114限目 尻拭い
圭吾は黒い学ランを大晴の目の前に持ってきた。
「横山君、着替えて」
大晴が戸惑っていると、圭吾は「早く」と急かした。その顔は笑っているのに背後に鬼が見え、大晴は慌てて立ち上がり、着替えた。
「じゃ、この制服は洗濯しとくからね」
彼が脱いだ白い制服をハンガーにかけるとクローゼットにしまった。
大晴は着替え終わると、その制服が自分にぴったりであったことが不思議に思った。
「あの……、制服のサイズって」
「あ、ちょうどよかった? よかったね。じゃ、また一ヶ月後。正確には5月の連休明けの授業後に桜花会室にきてね。そこで判断されるからさ」
軽い調子で言ってるが、その内容は大晴にとって重かった。その言葉も重さに彼はその場から動けずに床を見ていた。
「何? まだ、何かある? ここは一般的生徒が長居していい場所じゃないんだけど」
圭吾はポンポンと彼に肩を軽く叩いた。笑顔の圭吾は、大晴にとっては鬼よりも恐ろしい者に見えた。
「あ、すぐに、はい」
大晴は慌てて、部屋を出ると鞄を持ち桜花会室の外へ出た。外に出ると、黒服の自分が誰かに見られるのが嫌で近くの空き教室に入った。部屋の隅にをかかて座ると、涙が出てきた。本当は大声で泣きたかったが、誰かにバレることが嫌で声を殺してすすり泣いた。
どのくらい泣いたかわからなかったが、窓の外を見ると太陽は真上にきていた。
鞄が震え、大晴は学校から支給のタブレットが何を受信しているのをわかると取り出し、開くとメールが来ていた。
「―ッ」
それを見て、大晴はタブレットを振りかざし投げようとしたが、手が動かなかった。
「え」
驚いて、自分の手を見ると掴んでいたのは真人であった。
「な、なんですか?」
大晴はまた、何か言われることを警戒して手を引いたが彼の力は強く手がびくともしなかった。
「タブレットの破壊。桜花会にいられなくなる」
無表情で話す真人からは一切感情が見えなかった。大晴は「わかってます」と言って手を引くとタブレットを鞄にしまった。
じっと、自分を見ると真人にどうしていいか分からず大晴は目をキョロキョロと動かした。
「帰らないのか」
「帰りますよ。けど……」
大晴はため息をついて、今きたメールの内容を思い出した。そこには大晴の桜花会権限の停止について細かく書かれていた。その中に車での送迎が入っていた。
「車のことか? 電車があるだろ。駅までは歩くがバスもある」
「電車……? バス……?」
不安げに応える大晴を真人は黙って彼を見て考え込んだ。そして、「待っていろ」と言ってその場からいなくなった。
「え、なんなんですか」
大晴は不安で押しつぶされそうになりながらも、真人を待った。しかし、数分経っても戻ってこない真人にどうしていいか分からず悲しくなってきた。
その時。
「待たせた」
「え?」
真人は戻ってきたのだが、彼は桜花会の服ではなく一般生徒の黒い制服を着ていた。
「え、なんで、黒服?」
「電車で帰るのなら白い制服は目立つ」
「そうではなく」
「うん? 蛙は規則を読まないから知らないだろうが、桜花会の白い制服の着用は権利であって義務ではない」
「それは……って、今、蛙って言いました? それ俺のことですか?」
淡々と話す、真人を睨みつけたが彼は特に表情を変えなかった。
「そうだ。井戸の中の蛙だ。だから、今、黒い制服を着ている。違うか?」
「……そうです」
どんなに抗議しても呼び方を変えてもらうことはできないと分かり、ため息をついた。
「では、いくか。蛙の家は俺の家に近い」
「一緒に帰るんですか? なんで? 真人様の車は?」
手を引かれて、大晴は動揺して真人の顔を見た。彼の表情は変わらず、真人を見返した。
「たくさん質問するな。蛙は電車に乗れないのだろう。だから俺が一緒に行く。俺の車は返した。それに蛙を乗せられれば楽なんだが蛙のためにならない」
「俺のため?」
「蛙でもいいが、今のお前は井戸の中も知らない。空が青いことも知らない。まずは学べ」
「……」
大晴が真人に手を掴まれたまま動かずにいると、彼は大晴の手を離した。大晴は力を抜いていたため、手はそのまま重力に逆らわず床に落ちた。
「行かないのか? それでも構わない」
彼についていかないと、家に帰れないことくらいは大晴は理解していたが素直になれない自分がいた。
しばらく沈黙が続いた。真人は大晴が答えを出すまで何も言わずにじっと彼を見ていた。
大晴は黒服をきた真人を上から下まで眺めた。服が黒くなったため、銀縁のメガネ目立っていた。
自分が黒服を着られなくなったのは自業自得だが、真人は着る必要はないのに着ている。白服を着ることが権利だと言っても黒を着るのは桜花会の人間として屈辱的であることは大晴は身を持って知っていた。
「なんで、そこまでするんですか? 同情ですか?」
「そうだな。無知なことに同情した」
「うっ」
「だから、知らないのなら教えてやろうと思った。それが、上に立つということだ。教えることで俺も成長できる」
真人は表情が変わらないため、最初は彼の意図がよく分からなかった。しかし、話いるうちに彼が自分のことを思ってくれていることに大晴は気づいた。
「……行きます」
大晴はボソリと呟くと立ち上がった。
本日は入学式であり、仕事のない2年以上は休校であるため昼過ぎでも、廊下でほとんどの生徒にすれ違わなかった。数名、近くを通ったが黒服を着ているため桜花会と気づかないようで、挨拶なく素通りしていった。
「意外と気づかれないのですね」
「同じクラスなら兎も角、学年が違えば顔なんて覚えていないだろう。会長以外はな」
「……あ、覚えろって言ってましたね」
「あぁ、覚えておくと今後楽だぞ。会長は桜花会、生徒会、特待そして、全教員と自分の学年である2年の生徒は名前を覚えている。桜花会と生徒会の人間については出身中学と得意とする能力まで覚えている」
レイラの人外的な能力に大晴は言葉を失った。
「初等部は3年から桜花会に入るだろ。レイラ様の能力を知らないのか?」
「確かに、レイラ様は桜花会に所属していましたが式典のみしか参加しませんでした。ご存知の通り、初等部の桜花会は特に仕事はなく集まりも任意ですから」
「そうだったか。中高の桜花会が厳しく忘れていた」
門までくると、学生証をかざして外に出た。
真人は歩くのが早く、大晴は小走りでついていくのがやっとであった。
「あの、ちょっと、早いです」
息が切れそうになりがら、伝えたが彼の足の速さが遅くなることはなかった。仕方なく、必死でついていった。
すると、数分で駅についた。
大晴が駅をじっと見ていると、真人がいなくなっている事に気づいき慌てたがすぐに券売機のところにいるのを見つけて駆け寄った。
「はい。これ。俺の真似しろ」
ICカードを真人から受け取った。「なんですか? これ」と聞いても、真人は返事せずにどんどん進み、ICカードを改札にかざした。大晴も真似して、ICカードをかざした。すると、機械音なりゲートがあいた。大晴はゲートが開いたことに戸惑いながらもゆっくりとそれを通った。
「学校の門みたいですけど、カードリーダーだけではなく個々でゲートがあるんですね」
「あぁ」
真人のところに来ると大晴は楽しそうに話した。それに、真人は素っ気なく答えたが大晴は気にせず彼に話掛けた。
二人は階段を上がり、ホームへ行った。通勤時間帯ではないため客は、まばらであり桜華の制服を着ているものもいなかった。
大晴は周囲をキョロキョロ見ながら、白線を越えて更に先に行こうとした。それを見て、真人は無言で大晴の服を引っ張った。すると、その反動で後ろに下がり、頭を真人の胸にぶつけた。
「-ッ」
大晴がぶつけた頭を押さえて、上を見ると真上に真人の無表情の顔があった。眼鏡と前髪で顔の半分が見えない真人であるが、下からだと彼の整った顔立ちが分かった。
「カッコいいですね」
大晴は何気なく言った言葉であったが、真人は目を大きくして大晴の身体を離し「危ない。側にいろ」と大晴の手首をつかみ、乗車列に並んだ。
彼が無表情以外の感情を見せた事に大晴は楽しくなりニヤリと笑った。
「真人様、今照れてます?」
「うるさい」
その言葉は以前の感情な声に戻っていた。それでも大晴は面白くて仕方なかった。その後は大晴が一方的に話し、真人は時々頷いていた。
「着いたぞ。降りる」
「はい」




