56限目 違和感しかない
校舎を出ていつもの桜道を歩き、門を出るとレンガ壁沿いを行った。
ガレージに着くと、運転手の敏則が車の後部座席の扉の前に立っていた。レイラが見えるとすぐに、扉を開けた。
レイラは礼を言うとすぐに車に乗り込んだ。
敏則は運転席に座るとレイラに出発する事を伝えエンジンをかけた。
車がゆっくりと走り出すと、彼女はまどの外を見た。
(幸弘と彩香、それにカナエの関係どうやって調べようか)
レイラは道行く桜華の学生を見てため息がでた。
自分の家庭は経済的に裕福であり、生活に困る事はない。しかし、彼らのように自由がないのだ。
(クソ、出歩けたらなぁ。図書館すら、居場所を特定する首輪をつけられるしな)
レイラは、自分の頭をかきながらまたため息をついた。何度もため息をついたので、敏則が心配して声をかけてきた。すると、レイラは慌てて、首を振り“問題ない”事を伝えた。
バックミラーに彼の心配な顔が写っていた。
「ありがとうございます。少し疲れましたの」
「そうですか。詳しくは知りませんが婚約が上手く行かなかったことは存じております力になれる事が御座いましたらなんでも仰って下さい」
レイラは少し考えてると、ゆっくりと言葉を発した。
「それでは、私の元婚約者の方が今何をしてるかご存じですか」
レイラの言葉に、敏則は前を見たまま「う~ん」と悩むような声を上げた。
(わかんきゃ、それでいいけどよ)
敏則は左右を確認して、ハンドルを切り右折した。レイラは窓の外を見て目っているを大きくした。
車はいつもの帰り道ではない方向に進んでいる。レイラは驚いて運転をしている彼の方を向いた。
「敏則さん?」
「たまには気分転換しましょうか。いつも同じ道では飽きてしまいますよね」
「……そうですね」
敏則は落ち着いた様子であったが、レイラは戸惑いながら、彼の言葉に同意した。
そして、また窓の外を見た。
(なんだ? 気分転換なんて過去一度もしたことねぇよな。あ~。話の流れ的な? そういう事な)
窓を見るレイラの瞳には、大きな門が見えていた。そこからは私服を来た若者が何人かのグループになり話ながら出てくる。
門の横には大学名が書かれていたため、レイラは何となく敏則の意図がつかめてきた。
車が門の近くを通った時、そのには女性に囲まれた見覚えのある人物がにやけた顔をしていた。
(中村幸弘)
レイラはすぐに誰だかわかった。
車は止まることなく、彼を追い越した。その時、彼の周りの女性に知っている顔があった。もう一度確認しようと、レイラは顔をガラスにくっつけてその集団をみようとしたが車は、彼らから離れてしまい個人を判別するには難しい距離があった。
(あれは……。まさか、でもなんでだ?)
レイラは乱暴に頭をかいた。その様子をバックミラー越しに見た敏則は眉を下げた。
「余計な事をしていまいましたか? 申し訳ありません」
「いえ、問題ありませんわ。お気遣いありがとうございます。帰宅しましょうか」
「承知致しました」
(アレは意味がわからねぇ。もうあの子とは直接話できねぇしなぁ。幸弘に好意があるとか?)
レイラはいくら考えても現状を理解することは難しかった。
ずっとその事ばかりを考えて気づけば居間のカウンターに座っていた。
笑顔でタエコが食事を出してくれた。レイラが驚いていると彼女は首を傾げた。
「どうなさまいました?」
「いえ、私は自分でここに来ましたの?」
「そうですよ。ずっとぶつぶつ言っていらして……。大丈夫ですか?」
「ええ」
レイラは自分の身なりを見た。制服を着ていたはずであったが、今は部屋着を着ていた。レイラは不思議に思いながらも、記憶を整理した。
(確かに、自分で着替えた気がする。そういえば、車を降りたとき誰も出迎えがないことに敏則が眉をひそめていたな)
レイラは挨拶をして食事を食べ始めた。
「タエコさん。私の新しい家政婦のカナエさんとお会いしましたか」
「以前、挨拶はしてます。今日は私が居間にせいかも知れませんが、会っていません」
「そうですか……。出迎えにいなかったので何かあったのかと心配になりましたの」
「え……? そうなのですか?」
タエコは驚いて、台所の壁にある電話をとった。電話はすぐにつながり、その相手にレイラが言った事を告げた。
その後、タエコは相手の言葉に頷いてから切った。
「レイラさん、申し訳ございません。私も把握しておらず、今、山崎に伝えましたので確認が取れ次第連絡が来ます」
「そうですか。出迎えはなくても問題ありませんので急がなくても大丈夫ですよ」
「いいえ、それが彼女の仕事ですから、簡単な話ではありません」
(そうだ、ここは俺にとっては家だが彼女らにとっては仕事場だ。仕事をさぼっちゃマズイよなぁ。さぼった理由があるんじゃねぇのか? 体調不良ならしかたねぇしな)
レイラが食事を終えた頃、居間を叩く音がした。レイラが返事をすると、扉が開きそこには山崎と彼よりも頭一つ以上小さいカナエが頭を下げて入ってきた。
「山崎さんお久しぶりですわ」
レイラは彼らの方を向いて、挨拶をすると山崎は大きな身体を小さくして深々と頭を下げた。そして、カナエの頭を抑えて無理やり下げさせた。
「申し訳ございません」
「出迎えの件ですか? 私は気にしていませんので頭を上げて下さい。それより、理由を教えて下さいますか? 何か問題がありましたのでしょうか」
山崎は頭を上がると、困った顔をした。同じように顔を上げたカナエは顔を真っ青にしていた。彼はカナエの背中を押して理由を説明するように促した。しかし、彼女はしたを向いた首を振るだけで何も言わなかった。
(なんだ? 震えている?)
「山崎さん、今回の件を彼女に強く言いましたか?」
「はい。彼女が自ら報告しないので伝えますが、見送りの時間に家政婦専用の家で本を読んでいましたので、仕事中であることを伝えました。そして、迎えの時間、彼女はまた本を読んでいたのです。今度はトイレに隠れていました」
「だから、強く注意したのですか? 震えているではないですか」
山崎は彼女を見て目を細めた。
「これが、学生ならいいでしょう。しかし、彼女は成人しておりここに仕事をしに来ています」
山崎が声を強くすると、彼女はビクリと身体を動かして小さくなった。
「分かりました。山崎さんとまた後で話したいと思います」
「わかりました」
山崎が頭を下げて退室すると、レイラはタエコにお茶の用意を頼んだ。そして、カナエの側に行くと彼女と視線が合う位置に来た。
「カナエさん?」
「……」
「私は別に怒っていませんわ。だだお話がしたいだけですの」
「……」
カナエは何も言わずに顔を上げるとレイラの方を見た。
「山崎さん。さっきの男の方に何かされましたか? 例えば殴られたとか」
カナエは黙って首を振り、小さな声で「なにも」と言った。
「そうですの。カナエさんがあまりに身を守るような態度をなさるので心配になりましたわ」
「あ……、それは……」
「もしかして、殴られるのではなくもっと酷い事をされましたか?」
「違います。違うのです。あの方は私に触れてはいません」
レイラの言葉をカナエは慌てて、否定した。その声の大きさにレイラは一瞬目を見開いたがすぐに笑顔に戻った。
「そうですの。では、その様子は別の原因があるのですわね」
「え……、あ……」
「無理に話さなくても大丈夫ですわ。タエコさんがお茶を用意して下さいましたわ。ソファにいきませんか」
レイラはそう言って、カナエの前に手を出すと彼女はおずおずとレイラの手を握った。
(なんだかなぁ。小さい子みてぇだな)
レイラは彼女の手を握ると立ち上がった。そして、ソファへと手を引いた。彼女は抵抗する事なく、レイラに手を引かれてソファに座った。
彼女はレイラの手を握ったまま離さなかった。
その様子を見たタエコは、お盆に乗せて暖かい紅茶を持って、彼女たちの前に丁寧に置いた。
「レイラさん。私は用事がありますので失礼させていただきます。戻ってきましたら食器を片付けますのでそのままにしておいてください」
レイラが頷くとタエコは頭を下げて部屋を出た。
「カナエさん。紅茶飲みます? 落ち着きますわよ」
「あ、はい」
レイラがカナエの手を離すと、彼女は両手で紅茶を取り“ふぅー”っと息をかけた。
彼女はじっとカップの中で揺れる紅茶を見ていた。
しばらく、その様子を見ていたが一向にカップに口をつけないのでレイラは「カナエさん」と声を掛けた。
「え? あ、はい。すいません」
彼女は慌てて、カップに口をつけると一気に飲み干した。
「揺れる紅茶が面白かったのですか?」
「すいません」
「いいえ、怒っているのではなく聞いてるだけですわ」
「はい。夢中で見てしまいました」
(なんだ? さっき怒られて落ち込んだはずなのに、他に気がいっている?)
「紅茶美味しかったですか」
「はい、ありがとうございます」
ニコリと笑う彼女にレイラは違和感しかなかった。
(ここで笑顔かよ。今さっきまで怒られていたんだぞ)
「そうですの。それは良かったですわ。それでは出迎えに来なかった件についてお聞きしてもよろしいでしょうか」
「すいません」
その話になった途端、カナエは顔を曇らせた。そして、下を向いてズボンをぎゅっと握った。
「謝罪は良いので回答をお願いしますわ」
「すいません。もうしません」
(なんだ? 会話にならねぇぞ)
カナエはズボンを握った手をじっと見つめていた。レイラはゆっくりと呼吸をした。
「カナエさんはお菓子好きですか?」
「はい」
「そうですか。では今持ってきますね」
「ありがとうございます」
(会話が通じた。でもやっぱりずれてるよなぁ。俺がお菓子持ってくるって言っているのに、笑って座っているのか)
カナエはお菓子を待っているようでニコニコ笑いながらレイラを見ている。レイラはそんな彼女を見て、ため息をついた。
「どうしたのですか? 取りに行かないのですか?」
(催促か)
彼女を見ていると、疲れを感じた。




