Episode 60
塔へ侵入する作戦を実施中。
日本軍の隊員達と陰光大学の研究チームの代表として参加しているメルタ・エーマン、ラレス・サーシャ。
今作戦の重要人物として特別に参加を認められたアテナ・ヴァルツコップ達陰光大学教育学部付属陰光中学の生徒達。
アメリカから緊急来日したジョーシ・シン・ミルズの娘・ポーレット・ミルズ達も参加している。
後発隊の第一分隊、第二分隊はともに塔に上陸していた。
隊員達が破壊不可能と思われていた壁をメルタがいとも容易く開ける事に成功。
現在、最上階を目指して上に登っている最中だった。
アテナ達が塔の侵入作戦を行っている。
横須賀海軍基地内には、任務帰還後の隊員やアテナ達を診る軍医とこれまでアテナ達付属陰光中学・高校の生徒達を診てきたチェンヤオ、ピエール、イサベルが専門医師として派遣されている。
自分達の意見で作戦の医療チームに参加したわけではない。
政府の方から、生徒達が重症や最悪、亡くなったとなれば官僚や軍幹部達へのメンツが立たないという事で、派遣要請が軍からの作戦決定直後にあった。
作戦の最中。チェンヤオ達は帰還するまで持ってきた資料を読み返していた。
「あぁ~暇だ~暇過ぎる~」
イザベルはパイプ椅子にもたれて書類の一部を左手で持って上に大きく両手を広げた。
「イザベル、うるさいぞ」
軍内部。ここでの話は皆、軍に録音されてしまっている事を恐れて言動にはいつも以上に気を付けるように言っていた。
こればっかりはイザベルの個性の為、態度が悪さは仕方がない。
チェンヤオはイライラしていた。
「だって~基地無いってめっちゃつまんなくない?」
イザベルは持論を広げた。
「それはしょうがないね。本当は小児科に行って、皆に遊び相手になってほしかったとか?」
ピエールは彼女が今、したい事を考えて言った。
「それはあるな。子供達はいいぞ~」
彼女曰く、こんな大人同士の話言葉だけの決まり何てしなくていい。
忖度もない。圧力もない。
そんな純粋な心をいつまでも持ち続けたい。
二人も否定しきれない状況があった。
この情報統制の厳しい組織に自分達は合わない。
一応、自分達が持っている情報を提出しなくていいとは言われているが、抜き打ちで検査される可能性もある。
彼らは出来る限り頭の中に入れられる情報はインプットしてきた。
なので、持ってきた持ち物は作戦参加者の基礎となるカルテと暇を持て余す為の専門資料のみだった。
「あの~一応……。私……私、軍の隊員なので……」
ベレー帽を被った女性隊員がその部屋からの存在を知らせるかのように言った。
「あ~、ごめんなさい。気が付かなかったわ」
「とほほ……」
イザベルの一言が彼女の心を一撃で打ち抜かれた。
「もう……いいです……」
心が折れたものの、仕事としてその部屋の片隅には残った。
彼女の存在はほとんど眼中には無かった。
横須賀基地・出入口。
「ここに……皆が……」
横須賀基地内にサイレンが鳴り響く。
「うわっ!」
心を折られ、椅子の上で寝ていた女性隊員が居眠りをしていたところだった。
サイレンで起こされた。
「緊急! 緊急! 塔内部に液体が発生した模様。直ちに化学班を派遣ス。繰り返す! 塔内部に液体が発生した模様。直ちに化学班を派遣ス」
「え~こんな時に~どうしよ~」
女性隊員が困っている様子だった。
「どうしたんですか?」
ピエールが困っている様子の女性隊員に声をかける。
「じ、実は……」
三十分後。
「でっでは、行ってきまする!」
女性隊員は部屋の中で心が折れていた精神状態から一気にいつもの口調戻った。三人はあの話し方が普段の彼女なのだろうと聞いて見ていた。
「出ていく時。完全に仕事を忘れていそうな顔だったな」
「まあ。しょうがない。あいつを相手にするとたかが外れた姿と表情になる事は誰でもあることだ」
「あれ? それならあたし達は」
「なんでもないんだろう」
とても気分よく現地に着いた際に着用する防護服を片手に女性隊員は部屋を後にした。
「行ってらっしゃい!」
いつも爽やかでカッコいいピエールがさらに艶がかっている。色のある華やかな男に女性隊員の目からは見えてしまっていた。
また出発した他の隊員や見送っていた隊員までもがピエールから溢れる癒しと乙女心をくすぐる甘いマスクに魅了されてしまっていた。
少し距離のあるところから見ていた同僚二人からは嫌悪なオーラを漂わせていた。
「あ~ら、ピエールまたやらかしたな」
イザベルは半分開きの死んだ目をしてピエールの方を向いて言った。
「これは帰ってきたら、書類を書かせて希和の手作りご飯を三食食わせないとな」
チェンヤオの目の奥では真っ赤に染まった殺意ともとれる視線がピエールの下に向けられていた。
ピーエルは決して女性隊員を堕としたわけではないが、自分達の事は自分達で情報管理をするので、気にする事なく女性隊員へ伝えたはずだった。
どのタイミングで一体、ピエールのろくでもない沼に嵌ったのか全く分からなかった。
ピエールの周りに溢れる沼はイザベルとチェンヤオやその他の同僚達の視点にしか見る事ができない。その条件としては彼を目の前にしても目の色が変わったり、鼓動がきゅんきゅんしなかったりする人の事だ。
だがこれだけ確実として言えるのは、ピエールの沼に嵌ったら抜け出せない。
抜け出せなかった者達は人知れず、彼からやその周辺から知らずしらずのうちに気づかれるのだった。
それはまだ先の話。
部屋に戻ってくるピエールを前に二人は話を続ける。
「そして、いつもと変わらずに戻ってくる、と。何か変な感じだな」
「ん? どうかした」
「いや、別に」
「お前は色々とフラグを立てすぎだ」
「何の事?」
たまに抜けているところも誰かを擽るのだろう。
固いコンクリートの路面を足早に走る音。
「はっはっはっはっ……ははははは……はっ、はっはっはっ」
激しく息を上がるが、足は止まる事は無い。
作戦に侵入する者としても医療従事者の立場としても全く関係の無い人物が一人基地を走る。
目と鼻の先にいつもいる三人が立っている。
三人は沿岸の水平線を目の前に談笑している様子だった。
「こっここに……いたんだね……」
少女はここにいてはいけないと知りながら、彼らとそして塔にいる作戦隊員達に伝えなければならない。
何の根拠もない使命感に駆られている。
全速力で走って来た彼女は三人を目の前にした途端に減速する。
ピエールは彼女の存在に気づく。遠く離れた横須賀に来る事もない。そう思っていた。だが確実に閏間 希和子は目の前にいる。
彼女は大きく呼吸をして襞に両手を支えていた。
三人はどうやって来たのかも分からない閏間 希和子が目の前にいる事に驚きを隠せずにいた。
厳重な警備の場所に子供が絶対に入ってはいけない。国家機密だらけの場所。それが軍事基地。絶対に入る事などできない部外者の希和子。彼女が来てから追いかけて来た警備員は三人のところまでも来た。
「こらこら、部外者は――」
海軍隊員の一人は希和子を注意する。チェンヤオは軽く左腕を前に出した。
「ちょっと、待ってあげてください」
ピエールは膝を折り屈む。
「よく入ってこられたね」
叱る事はなく、施設内に入ってこられた事を感心した。
希和子はかけていたショルダーバッグから一通の手紙を出した。
「この書類が……家のポストに入っていて……」そこには鳳凰の印が刻みこまれていた。
「私もここに来たかった……」希和子は目が充血していた。
ピエールはしゃがみ希和子の顔を伺った。
「何があったの?」変わらず優しい声で希和子に聞いた。
「うっ嘘だと言い……けど、口に出さずにはいられなかった……」
希和子は涙を流し鼻声になりながら言った。
来ていた服の淵を握りしめ、勇気を出して言葉にする。
「みっ、皆が……皆が死んじゃう!」
それは直後の事だった。
辺りが急に光輝き始め、目を開けていられないほどの輝きだった。
暫く、目を開いていられなかった。ピエール達は腕や手を覆いかぶさり、目を保護した。
光は一分ほど続いた。
収まったと思った海岸にいた人々は辺りを見渡した。
そこには、塔にいたはずの隊員達がそこら中に倒れていた。
「わぁ~お、大丈夫?」ピエールは落ち着いて声をかけた。
チェンヤオはとっさに倒れた人達の脈を図り、呼吸の確認など生存の確認を即座に始めた。
それは一緒にいるイザベルも一緒だった。
希和子も戸惑う事なくそれに手伝う。
「脈は正常。そこの人。今すぐ軍医と看護師達を読んでください」
チェンヤオは隊員に軍の医療関係者を呼ぶようにお願いをする。
「はっ……」隊員は慌てていた。
彼にチェンヤオは一石を投じる。
「早く!」
「はっはははっ、はい!」
隊員は慌てふためいたが、この場合は頭脳より体が早く動くのは自然だった。
「うっ……。アテナ……。皆~」




