Episode 42
「ん……。はっはぁ~」
口を大きく開ける。久々に空気を大きく吸って吐いて。やっと呼吸をする。
瞼を閉じても分かる外からの光。西日と呼ぶにはすっかりと春めいた終業式だった日。
そうだ。今日はそういう日。だが体や瞼はまだ開いていない。
夢の中なのか、現実なのか。
それよりもまず、自分の身について重大な状態となっているのか。
それとも大丈夫なのか。
アテナ自身の感覚で意識が曖昧な今は、そのような事も考える事も本の小さな事だった。
結論として良く寝たという気分の良い状態になっていた。
アテナは暫くして、目が覚めた。
目の前には白く丸の凹が均等にある天井。
左右横にはよく医療ドラマで見る薄い青色をしたカーテンがかけられていた。
「失礼します。あっ、起きましたね。気分はどうですか?」
目の前に現れたのは、一人の看護師。
「あっ、はい。多分、大丈夫です。あっ、あのこっここは?」
学校からどこかへ移動したのだろう。恐らく今いる場所が病院だろうという事は目の前にいる看護師の存在から分かる。
だが病院と名前の付くこの場所の名前が分からなかった。
看護師に聞く。
「ここは皆さんの通っている陰光中学と同じ運営の陰光大学医学部付属病院ですよ。同じクラスの方も起きているので、身支度を整えたら待合室に移動してください」
「はっ、はい」
アテナは患者達が着る患者用の服から学校にいる時まで着ていた制服に着替える。
鏡で自分の姿を見る。瞼に多少の目ヤニが付いている。水道水の蛇口を捻る。さっと取るとようやく目覚めたという気分になる。櫛も手元にないのでやむなく手櫛で髪を梳かす。
「よし」
身支度を済ませたアテナは付属陰光中学一年い組が集まる同フロアの待合室へ向かった。
「えっとー待合室はあそこを右に曲がって……」
アテナは天井から中吊りされているフロアの案内板を頼りに待合室へ向かう。
目的地に向かう道中、アテナは病院の設備に感心していた。
以前、ルーム長のエレンが言っていた事を思い出す。
陰光大学とその関連する地域には大きな病院が無い。
夜中の急患となれば即刻当病院に運ばれる。
そして小学校から大学まで児童・生徒達は定期健診を系列の大学病院関係者の主導で行われる。
アテナは大学内部の事を知る由もない。
児童・生徒達にとっては地理的に近い系列で済ませられるのは便利だと思った。
エレベーターを横切った時に見た五階という文字をすり抜ける。
歩みを進めるにつれて、若い声が少々聞こえてきた。
最後に右へ曲がると目の前には大勢のクラスメイト達がいた。
「エレン。寝てる時に寝言でやっやめてください、おじい様~って、うなされているエレン見てめっちゃ面白かったな」
「そっそんなわけないでしょ! まあ、自分でもおじい様に詰め寄られている夢を見た事は本当だけど……。そういう、ミツキはどうなのよ」
「不思議な事にいつも夢を見た感じはあるけど、いつも覚えていない。けど、今回は特別に覚えていてね~まあ、あまり口にはしたくはない内容だけど……」
「私はね、沢山のイルカちゃんとかと泳いだんだ~」
「それはいつもの事でしょ。サーカは?」
「そっそれは、もう! すっごい事になっていたわ」
サーカは鼻息を荒くし顔を赤める。両手を拳に変え力強く興奮交じりで話した。
三人はこれ以上話を聞くと公共の場で話すにはかなりアウトな内容になりそうだと思った。ここで見た事の話は強制的に終わる。
「あっ、アテナだ」
ミツキは近づいてくるアテナの存在に気付いた。
「アテナちゃん、大丈夫?」
「うん。元気だよ。皆は?」
「検査に問題は無いって」
「バンくん。まだ起きてないけど、健康状態に問題は無いって看護師さんが言ってたよ」
トリンドルは他の仲間の状況を説明する。
「あれ、慧くんは?」
アテナがいつも自分達のグループに一緒にいる金城 慧の姿がない事に気づく。
「あ~それがね。慧と数人は倒れなかったんだって。まあ、運ぶのに手伝ってくれた事は感謝するけど、それにしてもズルいよね!」
ミツキは友人であり、ライバル関係である金城慧がグループの中で唯一倒れる事の無かった人物だった事に少々羨ましく思っていた。
アテナはあたりを見渡した。
「そうなんだ。でも、一年い組の皆はほとんどいるね」
「あ~その事なんだけど、どうやら、中学のい組は一年から三年までほとんど倒れて、高校の方もい組の生徒はほとんど倒れたらしいよ」
ミツキは軽い口調で言った。
「えっ、なんか気味が悪い」
しかし高校生達は数分の間だけ倒れたのみで、十分程経過した後はすぐに立ち上がった。
中学もい組の三年生達は一時倒れた生徒達で式典がストップしてしまった。
幸い卒業式当日だったため、途中となっていた式典は対策のために各クラスで行われた。
中高、各クラスには医師数人と看護師達が陰光大学医学部付属病院から派遣された医療従事者によって支えられた。
式終了後も多くの生徒達が倒れた為、後々精密検査を受ける事となった。
後日。
再び起こった生徒達の一斉に倒れた件について医師達は定期的に検査をする事を学校主導で進めて欲しいと打診された。
中高の教師達はその話を飲み、新学期開始前に付属病院にて精密検査を行った。
数日後。
定期検査の結果を全体で説明するという話となった。
二年生へ進級後に使う教室を掃除した後。
病院の会議室のまま、一クラス単位で説明を受ける。
会議室の設営は既に完了しており、ドラマで見た大物の手術で病名や術式などの作戦を立てるような部屋に似ていると感じた。
椅子はホワイトボードや映し出されるプレゼンテーションを映し出すシートを向くように多く置かれていた。
生徒達は荷物を持ち、学校の新年度開始前に掃除をした足でそのまま病院へ向かった。
各座席は特に決められていないという話だった。
その代わりに前に詰めて座るというルールがあるため、アテナ達も率先して前に座って行った。
前方のテーブルには続々と重々しい資料達やノートパソコンが置かれていった。
生徒達も座り、当件に関する医師達が前方へやって来た。
短髪で黒髪の男性医師がマイクを持った。
「えー、皆さん。お忙しい中、お集まりいただきましてありがとうございます。今回、皆さんの検査を主導させていただきました。内科医師の黃哲堯です。読みにくかったらチェンでいいですので、よろしくお願いします」
チェンはマイクを卓上へ置いた。
隣にいる茶髪の男性医師がマイクを手にした。
「はい、脳神経外科のピエール・ド・アズナヴールです。皆さんが寝ている間に検査させてもらいました。報告が遅れてすみません。結果も含めてこちらで報告させていただきます」
各医師達の自己紹介が終わり、話し手はピエールからチャンへ進行が移った。
「特に大きな問題というのは今回の件に関しては無かったので、クラス単位で説明する事にしました。気になる事があれば、会終了の後、聞きに来てください」
チェンは淡々と情報説明をする。
医師達は身体に悪いものなどが無ければこれ以上、検査しても意味が無いと感じていた。
しかし去年の夏くらいから多くの生徒達が気絶して搬送されていく姿を見て、違和感を診察する医師達も拭い切る事は出来なかった。
何か外敵な影響があるのではないか。デビデンスを求めて近づきすぎず離れすぎない距離感を保ちたい。
チェンはこの件を気に学校へ健康状態を管理する医療チームを結成すると発表した。
既に活動は進んでおり、それは学校側にも双方情報共有し収集をしていた。
「今後も度々検査にご協力をお願いする事があると思いますが、生徒の皆さんを大きな事故などに巻き込みたくはないです。回避するためにも協力をお願いしたいと思います」
説明会は一時間で終わった。
全体で質問の受付と回答などの対応を行った後も数人の生徒達は医師の元まで向かい話を聞きに行っていた。
「なんか、これからめちゃめちゃ管理されるみたいでなんか気持ち悪いし、それにい組の生徒達が倒れているから気味悪いよね」
ミツキが説明を経て、気分の悪いと感じる感想を抱いていた。
「仕方がないわ。でも、私達は悪い事をしていない。けど、そうね。このような事が度々起こるのであれば、今後の生活に支障が起こりかねない」
エレンは今後の生活への不安を露呈させた。通常の授業も部活も家での生活も規制される可能性。未成年の人間に頼むような事でも無い程の要求を突きつける原因は何なのか。
ルーム長というクラスを取りまとめる立場からも原因を早く究明したかった。
「皆、ちょっといいかな」
会場内で溜まっていたアテナ達に後ろから声をかけた男性がいた。
それは脳神経外科医師のピエール・ド・アズナヴール。
先ほど前方で脳への影響について話していた異国の顔立ちが混じった男性だ。
「なんでしょうか」
エレンが答える。
「いや~質問攻めとかにしようとはしていないんだけど……。君達さっき、待合室で何か夢を見たって言っていたでしょ」
慧は不思議に思った。
「はいそうですけど……、それが何か?」
「実はさ、僕達これからの事を考えて研究の一環で夢について事例を集めているんだけど、その手助けをしていくれないかな」
アテナ達は少々悩んだ。
「外部に公開しないのであれば、構いません」
エレンは代表して言った。
「いいのかい! ありがとう~」
ピエールはサーシャに許可を得た上で研究に協力するという事になった。
暫く、サーシャを通してピエールやチェンなどの研究チームとの連絡先を教えあった。
連絡はプライベートの場所では行わず、校内や院内で行う事になった。
今回の生徒達の気絶の件は両者とも公にするのは避けたいとし、学校と病院の一部の者しか知らない。
付属陰光中学の会議室には一年い組のラレス・サーシャと副校長のメルタ・エーマン。
その他今回の件に関係する一部の教員が会議をしていた。
「今後、万が一に備えて病院間でも我が校は専門家と共に密な協力をします。ここにいない先生方も含めて全力で生徒達のケアを行っていきましょう」
「\\\\\はい/////」
短時間で行われた会議の後サーシャとメルタは会議室に残っていた。
問題が山積みの新年度について話合っていた。
サーシャは椅子に座った状態で副校長のメルタに言った。
「副校長、マリンにはこの事を離さなくてもよろしいのですか?」
メルタは中庭にいる生徒達を見ながら言った。
「彼女は不安があるとすぐに他人にこぼしてしまうので、何かあれば私達に報告するように日頃から促しておきましょう」
マリンは図書館司書という立場から養護教諭と一緒に生徒達の生活などのケアを行うように話をつけようと計画していた。
メルタは続ける。
「まだ、言う時ではない。今後どのような事態においてもあの方から打ち出されている計画から外れたところで打ち明ける事はないでしょう。恐らく、想定されているルートから彼らは外れた事はしないとは思いますが……」
サーシャは言った。
「もし、想定外の事態になれば、私達は独自で動くしか」
「その前にあの方は何かやってくるだろう。動かなければ私達の戦いは序盤を迎えないまま終わる。そのためにも私達はここでやらなければならない」
メルタは空を見上げた。険しい顔のままで。




