57限目 特性
「カナエさん」
「……」
レイラが名前を呼んだが、彼女は一切返事をせずにカップを見つめていた。何度か呼んでやっとレイラの顔を見た。
「何度も呼びましたのですよ。大丈夫ですの?」
部屋にいるのはレイラとカナエだけであり、二人の言葉以外に聞こえない。冷蔵庫の音も近くに行かなければ聞くことができないほど、静かだ。
だから、自分の言葉がカナエの耳に届かないのが心配になった。
(家政婦協会からうちに派遣されるのだから、身体に問題があるはずはない)
「え、はい。申し訳ありません。聞こえませんでした」
「そう、わかりましたわ。それでは、今からお風呂の準備をお願いします」
レイラは出迎えの件を聞くのは諦めた。そして、立ち上がり台所から紙とペンそれに、タイマーを持ってきて時間をセットした。紙とペンには時間を書き、その時間にやるべき事を記入した。
「このアラームがなるまでにお風呂を沸かして下さい。それとこの紙に書いてある通りにお願いします。終わりましたら私の所に来てくだい。ここにいますわ」
カナエはアラームと紙をレイラから受け取ると不思議な顔をして彼女を見つめていた。
「どうしましたの?」
「あ、えーと、お菓子はどうしますか?」
(はぁ? マジかぁ)
レイラはため息をついて、自分の頭に手をやった。その意味がカナエには理解できないようでキョトンした顔している。
レイラは深呼吸をして、彼女の方に体が向くように座り直した。
「貴女は今の仕事中だと言うことはわかりますの?」
「はい」
「でも、私は仕事中ではありませんわ。そして、貴女の仕事はなんですの?」
「レイラさんの身の回りの世話です」
「では、私がお菓子を貴女に振る舞うのは変ですわよね?」
「でも、出すって言ったじゃないですか?」
「ええ。しかし、あの場面では家政婦は“私がやります”と茶菓子を出すのを変わるか遠慮するものですわ」
「そんな事が隠れていたなんて、罠ですか?」
彼女の発言にレイラはため息しかでなく、頭が痛くなった。
「そういう仕事ですわ。準備してください」
「はいぃ」
カナエは渋い顔をして、立ち上がるとそのまま出ていこうとしたので、レイラは止めた。
「カナエさん、退出する時は頭を下げて“失礼します”と行ってから部屋を下さいます?」
レイラの言葉にカナエは何かを思い出した様で、「あっ」と声をあげた。そして、クルリとレイラの方を向くと両手を体の前で揃えた。
「失礼致します」
そう言って頭を下げると出ていった。それからすぐに扉を叩く音がしたため、返事をすると入ってきたのは山崎であった。彼は心配そうな顔をしながらレイラの近くに来ると頭を下げた。
「失礼致します。伊藤カナエの件についてお話しする時間を頂いてもよろしいでしょうか」
「構いませんわ」
「ありがとうございます。先程、彼女と話された様ですがレイラさんから見て彼女はどうでしょうか。もし問題があるのでしたら別の者に致します」
(使えねぇけど、アイツここ出たら仕事探すのも大変そうだな。それに中村との繋がりがあるしな)
レイラがしばらく考え込んでいたので、山崎はこれ以上下がらないというくらい眉を下げている。
「いいえ、家政婦は彼女のままで構いませんよ」
「承知いたしました」
山崎は驚いたようで、目を大きくしたがすぐに真面目な顔をした。もう、眉は下がっていなかった。
「それと、多分ですが彼女に強く注意しても意味がないかもしれませんね。仕事は明確でないと難しい様ですわ」
「そうですか」
納得のいかない表情をする山崎に、先程彼女に出した指示を伝えた。彼は黙って話を聞いていた。
「今後、彼女への指示は5分おきの内容と時間を伝え、くぎりがつくあたりでアラームが鳴る物を渡してください」
「承知しました」
「それと、出迎えは必要ありません。当面彼女にはお風呂の準備をしてもらってください。それ以外の時間は掃除でいいと思います。彼女へ怒らず、彼女が働きやすい環境を作ってください」
「承知しました。しかし、それでは生活が不便になりますので新しい家政婦を頼みましょうか」
「要りません」
レイラは、山崎の最後の言葉に被せる様に否定した。
(これ以上頼むと、ゲームのレイラについていた家政婦が出そうだ。だいたい俺は自分の事は自分でできる)
「承知しました。ありがとうございます」
珍しく穏やかに笑う山崎をレイラは目を細め、彼の“ありがとうございます”の意味を考えた。
少しすると、扉を叩く音がした。山崎が扉をあけるとそこにいたのはカナエであった。彼女は風呂の準備ができた事を伝えにきたのだ。
その時、彼女手にあるアラームがなった。
(全て俺が渡したスケジュールどおりに進めたのか)
レイラは山崎を見ると「後はお願いします」と彼に告げてから、カナエに礼をして部屋を出た。
居間を出ると、そのままピアノの部屋に向かった。




