相手に要件を伝えた。相手はそれを聞くとすぐに承諾した。
電話を切ると、彼は腕にある時計を確認してから図書館の玄関に行った。
そこにはもうユリコがいて、リョウを見つけると頭を下げてた。彼は手を上げて彼女に返事をした。
リョウが玄関を出るとその後をユリコはついていた。
彼は車に乗り込むと、すぐにメモを書いた。それと黒のチョーカーを運転手に渡し、後から乗り込んできたユリコに渡した。彼女はそれを読み、驚き一瞬固まっていたがすぐに頷いてメモをリョウに戻した。
リョウはそのメモを小さく破ると半分をユリコに渡し、もう半分をズボンのポケットに入れた。それから、彼はイヤフォンを耳にいれると窓の外を見ながらそこから流れる音を聞いていた。
自宅に着くと、リョウはすぐにピアノ室に向かった。到着すると扉を叩き、返事を待ってから開けるとそこにはレイラがいた。
レイラはピアノを弾いていたが、リョウが来たことにより手を止めていた。
「お兄様。お帰りになったのですね」
言葉は優しいが“何しにきた”と彼女の顔に書いてあった。リョウは気にせずに彼女に笑顔を向けた。
「今日、河野まゆらさんに会いました」
と言うと彼女の顔は一気に真っ青になった。そして、勢いよく立ち上がるとリョウの方に近づいた。
「どういう事ですの?」
「以前、図書館で会いましてね。仲良くなったのですよ」
「……」
レイラは眉がくっついてしまうのではないかというほど、眉間にシワを寄せた。
「それで、レイラさんの話をしたら会いたいと言ってました」
リョウは彼女に日程と場所だけ言うとすぐに部屋を出た。
(なんなんだ、怪しすぎる)
レイラはリョウが去った後も彼が出ていった扉を睨みつけるように見ていた。しかし、変化のない扉を見ていても仕方ないのでピアノの椅子に座った。
ため息を着くとピアノを弾いた。さっきまで優しいきれいな弾き方をしていたが、今は強く攻撃的であった。
同じ曲であったがまるで別にモノの様であった。
最後まで弾き終わると、レイラは椅子の背もたれに寄りかかり唇をかんだ。
(クソ、兄貴とまゆタソが仲良くなるなんて。補正がはいったかぁ)
唇をかみすぎて血の味が口の中に広がった。
(仕方ない。行くか。随分と先に話だが、その日は休日だしな。ウソかもしれないが、本当だったらまゆタソが待ちぼうけになっちまう)
レイラは勢いをつけて立ち上がると、棚から紙とペンを取り出すと奥にある椅子に座りテーブルにそれらを置いた。そこで、紙にカナエへの指示を丁寧に記入した。
部屋にある内線を使いカナエを呼び出すと、数分後、部屋の扉を叩く音がした。返事をすると扉を開けたのはカナエであった。
挨拶をするカナエにレイラは、すぐに先程書いた紙を渡した。彼女はそれを両手で丁寧に受け取ると読み始めた。
「手紙の受け取り方、習ったのですか?」
「マナーは山崎さんに習っています」
「そうですか。手紙開ける時に、読んでよいかの確認があるともっといいですわ」
「承知致しました」
そう言って、頭を下げた。
(なんだ? 雰囲気が以前と違うじゃねぇか)
カナエに今後の指示をして、退室させるとすぐに山崎に連絡をした。すぐに山崎が出たので、カナエの変化について確認した。
すると、彼は彼女の仕事を全て数秒単位で書き出し更に常に監視カメラで確認していたと言う。カナエが仕事以外の行動に出るとその都度、注意をしていったことをレイラに伝えた。
「もしかして、会話の部分もですか?」
『そうですね』
山崎から淡々とした声で返事が返ってきた。レイラは礼と挨拶をすると電話を切った。そして、ゆっくりと息を吐きながら椅子に座った。
色々考えたが何もまとまらなかった。
まゆらはリョウに対していい感情はないと認識していたが二人であっていたという事はそれなりに進展している可能性あると思うとレイラは頭が痛くなった。
(まゆタソと会わないとか言わなければよかったのか。しかし、それ色々問題が……)
レイラは自分の両親を思い出してため息をついて背もたれに体重をかけた。




