Episode 44
一日の授業が終わった。放課後、陰光大学の会議室に明かりが灯っている。
「先生、今日もお疲れ様です。どうぞ、お茶です」
陰光大学四年生のカレン・ルイーズ・オスマンはポットからお湯を出し、急須からお茶を注いだ。
「ありがとうございます。カレンさん」
「いえいえ、メルタ先生」
二人のいる部屋に一人の女性が入って来た。
「あら、先生もういたんですか」
彼女の名前はナタリー・ベヴィス・アンダーソン。陰光大学リベラルアーツ学群史学系講師をしている。専門は古代ヨーロッパ。
「カレンはともかく副校長としての仕事が詰まっているのでは……」
「それなら、問題ないわ。私は事務作業を人の倍以上は早く進める事ができるもの」
「そういえば、そうでしたね……」
ナタリーはドン引きという名の愛想笑いをした。
数人が会議室に入って来た。
入ってきた全員が学校関係者でありながら、中高で起こった生徒達の気絶や失神の詳しい話を聞いて情報を目にしている者達。
十人程度が集まった室内で、メルタは周りを囲うように設置された机のホワイトボード真後ろに構えた席にいた。
全員が席に着く。メルタは立ち上がり口を開いた。
「それでは、先日起こった生徒達の気絶など中学高校で起こった事件について今後の方針と対策について意見交換させていただきたいと思います」
進行を兼任してメルタが会を進めている。
「では、生徒達の聞き取り調査などを基に石の影響についてまとめた資料をお配りします」
メルタは左右に人数分の資料を流してもらうように渡す。
「へぇ~これはこれは」
ナタリーは配布された資料を興味深そうに読んでいた。
「結構、皆バラバラで非常に面白いものが見られますね」
一人の会議の参加者は頬を浮き上がらせて言った。
「しかし病院側にもそろそろ感づかれるのは時間の問題なので、公表するのか。そのまま無言を貫くのか」
会議の参加者である付属陰光中学二年い組の担任。サーシャは今後中学高校外から学校関係者やその他から情報が洩れる事を懸念した。
「判断は難しいですね」
カレンもその心配があると予想をしている。それはこの会議に参加し、ある程度の情報を知りえる者達は最悪の状況を想定していた。
メルタは話を続ける。
「大丈夫とも、現在は言い切れないわ。私達の与えられた今の状況では、これが限界。第一の選定はある程度終わりにかけているわ……。あとは……」
「けど、それはそちらの教師方とうちの関係者が中心となって事は進む予定ですから」
カレンは事前に計画されていた授業内容の一部に構成として関わっている。
その場には実際に本年度から現場の指導に関わる教師もいた。
「そうね……。でも、ちょっと心配する事があるわ」
メルタは中学の副校長の職に就いている。
中学の内情は直に理解しているが、付属学校である高校の状況も事細かに耳に入っている。
彼女や現場で指導をしている立場にあるサーシャは、校内の信じ難い状況に生徒達を心配していた。
昨年にあった水泳の授業や校内外活動から始まった生徒達の気絶事件は現在にまで続いているのにもかかわらず、悪い噂や陰謀論的な事を聞いていなかった。
「まずこれだけ倒れてもおかしいと皆思っていいはずなのに、その事が私達の耳に入らない今の状況をなんというか……」
サーシャも水泳の授業で倒れた翌日の様子は非常に落ち着いていたものに感じた。
「まあ、私も時間に余裕が出来たら校内を回って生徒達の様子を伺うつもりなので、一先ずは様子を見ましょう」
メルタと会議参加者達は今後の付属陰光中学・高校に通学する生徒達のサポートを徹底するように結論としてまとまった。
アテナが週末に倒れた翌日の事。
陰光大学医学部付属病院の一角で看護師など夜間医療を担当する医療チームと一緒に引き継ぎのミーティングが行われていた。
「それでは、引継ぎを終わります」
ミーティングのリーダーを務めた内科医師の黃 哲堯は搬送された患者達の情報を伝え引継ぎを終えた。
「先生、お疲れさまでした」
夜間へ引き継いだ看護師達はミーティング室を後にするチェンへ一礼をした。
(はぁ~仕事はまだまだ終わらないんだがな)
チェンはそのままの足でデスクのある部屋へ向かった。
「お~チェン乙~」
そこにはソファに座り私服姿でテレビを見ていた同僚のイザベルがいた。
部屋中には挽きたてのコーヒーの香ばしい香りが広がっていた。
彼女が用意したカップ一杯分を作っている最中だからだ。
「仕事関係だけど、残業代は出ないから覚悟しておけよ」
「分かっているさ」
チェンはため息交じりの心を交じり合わせて言葉を発した。
廊下を移動中に白衣を脱いでい達ェンはネクタイを解き、手首と首元のボタンを外していた。
「とりあえず、チェンも私服に着替えて来な。ピエールも着替えてこっち来るって」
イザベルに勧められ更衣室へ移動した。
二十分後。
私服へ着替えを終え達ェンは荷物を持って、イザベルの待つ医師達の休憩場所へ向かった。
「お! 揃ったな」
「お疲れ様、チェン」
「ああ」
チェン、イザベル、ピエール。三人はこれまで陰光大学教育学部付属陰光中学・高校内で倒れ救急搬送された生徒達のカルテを照らし合わせていた。
資料を広げテーブルいっぱいに広がった姿を見たイザベルは一番先に口を開いた。
「ねえ、皆。これまで学校側から何か報告あった~?」
「全くだ」チェンは言った。
「いいや。ねえ、一番学校側と近いんじゃなかったの?」
イザベルはピエールの方を向いた。それはチェンも同時だった。
「そうなんだけど、そうじゃない。副校長と親戚関係があるって言っても、遠いとおい親戚なんだよ。それに、僕の親とかの関係もどこから繋がってどこへ行くのかも不明。いや~ここで親戚の力を発揮できないのは僕の人脈と内向的な性格のせいだね」
ピエールは自分の不甲斐なさにもはや笑いがこみ上げてしまい、左手で自分の後頭部を掻いた。
ピエールの事情と今回の対応にチェンはため息をついた。
「こればっかりは仕方がない。しかしこれまで多くの生徒達が搬送されてきて、我々もデータを得られた。原因が人体からのものではないからだ」
「まあ。学校の情報統制されている中でも、これだけは向こうに渡せないからな」
イザベルはファイルの一部を卓上に叩いた。
「なんで僕達、運営が同じなのに敵対関係みたいな構図になっているんだろうね」
ピエールは今の状況を虚しく思った。
その日、仕事後に集まって会議をした付属中学・高校の件については三十分程で解散となった。
帰宅したピエールはシャワーを浴び一日の汚れを落とした。
夕食はいつもの通り希和子が用意した温かい食事。
ピエールは社会人としての仕事を終え、自室で仕事外に集めた資料を漁っていた。
本棚には医療系の専門書。対して机の上には呪術や呪い。伝承など多岐にわたる。本が何冊にも重なりアパート一棟が立たっていた。
ピエールは仮定をいくつか出していた。今回の事件について身体や肉体が原因とするには強い根拠が検査や問診では得られていない。脳神経外科としての考えに限界を感じていた。
親族の関係でこの世界のものではないものと繋がっているなどの話を幼い頃に薄々聞いていた。
まだ解明されていない内容が多く、医師としても鵜呑みにしてはいけないと理性を働かせる。
だが情報として頭の片隅には入らなければならなかった。
それはあくまで自分の感覚の元でだった。
「コンコンコン」部屋のドアがノックされた。
「どうぞ~」返事をする。扉を開けたのは希和子だった。
ピエールの自宅にいるのは家主のピエールと希和子しかいないため、入ってくるのが希和子なのは必然だった。
「あの、お話が……」




