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2018 3/28 13:58 花の便り

2018 3/28 13:58──確かいつかの日、もう人を殺したくないって泣きそうな彼女との、そしてこの学校での初めてのカウンセリングがあった気がする。




 どうしようどうしよう……。

 私の時間管理能力とか、私の社会人適正が大事な生徒に疑われちゃう。

 こういう時は平常心を保つために自己暗示するべきなんだけどどうしよう……あー!遅刻しそうな自分が憎い!


 約束の時間は14時ちょうど2-Bの教室で……学校専属カウンセラーとして実質初めてのカウンセリング……そのはずなのに私は呑気に学校から徒歩15分程度の喫茶店で今から走ってもワープなんていう不相応な大魔術を使わないと間に合わないのにティータイムと洒落込んでいた。

 残っていたコーヒーを急いで喉に入れる。もっとゆっくり飲みたかったんだけど、うぇ……苦い、

 ちなみにティータイムではコーヒー一杯と初めての生徒との交流に勝つぞーなんてつまらない、いや本当になんでそんな気分で頼んだのか不思議に思うほどの発想でカツサンドを頼んだ。

 通りにあるチェーン店なんかよりもよっぽど人が少なくて落ち着いた雰囲気でリラックスできてたのに、今の私はその場に相応しくないくらいに慌ただしい。

 余計な気を働かせないで良いから眼と脳を休めるのにぴったりだと思ってこの場所を選択したのに、いつの間にか気を失ってたのかってくらい時間が飛んでた。いやはや落ち着ける場所というのも考えものだなと、思いつつも財布からお金を取り出し、会計を済ませ…た、よし!

 店を出る。

 さすがにこれ以上遅れるわけには行かない。

 とはいっても最近ぼーっとしがちだな。気をつけないと。



 いつも道行く人にできるかぎり意識を割かないようにしているけどいつにも増してダッシュで学校に向かう。


  大きめの横断歩道を超える。信号は偶然にも毎回青かすぐに赤から青へ。

 走ってるとメガネがずれる。そして眼を世界に晒すと


────恒例の聞くに耐えない雑音、軽い幻視体験、だれかの妄想、違う日常──────

 

──なんてことの無いただの異常な世界が視える

 無視できる。

 少し力を込めればこんなのもう無視できる。

 気にせず走ってく。


 比較的学校までの距離が短い道を使う。建造物が入り乱れてるから少し暗いけどこれなら…なんとか間に合いそう、


 ……にしても、いざ学校の専属カウンセラーとして働くってなって大したトラブルも無く円滑に進んでた思ったらこれだ。

 少し気になる子が視えたから自分から声をかけて約束したというのに何たる失態。

 どうしよう。10分以上遅刻した5分前行動の出来ない社会人失格者の人に相談することなんて何もありませんなんて……言われたら!

 あーでも結構優しそうな感じだったしそんな厳しいことは言わないかな。……だらしない先生でご免なさい!



2018 3/28 14:13

……遅れたけど、教室まで何とかこれた。

 廊下を走ってたら生徒会長の子に怒られたっていう情けない実績もできてしまったけど。

 とにかく、これから人と面と向かって話すんだから少し息を整えて…。深呼吸……深呼吸。


「すぅ……はぁ………」


 新人として初めての仕事なんだからしっかりしないと。

 カウンセリングで大事なのは相手に寄り添うこと…。

 わたしはあくまで徳の高い人ではなくてあくまでも、聴くことで歩み寄ること……よし、基本はちゃんと頭に入ってる。


 今日のカウンセリングの生徒──“なぜか特殊な”よく笑う女の子を待たせている教室のドアに手をかける。



──少しだけ、試しに眼の制御を緩める。



 私の身長の倍のドアを開ける。


 本来なら、


 本来なら────


 本来ならこの場所は窓からは桜の木とその背景に綺麗に青く澄み渡っている青空が見える。そして絵でも描きたくなるような蒼く輝いている教室に私は立っているはずだ。

 しっかり覚えてる。昨日もここで見かけたんだ。

────────────────本来なら、なんてことの無い平穏な教室だ、本来ならば。



 血が散乱している。その中に直立している赤い私が見える。

 私は、彼女に、殺された。いや、殺されたのではなく──殺している、私を。


私が 彼女で 彼女の心を私は識っている 触れている もう限界な衝動


鋭利なナイフで首を一突き。

 一突きじゃうまく殺せなさそうだからおまけに

もうニ、三回くらい────────────じゃなくて、


 これは夢想

 これは夢想

 これは夢想。



 3回繰り返して……よし。いつも通り眼が暴発しただけだ。


 いつも通りの私だ。視えていた世界を閉じようとする。

 大丈夫。相手のことを聴くだけならわたしにとっては問題ない。


「こんにちはー。遅れちゃってごめんね。待たせちゃったでしょ?」

 教室に入った瞬間にすぐ謝る。すると教室の椅子に座って窓の外を眺めていた彼女は

「いえ、気にしないでください。その様子じゃ忙しかったんですよね。」

 春休み中にいきなり呼び出されてしばらく待たせたのにも関わらず、優しい微笑みで不機嫌な様子を見せないどころかこちらのことを気遣ってくれた。できた子です。先生は感動です。


「いや〜新任早々応接不暇で……とにかく色々忙しくてねー。」

 あははと笑いながら彼女の優しさに甘えつつ彼女の隣の席に着く。

 改めて見ても、やっぱりどこにでもいそうな普通の子だとは思う。

 長く肩より伸ばした黒髪は毎日ちゃんと整えてるんだろうなってくらい綺麗だし少しは緊張してるみたいだけど表情は明るいままだし。

 ……やっぱり若いって良いなぁ。特に拘ったメイクしないでもこの子みたいにちょっと制服をアレンジしたりするだけで可愛くなっちゃうわけだし……まぁわたしもまだ若いはずなんだけど。


「桜、綺麗だよね。」

 駄目な大人の観察も終わりにして彼女が眺めていたであろう窓に映る青空を背景にした桜の木を見ながら会話を始めた。

 4月からここの教室を使える生徒は運がいいと思う。

 元々高低差のある作りだけれど、どの段の席から見ても大きく桜が見える。 

「待たせた私が言うのもアレだけど、ここなら座っているだけでも退屈しないわね。」

「……私、進級するならこの教室が良いです。日当たりもいいし見える外からの眺めも良いですし。ずっと見てられます。」

「そうね。私もこういう場所で生徒に教えられたら良いなって思うわ。ま、わたしはカウンセラーだからそういうこともないでしょうけど。」


「そういえば先生…?の名前ってなんですか?」


「ん?朝礼でみんなの前で言ったと思うけど。ほら、先週。」

 さすがに私のことは知ってて約束に応じたのかなって思ってたけど。

「あー……私情で学校サボる日がたまにあって。たぶんその時いなかったと思うんですよね。」

「そうなの?あなたって意外と不良ちゃん?」

 カウンセラーの立場で言うのもなんだけどサボり過ぎは良くないと思うけど。

「違いますよー。まぁ一身上の都合です。それより先生の名前はなんですか?」

「そういうことなら改めて自己紹介するわね。」

 コホン、と大袈裟な咳をして言い慣れた私の名前を言う。


今日識 心(キョシキ シン)って言います。今日と識別の識でキョシキ。そして心のシン。教師のシン先生って覚えてね。」

 読みづらいだろうけど覚えてもらいやすいことが自慢の一つの名前と存外評判が良い自己紹介を伝える。

「じゃあ、私も自己紹介しなきゃですよね。私は黒白 虚夢(クロシロ キョム)です。虚無の無を夢にした感じです。」

 ようやく彼女の名前を知ることができた。

 ……思えばお互いよく知らないのにいきなり約束を取り付けるなんて無茶をしたなぁほんと。

 たまたまここで桜を見ていたこの子に出逢わなかったらこんな約束をすることも無かったのかな。

 思えば、どうしてこんな普通で善良な一般生徒が何を抱えているっていうんだろうか。


「心先生、ずっと気になってたんですけどどうして名前も知らない私をいきなりカウンセリングに誘ったんですか?」

 そう黒白さんは不思議そうに聞いてきた。

「そうね…なんて言えば良いのかしら。」

 一目見てビビッと来た、なんて言ったら勘違いされそうだしかといってそのまま言うわけにもいかないし…。

 眼のことは公にはできない。

 それに、おそらくだけど黒白さんはあんまり自分の秘密ともいえる内面について他人に知られたくないだろうしうーん、どうすれば………。


「………ズバリ言うと私ってカウンセラーの中でも天才なの。とびっきりのね。100年、いや1000年に一人レベルの逸材なんだから」

 あーそうなんですか、とテキトーな相槌を打ってこちらを見てくる。さては疑ってるな?

「先生ってホントにカウンセラーの人ですか?なんだか逸材って感じはしないんですけど。」

 ……1000年に一人の逸材はあながち間違ってないんだけど。

「安心して、わたしはちゃんとした、カウンセラーだから。……まぁ、とにかく!黒白さん。何か悩んでることあるでしょ。私の眼はごまかせないんだから。そう、例えば何かすごーく──」

 少し迷ったが少し踏み込む必要があるようだ。

 カウンセリングの基本、聴くこと。そのために少しだけ、申し訳ないけれど核心をつかせてもらう。

 少しだけ眼が良すぎる私の力が可能にする────

「──我慢してることが、あるとか……?」

 思うに、心の中なんてものは本来なら誰も視れない、いや触れられない。

 人間一人一人に与えられた自由な個室のようなものだ。

 視られる想定なんて無い。

 土足で踏込むことが許される領域じゃない。

 だから私はズルのロクデナシだ。

 だって、ただなんとかしたいって気持ちだけでここに居てしまっている。


「───────どういうことですか?」

 そう言って心臓が凍りつくほどの冷たい、怖い視線を向けてきた。

 いや、怖いなんて思っちゃいけない。

 ──この魔眼(ズル)だから生まれる意味があることは胸を張って言える。

 ……でも、いきなり相手の秘密を言い当てたとすれば怯えているはずだ。

 さすがにちょっと言い過ぎたかな。でもまぁ、なんとなくってことで誤魔化せるかな。


「ただの直感。それ以外無いでしょ?ほら、私期待の新人って言ったでしょ。人を見る眼だけは確かなんだから。あなたは悪い子じゃないし。」


「──そんなの、解るんですか。」


「うん。話してみたらただの良い子なんだって思ったわ。」

「話したらって……ほんの一言二言だけで何がわかるんですか……」

「わかるものはわかるの。言ったでしょ?私は千年に一人の逸材なんだから。」

 それに、そんなことをしたくても我慢してるってことは大事な一線を超えないようにしてるってことだろうし。

 ……うん、ちゃんと人のことを考えられるってことはやっぱりこの子は良い子に違いない。


「まぁ、実を言うと第一印象は不安で仕方なかったんだけどね。わたしにどこまでできるんだろうって不安たんだけど、今日こうして話してみてあなたのことがよく判ってきた。」


「本当になんとなく、直感なんですか?」

「うん。」


 嘘だけど本当のこと言う訳にはいかないから。


「まぁ、だから安心して?ただのカウンセリングだから。」

「──なら、1つだけ聞いていいですか?」

「うん。名カウンセラーの私になんでも話してみて。」


 そう言ってしばらく黒白さんは俯いて──


「────先生はわたしが人を殺しそうな人だと思いますか?」


「うーん、どうだろ……」


 普通の人なら、黒白さん見てもどこにでもいる女子高校生としか“思えない”と答えるだろうし彼女の皆に見せていないあの顔を知っている人なら“思う”と答えるだろう。

 でも私はそう答えることはできない。


 ───ああ、だからこの眼は面倒なんだ。


 どんな人でも中途半端に鑑賞できてしまうし、やろうと思えば干渉することも。

 そんな眼のせいであなたが自分のことを恐がっていることも、その理由も知っちゃった。

 でもわたしはこの手の質問が嫌いだ。

 この子はこの子だ。

 ズル以外では何も知れない私には判断できない。

 だから私には──


「答えられません。」

「へ?」

「そんな意地悪な嘘みたいな質問、先生関心しないな。」


「あなたは人を殺さないことが生きていく、生きていいと肯定できる絶対条件だと思ってる…でしょ?」

 返答は無い。うつむいたまま。

「あなたは、自分がどう見えるか…どういう存在かの判断を他人に求めた。自分が生きていいかどうかなんて他人に求める依存のような質問はしないこと。人を殺しそうかどうか思われても黒白さん個人には全く関係ない。どう生きるかどうかは黒白さんが決めることでしょ。意地悪な嘘みたいな質問は自分が笑う為にあるの。

それに、あなたはもう───人を殺さないって私は信じれる。だって貴方には大好きな人がいるでしょ。曖昧な推測じゃなくて結果を経験してその重さを解っていてその大好きな人の未来を願ってる。」


 ──だから私には信じることしかできない。痛々しいイメージの奥にとびっきり暖かいものが見えちゃったんだから。

 

「先生……。先生、わたしは…!わたしはあの時、この、この手」

「すとっぷ!!」

 パチン!と黒白さんの頬を両側から叩いた。私は今日貴方から罪の告白を聴きに来たわけじゃない。

 ……私はこの子の味方でも敵でもない。ただ話がしたいなんていう変わり者だ。


「私は警察でもシスターでもないから。これ以上はだめ。」

「………はい。」

「絶対に、自分は死んだほうがいいなんて思っちゃ駄目。」

「─────」

「とにかく、出会って暫くのただの名カウンセラーだけど、私は貴方のことを信じてるわ。あとは貴方が自分自身を信じるだけ。そして、その大好きな人にも信じてもらうだけ。」

「…………でもわたし…最近」

「でもとか最近とか関係ない。貴方にしなくちゃいけない最も優先するべきことはそのための努力だけ。ね?」

「はい……。」

 

──まぁ、これで良いのかな?ちゃんと届いたかな?

名カウンセラーなんて嘯いちゃったけどやっぱりまだまだだなー私。

 なんか色々喋っちゃった……。

 これじゃあカウンセリングなんかじゃなくて説教だ。……まぁある意味先生らしいかも。

 でも………泣かせるつもりはなかったんだけど。


「………。ハンカチ…いる?」

「ありがとうございます。」

 ホント、この眼が無かったら私カウンセラーなんて破門だろうなー。


「落ち着いた?ごめんね、色々上から言っちゃって。」

「いえ、大丈夫です……心先生は何でもお見通しなんですね。」

「まぁ、優秀なカウンセラーだからね。心理学的とか専攻すればちょちょいのちょいよ。」

「もしかして…心とか読める人ですか?」

「あはは、まさか。そんな便利な能力なんて持ってないわ。」


 そう、私はただ心に触れているだけなんだから。

 便利なんかじゃない。

 不便すぎる。

 興味のない人生につきあわされたり。

 他人の欲望のはけ口にされたり。

 自分の存在が曖昧になるし。


「でもま、人の考えていることは判らないけど、信じさせてくれるくらいには優秀な新人こと私の眼は便利かな。

こんな眼を持っていても誰かを信じようと思える。それくらいこの世界は救われているんだから。」

「信じさせてくれる…ですか。」

「そ。ま、とにかく真面目な話はここらで一旦終わり。時間まだ大丈夫なら世間話でもしましょ?本来私がやらなきゃいけないのはそんなことだし……。先生、黒白さんのこともっと知りたいわ。」




2018 4/1 1:59

──そこからはたしか、なんの他愛も無い話をしていた。

私の身の上の話。

今まで関わってきた人とかこの仕事を選んだ理由とか。


そうだ、昨日が。私と彼女の最期の会話だった。


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