117限目 現実を受け入れられない母
「これは……」
扉を開けたのは、姉の美晴であった。美晴は周囲をいてすぐに状況把握をし、母と大晴の間にスッと入った。
「母さん、どうしたの? 大丈夫」
「あぁ、みーちゃん。たいちゃんが、いなくなってしまったのよ」
涙を流す母の背中を美晴はそっとなぜた。そして、彼女を椅子に座らせると自分は床に膝をついて座り、彼女の手をさすった。
「そうなの」
美晴は大晴をみると、声を出さずに学ランを脱ぐように言うと大晴は頷いて学ランを脱ぎ、ワイシャツにスラックスの姿になった。
「母さん、大丈夫よ。たいちゃんはそこにいるわ」
「え? でもたいちゃんは他の人のとこに」
不安そうな顔をする母に美晴は優しく微笑み首を振った。
「何言ってるの。母さんか一番に決まってるじゃないの」
美晴は、大晴の方に指をさすと母は大晴の方をみた。
「あぁ、たいちゃん。そうよね、たいちゃんはまだ小さいから母さんが必要よね」
母は穏やかな顔になり、大晴に向かい手を広げた。大晴は迷ったが、美晴が首を動かして“行け”と合図したので、困った顔をしながら母の胸の中に入った。それを母は嬉しそうに抱きしめた。
「まだまだ、小さなたいちゃん。桜華初頭部の制服がよく似合うわ」
「え……しょ、」
大晴の言葉がでる前に美晴は彼の口を手で抑えた。その速さに、大晴はびっくりして後ろに下がった。
母も驚いて目を大きくした。
「どうしたの」
「え、あぁ。たいちゃん。お腹が空いたってぐずるから」
「あら、そうなの。たいちゃんは小学生になっても甘えんぼうね。母さん何か作ってくるわ」
「ありがとう。そうだ、コレ今日の薬だよ」
美晴は台所へ向かう母に小さな袋を渡した。すると、母にニコリと笑った受け取り居間の奥にあるカウンターキッチンへと入っていった。
母が後ろを向くと、美晴は大きくため息をついて大晴の口から手を離すと「新聞紙とビニール持ってきて」と言って割れた花瓶の方へ向かった。
大晴は言われた通りに新聞紙とビニールを持ってくると、割れた花瓶を拾う美晴の元へ行き隣にしゃがむとい持ってきた物を渡した。
「アレどういうこと?」
「発作だよ。時々パニックになるの」
花瓶の破片を新聞紙の上の置きながら美晴が言うと、大晴が目を大きくして「しらないよ」と首を振った。
「でしょうね。あんたの前ではあまり起きなかったから。母さん以外の人と仲良くしてる的なこと言ったの? 父さんもいたし発作は起きやすいよね」
大晴は父に伝えた真人の話とそれを聞いた父の反応を美晴に説明すると、彼女は大きなため息をついた。
「大晴も中学生だし話してもいいかな。父さんはね違う人と生活しているの。それも複数いるんだけどね。だから母さん寂しくて子どもに依存してるのよ。その環境が嫌で兄さんは出ていったの」
「俺が母さん以外の人と仲良くしてるから……怒った? 嫌われちゃった?」
優しい母の記憶しかない大晴は悲しくなった。そんな大晴の頭を美晴は「そんなことないわ」と言って優しくなぜた。
「あれは病気なの。しばらくは小学生の振りしていなさい。多分、あなたが黒服になった事や父さんに責められたこと、父さんがあなたと他の人間が仲良くなるように言って自分は他の人間のところへ行ってしまった事。色々重なってパニックになってしまったのよ」
「なんで小学生のフリするの?」
「あなたが小学校入学当時は父さんの愛が全部母さんにあったのよ。母さんの幸せな記憶」
大晴は自分の服装をみた。ワイシャツにスラックスだと初頭部の制服と変わらない。更に、初頭部は3年生から桜花会が始まるため中高のように桜花会用の制服はない。
「……そっか」
大晴は横目でキッチンの方を見た。母は楽しそうに歌いながら料理をしている。
「俺、母さんの料理好きなんだ」
「私も好きよ。どんなにお金があっても絶対に出来合いの物や誰かに作ってもらうことないもんね」
美晴の笑顔に、大晴はすこし気持ちが軽くなった。すると、母の「ごはんできた」という声が聞こえたので、二人は花瓶を片付けるスピードを速めた。
花瓶の片付けが終わり、キッチンカウンターに行くと料理が並んでいた。二人が挨拶をして食べるとそれを嬉しそうな顔で母は見ていた。
「たいちゃんもみーちゃんもいい子だね。二人とも優秀だから母さん嬉しいわ。また一番の成績見せてね。父さんも喜ぶから」
「うん」
美晴は幼いこのように返事をしたので大晴は困惑して小さな声で美晴に尋ねた。
「姉ちゃんの成績ってなに? もう働いてるじゃん」
「うーん、大晴を小1だと思っているなら私が大学生かなと思って。そのうち戻るよ。波があるからさ」
「……そっか」
美晴の話を聞いていたたまれない気持ちになった。小学生の時、大晴は自分が世界で一番優秀だと思っていた。それを、今日打ちのめされたのだ。
ため息をついて自分の制服をみた。
「どうしたのたいちゃん? 心配事? 大丈夫よ。たいちゃんは頭がいいからね。将来は父さんみたいな弁護士さんかな? それともお医者さんか?」
「ははは、まだわかんないや」
大晴は必死に笑顔を作ると、食事を口に運んだ。その後は風呂に入り、ベットに入ると涙が出ていた。止めようとしたが止まらず必死に声だけは抑えた。マクラがびっしょりと濡れたころに睡魔が襲ってきた。




