Episode 27
テスト翌日。
体育の授業では、臨海学校を安全に過ごす為に水泳の授業が行われる。
陰光大学教育学部付属陰光中学の臨海学校は学年ごとに実施される場所が違う。
学校行事の中でも一学年がクラス同士で交流ができる貴重な行事だ。
一年は静岡。二年は沖縄。三年はハワイまたは、グアム。
プールを超える深さまで入らないよう学校側でも規制を行い、監視活動や注意喚起をする。
自然が相手のため、何が起こるか分からないという気持ちで臨海学校を行っている。
体育の授業内である程度水泳の技術が得られていない場合、体育教員からの判断で海へ入水する事ができない。
許可が降りなかった生徒は宿泊先のホテルで自主学習や浜辺でゴミ拾いのボランティア活動。または学校で自主学習をする。
実際に、最後の最後まで水泳ができなかった事があった。
奇跡的にも悪天候という海を楽しもうとしていた生徒達にとって期待が崩れた瞬間だった。しかし水泳の課題をクリアできなかった生徒にとっては願ってもいないチャンスであり、唯一同級生と臨海学校という行事が楽しい思い出になった瞬間だった。
結果的に宿泊先で工作や散策、近くの海鮮の加工を行っている工場でボランティア活動を行った。
一年い組の体育教師曰く、雨女や雨男がいなければ百パーセント晴れるという事らしい。
ひとまず、水泳の技術は息継ぎだけでも習得しなければならない。
水泳が苦手なアテナやサーカ達は水泳部員と経験者がコーチ役となって集中的に特訓を受ける。
水泳部員のトリンドルは率先して二人の前に来た。
「アテナちゃん、サーカちゃん。皆で楽しい中学一年生の夏を楽しむためにも、頑張ろうー」
「「おー‼」」
二人を一人で相手にして特訓が始まる。
「と、言ったものの……」
「ぶぁ、うぇ! 水飲んだー」
水に馴れるようにしているが、二人は死ぬ寸前の顔でプールに何度も入っていく。
「でも、今の良かったよ。アテナちゃんはもう少し息継ぎのタイミングを早めて」
「はい!」
「ああぁぁ~れえぇぇ~」
(着物の帯を解く時以外、そのセリフを初めて聞いたような気がしたような)
一人黙々と泳ぐミツキは水中にいても分かるような声を耳にした。
「サーカちゃんはクロールのスピードを速めて」
「分かったわ~」
授業の終わりが近づき、二人は縁に座る。
「「は~」」
「習得まではなかなかハードだね」
「腕が捥げてしまいそうだわ」
「二人とも練習を重ねれば確実に上達するから、私がきちんと見るから頑張ろう‼」
熱心な指導に水泳部員の友人に頭が下がる。
「ありがとう、トリンドルちゃん。なんか、水泳の事になると一回りも二回りも大きく見えるよ」
「そうね~。まるで巨人のようだわ」
「なんかそれ、茶化してない?」
二人が自分をからかっているように聞こえた。
トリンドルは眉を顰める。
「それだけ、トリンドルを信頼しているって事だよ」
「ミツキちゃん、あれ? 授業中にいた?」
「いたよ~。隣のレーンでめちゃくちゃ泳いでたよ」
「ほんと、何かに追われているような。いや、ボートレースのボート並みの飛沫だったわ」
エレンがミツキの練習状況を事細かに報告した。
「ほんとおぉ~、それほどでもおぉ~」
ミツキは後頭部をかき照れる。
「あまり褒めてないんだけどね。練習もそうだけど、運動部のエースが腕故障しては学校の命運にも関わるから。気をつけなさいよ」
「大丈夫だよ。ちゃんと、スポーツドクターに定期健診には言ってるから」
「そうだよ。球技をしてるひとがボート並みの走行だなんて、ミツキちゃんの腕が捥げるどころじゃなくなっちゃうよ」
「そんな~。私の腕が捥げるは練習の質が違うのよ」
「質って、あるのかしら……」
アテナ達のミツキに対する底知れぬ体力と体の構造への謎がまた増えたような気がした。
午後の授業。
「それでは、テストを返しますので名前を呼ばれたら、取りに来てください」
「アテナ・ヴァルツコップさん」
「はい!」
「エレン・クピードー・ジョンソンさん」
「はい」
「金城 慧さん」
「はい」
「サーカ・キューバスさん」「トリンドル・クリア・ウォータルさん」「バン・ヘルメスさん」「ミツキ・ペーターさん」
次々に一年い組の生徒が呼ばれていく。
「以上で、返却を終了します。採点ミスがあれば、後日の担当別の教科担任の先生方に申し出て下さい」
「は~。良かった」
「アテナちゃん、結果良かったのね」
「ほんとだよ。サーカちゃんは?」
「もちろん。文化系はここで力を発揮しないと。トリンドルちゃんとミツキちゃんどうなったかしら」
二人はトリンドルの方を向いた。
視線に気づいたのか。トリンドルはピースサインをした。
「どうやら、大丈夫だったようね」
「うん!」
続いて、帰宅まで付きっ切りでテスト勉強をしたミツキの成績が気になる。
「なんか。手、震えてないかな?」
「ほんと、具合悪いのかしら?」
「もしかしたら、点数が悪かったとか」
二人は心配する。
休み時間。
エレンがミツキのもとへやってきた。
「残念ね。あなたはここまでだったのよ」
「あ~。今まで……、ありがとうな……」
まさか、ミツキが強制退学するほどの点数を取ってしまったのではないか。
アテナとサーカが心配してやってきた。
「ミツキちゃ~ん」
「大丈夫?」
「うん……、大丈夫」
「本当に?」
「うん……」
「エレンちゃん、どうしよう! このままじゃ、ミツキちゃんが……、この中学からいなくなっちゃうよ!」
「うん? 何か勘違いしていないかな。二人とも」
「「えっ?」」
二人の頭からは大きなクエスチョンマークが頭から飛び出た。
「ミツキがこんな忙しいのに、点数ボロボロな訳ないわ。ただ、暇で端っこの方に描いた落書きを消さなくって、余計に減点を受けたからギリギリの点数だった事で言っていたのよ」
「なぁ~んだ。でも、落書きなんて。一体どんなものを――えっ……」
アテナは言葉を失った。ミツキの落書きはとてもくだらないものだった。
国語はおやじギャグ。英語はダジャレ。社会科は□ョ●〇ン△木というとても人気のある芸人さんのネタを歴史の偉人で描いていたそう。
その他にも、社会科は何かとネタになる事があったそうで、事細かくコメントが社会科担任からコメントを書かれていた。
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ペーターさん、いつも話題のネタを教えてくれてありがとう。
これからも、点数はあげないけど流行に疎いから色々と教えてね。
By 流行に乗らない僕。
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翌日。
プールには、泡を立てて進む女子生徒が一人腕を大きく動かしている。
「ぷはっ! ぷはっ!」
「いい調子だよ。アテナちゃん」
上達した泳ぎを見せ、縁に捕まる。
「ありがとう、トリンドルちゃん」
「おりゃおりゃおりゃああああああぁぁぁぁぁぁ!」
「レール内を爆走しないの、ミツキ!」
エレンがミツキに注意をした後、泳ぎが落ち着いた。
二つのレーン同士でほぼ同じ距離で泳いでいる男子生徒二人がいた。
「ぷはっ、ぷはっ」
「いい調子だよ、バン」
「そっちこそ、慧」
笛の高い音が聞こえる。
「終了! 今日はここまで」
「「「「「ありがとうございました‼」」」」」
二週間後。
アテナとサーカは体育の授業にみっちりと水泳部員からマンツーマンで練習を受けた。
「うん! アテナちゃん。もう、私のコーチングが無くても一人前だね」
「本当? ありがとう」
アテナは日に日に上達していった。
息継ぎが難しいと言っていた彼女にとって、水泳に対する壁と感じるものではなくなった。
泳ぎのレパートリーを増やそうと、クロール以外にも様々な泳ぎ方にも水泳の授業実施期間内にできるだけ上達するように練習し始めた。
「アテナ。これで私と鮭取りができるね」
「えっ、それって川でやる……、あっ。海にいるか、えっ、でもやらないよ!」
「アテナちゃんが完全に真に受けてしまったじゃない。川にも海にも魚釣りなんてしないわよ」
「そんな~」
「宿泊先とかの食事で我慢しなさい」
「は~い」
ミツキは旅行先での行動を軽く注意された。彼女はクラスのムードメーカーでありトラブルメーカーだ。
離れたプールサイドから物々しい空気が漂い始めた。
「大丈夫?」
「助けなきゃ‼」
「こっちもだ」
「医務室……。いや、附属病院に連絡して‼」
近くにいたトリンドルにエレンが話しかけた。
「どうしたの?」
「あっ、急に溺れた人達がいて……」
「大丈夫。一旦、皆を上がらせよう」
エレンは他クラスのルーム長と指揮を執る。
「\\\\\\皆、一旦プールサイドに集まって‼ い組は東サイドプール‼//////」
「\\\\\\に組は西サイドに集まれ‼ //////」
生徒たちはルーム長達の指示に従い、速やかに整列した。
程なくして、陰光大学医学部付属病院の方から多くの医師、看護師が来た。
「状態確認――。意識はあります」「運ぶぞ!」「一、二、の三!」
「ガラガラガラ」
医療従事者の速やかな行動は凄まじいものだった。
「すまない。もうすぐ時間だから、今日はこれまで!」
「\\\\\\ありがとうございました//////」
「あと、先生達がきちんと診てるから余計な心配はしないように!」
「\\\はい///」
ほぼ同時刻にプールに溺れるのは生徒達には非常に不可解に感じた。
それは、教員たちも同じ感覚を感じた。
医師達のたまり場には憩いの場であり、他分野の医師達と意見を交える場でもある。
壁に貼られたカルテと数字や症状がまとめられた紙の壁を見る。
「うちの生徒は五人」
「他はゼロか……」
中学い組以外の生徒たちに体育中に溺れたという事例は起こっていない。
高校のい組も授業中に気絶したという話が何件か起こっていた。
い組の生徒。唯一他クラスで高校一年ろ組の一色 大樹と中学三年ろ組一色 春奈の一色兄妹。
休み時間に入っているにもかかわらず、一人の医師は院内のミーティングスペースで各生徒のカルテを見ていた。
(何か変な違和感がある……。い組から数人の生徒とろ組の兄妹が溺れる気絶の症状……)
「何見てるの?」
「あっ、患者のカルテを勝手に見るな。ピエール」
「おっと、ごめんごめん。でも、何か違和感ない?」
「まぁ、な」
黒髪、短髪の彼は黃 哲堯。陰光大学医学部付属病院で内科の医師として勤務をしている。
もう一人は同じく陰光大学医学部付属病院で脳神経外科医師のピエール・ド・アズナヴール。栗毛でくせ毛がかかった髪と顔も美しい彼を見た患者は皆、虜となる。
「こうも。立て続けにこれだけ来ると、怪しむよね」
「一応、今回は学校の授業時間内に起こった。念のため、担当教員からも話は聞く必要があるな」
「まぁ脳は問題ないようだし。大丈夫そうだったら、今日は家に帰宅してもらう?」
「そうだな」
「じゃぁ、僕は副校長に連絡しとくね」
「頼む」
体育の授業後。
アテナ達は教室へ戻り、授業を受けた。
担任のサーシャからも検査後に特に異常はないと報告を受けた。
「皆、心配なのは一緒。報告では皆今日中に帰宅できるそうだから、過度に心配しないように。今は自分たちの役割を行いましょう」
「「「はい」」」
アテナ達女子五人はお互いの力不足を励ましあった。
「良かったね。皆、怪我とか無いって」
「ほんと、まぁ。誰かが悪いという事はないけれど、気持ちが落ち込むわね。ルーム長としてもっと、皆を気遣わなくっちゃ」
「あまり無理しないで、エレン。よくやってるよ」
「そうだよ。こっちこそ、水泳部員なのに……」
「今後もその可能性があるかもしれないから、私達で気を付けましょう」
「そう……よね」
「楽しい臨海学校にしよう」
ミツキはエレンの手をそっと握った。
「もしもし、メルタさん」
「あら、ピエールどうしたの?」
「生徒達の状況報告。まぁ事務室に言ってもいいんだけど、個人情報だから……ね」
「気を使ってくれて感謝するわ」
「皆。体調に問題はないから、このまま帰宅してもらう」
「そうね。もう学校も終わってしまうし、構わないわ」
「あと、診断した医師が今まで学内外の活動で何をやったか教えてほしいって」
「分かったわ。日程の方は後日」
「あともう一個。今日の事、もしかして本当の事を知っているんじゃ――」
「何の事?」
「ないよね~」
「それじゃあ、ありがとう」
「いいえ、どういたしまして」
(本当に何にもないといいけど……)
アテナ、ミツキ、慧は水泳の授業で溺れた生徒を迎えに行こうと附属病院へ向かった。
「すいません。付属中学一年い組の人はいますか?」
「あ~、今部屋を出たそうですよ。エントランスでお待ち下さい」
数分後。
「あ! 皆~」
「ダニエレく~ん」
「大丈夫?」
「うん! 大丈夫だよ。なんか、急にフラッてなっちゃって……」
ダニエレ・ディ・ラニエリ。彼もトリンドルと同じ水泳部員だ。普段は気絶などで倒れる事はない。
「病み上がりだから、あまり無理すんなよ」
「いや~。ほんと、気を付ける」
「トリンドルは部活?」
「そうだよ。トリンドルちゃんから、あまり急ぎすぎないようにと伝言があったよ」
「そっか、流石に今日は安静にしよう」
「途中まで一緒に帰るよ。俺達、帰り道一緒だろ」
「ああ」
アテナとミツキ、慧とダニエレで病院を後にした。




