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9 魔女の森


「うわっ」


 オレの瞑想が途切れた。



 っと。いけない挨拶忘れてた。

 ども。オレは竜王です。

 魔王様の側近だよ。


 なんかね、身に覚えのないおかしな記憶が自分の中にあるもんだからそれを掘り起こすためにちょっと瞑想してたんだけど…。


 しかしなんだこの記憶。

 これ、全然オレとは関係ないと思うんだけど。


 あの小屋にも行ったことないし。魔王様の研究室よりもずっと生活の場ってカンジだったな。


 でもあの『マリアさん』の顔は、魔王様だよね?

 リエルって誰だろう。

 視点がそいつだったようなんだけど…。


 いや、そんな場合じゃなかった。

 瞑想が途切れた理由はひとつだけ。


 魔王様がオレを呼んでるんだ。

 それは何よりも重要なことだから。

 全てにおいて優先する。


 戻らなくちゃ。


 続きはまた次の機会にしよう。




____________




「お呼びでしたか、魔王様」


 オレは魔王様の元に戻った。

 まあ一瞬で戻れますよ。


 目の前にいる魔王様は、あの記憶にある魔王様よりもずっとお若い。

 しっかしなんだよ仮の名前とはいえ『マリア』とか。

 センスないな。



「戻ったか。

 少し考えたんだが」


「なんでしょう」


「札幌に行かないか?

 人間のフリをして」


「はい?」


「食事をしに」



 というわけで、オレと魔王様は札幌まで来た。

 それで、なぜか二人で店に入ってラーメンをすすっている。



「うまいですね。

 以前本屋で街歩きガイドブック見たときに行きたいっていた店ですよね」


 目の前の魔王様もラーメンを美味そうに食べている。

 なんかシュールだな…。



「美味いな。ガイドブックには『しめパフェ』というのも載っていたな。

 できればそれも食べて行きたい」


「夜パフェ専門店ってのがあるそうですよね。

 でもオレら高校生だからなぁ。

 酒を出す店は入れてくれないと思うので入れる店は限られちゃうな」


「行けそうな店はチェックしてあるからそこへ行こう」


 …いや、いいんですよ?

 魔王様が楽しいなら何よりですけど。



「…オレと食べる食事は美味しいですか?」


 ふと、そんな言葉がオレの口から出た。


 あの変な記憶のせいだな。

『おまえと食べる飯は美味い気がする』魔王様がそんなことを言っていた。


 魔王様は少しだけ不思議そうな表情をする。


 ラーメンを食い終わって店を出る。

 次はパフェの店へ向かう。

 遊べる程度の金は持ってるよ。


 札幌の街は、クリスマスイルミネーションで彩られている。

 もうじきクリスマスだからね。


「派手だなぁ…」


 ふと店に飾ってあるクリスマスオーナメントを見た。

 クリスマスには定番の聖母の飾り。


「…マリア」 


 そういえば記憶の中の魔王様はその名前で呼ばれてたな。

 魔王様はオレのそんな呟きを聞いて微かに反応した。


 やっぱり魔王様に関する記憶なんだな、あれ。


 あの後、何があったんだろう。

 また今度、掘り起こさないと。


 ともかく夜パフェを食べますよ。

 食事の締めとして食べるから『しめパフェ』と言うらしい。

 

 甘いものがお好きな魔王様は、店でもとにかく大きいパフェを注文し夢中で食べている。

 オレはまあ、普通のサイズです。


 はたから見れば高校生のカップルがパフェにうつつを抜かしてるようにしか見えないだろうな。



「美味しいですか? 魔王様」


「素晴らしいな」



 とても楽しんでいる様子で何よりです。

 しかし、どうしてもオレは違和感が拭えない。

 

「魔王様、本当に人間を滅ぼすんですか?

 あなたがそれを望んでいるようには見えないんですが」


 オレがそう言うと、魔王様はくわえていたスプーンを口から離した。


「勿論だ。何のために長年研究し、こうして緻密に計画を立て人間に転生したと思っている。

 全ては人間を殲滅するためだ」


「でも人類を滅亡させちゃったらもうパフェも食べられないかもですよ」


「それはやむを得ない」


「本当は滅ぼしたくないんじゃないですか?」


「そんなことはない。滅ぼしたくてたまらない。

 圧倒的火力を持って一瞬で全てを終わらせるか、それとも人間に芽生えた希望を打ち砕きながらジワジワと絶望を味わわせて殺し尽くすか。

 考えるだけで胸が躍る」


 そう言って魔王様が暗い笑みを浮かべる。



「その割には、なかなか実行しないじゃないですか」


「完璧主義なだけさ」



 確かに魔王様は完璧主義なのかも知れないな。

 本気で人類を滅亡させるつもりがなければ、長い年月をかけてここまで執念深く計画を遂行することは普通あり得ないだろうし。



「ともかくパフェを食べよう。

 滅亡させてしまった後は食えないのだから」


 それもそうだね。

 お。ガラナ売ってる。

 買って帰ろっと。




______________




 あれから魔王様はまた魔王城に戻ると、どこからか持ち出してきた書籍を読みふけっておられる。

 多分どっかに保管していた魔王様の研究関連書籍なんだろうな。

 ちょっと見てみたけど、サッパリ意味が分からない。


 お邪魔するわけにもいかないし。

 とりあえず暫く用事もないようなので、例の記憶の掘り起こしの続きでもしようかな。

 やっぱりアレ、何か意味があるような気がしてならないんだよ。



 前回同様、魔王様の研究室に来た。

 小屋の修復をしたので、しばらくは地上の小屋も持つだろうね。

 地下へ続く縄梯子も新調したし、これでよしっと。


 ではまた地下で瞑想しますか。




______________





 僕、リエルは結局その後小屋から追い出されることもなく、日々は流れて行った。

 脱臼していた腕はすっかり治り、雪も溶け山は緑に染まった。


 ここでの暮らしは楽しいけれど。



「マリアさん、僕の国に一緒に来ない?」


 村での魔女の噂もある。

 ここで村の人の目を気にして生きるよりもいいかも。


 マリアさんは自分のことを『人間じゃない』なんて言ってたけど、多分そう思わされただけなんじゃないかな。

 ちょっと特殊な才能があったから。

 それで『魔女』扱いされちゃったんじゃないかなぁ。


 でも世界は広いし、僕らの知らないような人は大勢いる。

 この閉鎖された場所から出れば、自分が意外と普通だって思えるんじゃないだろうか。 



「僕は一人暮らしだし歓迎するよ。

 僕は薬局を開業するんだ。

 ときどきはふたりで出掛けたりして。

 きっと楽しいよ」


 マリアさんと一緒に生活するのはもう慣れたものだし、僕としてはこれからも一緒にいたいなと思ってるんだ。


 マリアさんも嬉しそうに笑った。


「いいな」


 そして僅かにその表情に影を落とした。


「逃れることが出来たなら…」


 それだけだった。

 僕にはその意味は分からなかった。




 マリアさんは毎日必ず小屋を出てどこかへ行っていた。

 以前のこともあるので一緒に行くとは言わない。

 小屋の付近で出来る仕事をして生活に貢献しているつもり。



 ふと、遠くに目をやると、煙が昇っているのが見えた。

 ここ以外に山小屋があるのかな。


 それほど距離はなさそうだし、ちょっと見に行ってみようかな。



 もう雪もないから、歩くのはそれほど大変なことではなかった。


 案の定、小さな小屋が建っているのを見つけた。

 さっきまで小屋から昇っていた煙は、気が付くと消えていた。


 意外にそこは遠くて、たどり着く頃にはもうだいぶ日が落ちてきている。

 戻ったら確実に途中で夜になってしまうよ。



『近くの小屋と思われる場所に行ってみる。

 遅くなっても心配しないで』と置手紙をしておいたから、マリアさんもそれほど心配しないでしょ。



 ドアはあっけなく開いた。

 中には何もなかった。


 ここで夜を越すしかないか。

 ランプを持ってきて良かった。


 ランプを照らして明るくなると、ふと床の木材の不自然な組み方に気が付いた。

 爪先でコツコツ叩いてみると、その部分の音が他と違う。


 どうやら下に空洞があるようだ。

 開けられるか試してみる。

 一か所に体重をかけるとてこの原理のように他方が開いた。


 狭く深い空洞。

 縄梯子が掛けられている。

 下りてみよう。


 部屋のような空間が広がっていた。


 壁一面に広がる本棚。

 それを埋め尽くしている大量の蔵書。

 そして別の面には液体の入った瓶のようなものが所狭しと並べられている棚があった。


 薬品かな。

 そういえばこの部屋、なんか薬品臭いな。


 とりあえず本を一冊手に取ってみる。


「この国の古い言語らしいな……。

 意味は…ほとんど分からない」


 ふと、何かを蹴飛ばした。

 明かりを向けてみる。


「頭蓋骨…人間のだ」



 そのとき、上からバタンと音が聞こえた。

 小屋のドアが開く音だと思う。

 ガツガツと乱暴に床の上を歩く音。

 そして縄梯子が軋む音。


 誰か来た。


「リエル、いるのか」


 マリアさんだった。


「探しに来てくれたんだ。ごめんね」


「それより、ここを見たんだな」


「あ…ここ、ひょっとしてマリアさんの小屋? なんだぁ」


 マリアさんは苦笑している。


「驚かないんだな。

 これなんて不気味じゃないか?」


 そう言って頭蓋骨をクルクルと指で回した。


「最初に死体探してるって言ってたじゃないか。

 大体僕は薬学研究者だよ?

人間の骨くらいで驚かないさ」


「そうか。しかしもう日も暮れた。

 ここで夜を明かそう」


 先ほどまでこの場所はひんやりとした空気が漂っていたけれど、なんだか暖かくなってきたな。

 ひょっとしてマリアさんが何かしたのかも。

 暖房設備を起動させたとか。



 マリアさんと肩を寄せ合って部屋の隅に座る。

 もちろんマリアさんは男性で、それは分かっているんだけど…。


 僕はマリアさんのこと、好きかも。

 その、恋愛対象として。


 いや、まあ、自分でもよく分からない。

 友情なのかもしれないし、プラトニックな感じかも。

 それでもいいや。


「以前、魔女の伝説について話したろう?」


 急にマリアさんにそう話し掛けられてビックリしちゃった。

 ちょっと変なことを考えてたから。


「あ、うんっ」


 声が上ずったかな。


「事実を知っているんだ。

 聞きたいか?」


「へえ、伝説の事実かぁ」


 こういうときに雑談を切り出すのはいつもは僕なので、マリアさんから話を振られるのは珍しい。

 聞かないわけがないよ。


「大体、200年ほど前のことらしい。

 あの村に一人の美しい女がいた」


 おお、美女の話か。

 ついマリアさんのことを思い浮かべちゃうな。


「人付き合いが苦手で村の外れに一人で住んでいた。

 魔術やら呪術やらと怪しげな研究に没頭しているという噂もあったということだ。

 確かに少々変わった趣味があったようだが、それ以外は普通の女だった」



 だが、この世のものとは思えないその美しさが禍した。


 年頃になると常に村の男達の好奇の目に晒され続け、特に両親が死に一人で暮らすようになると露骨な態度を示されるようになった。

 それでも何とか自衛しつつ生きていたが


 ある日の夜中、村の領主が酔って下僕の男達を引き連れその女の自宅へ押し入った。


 抵抗する女を殴り床に叩きつけ散々いたぶり慰み者にした。

 それが終わると下僕の男達にその女を与え、次々に女を犯した。


 そんな中でも女は必死に抵抗した。

 自宅なので刃物の場所も分かる。

 それを手に取ると無我夢中で男達に向けて振り回した。

 投げた小さな刃物は領主の頬に傷をつけた。


 翌朝、領主は村人たちに訴えた。


『あの女は魔女だ。

 正体を知った俺を刃物で襲ってきた』と。


 簡単に処刑が決定した。


 もともと領主同様に女に劣情を抱く者は多かったし、村の女達は、その女のことを男を誑かす淫売だと憎んでいたから。



 女は自分の処刑を知り逃げ出した。

 封鎖されていないのは冬の山への道だけだった。


 知っての通り、冬山は険しく、そのまま山にいてはいずれ凍死するのは免れない。

 かといって麓に下りれば殺される。



『同じだ』。


 僕はそう思った。


 美女と聞いてうっかりマリアさんの顔を想像していたのも悪かった。

 息が出来ないほどに苦しい。


 マリアさんはそんな僕を尻目にそのまま続けた。



「どの道死ぬのであればと、女は死への第三の選択肢を選んだ」


 女は魔道を研究していた。

 長きに渡る研究の末、魔族の住む世界に渡る術を知っていた。


 最初は好奇心だった。

 けれど若くして自分を取り巻く環境に未来を見いだせなかった女は、あるときから違う世界へ行くことにずっと憧れていたんだ。


 だが、魔族がこの世で活動出来ないのと同様に、人間も魔道をもってしてもあちらでは長くは生きられない。

 それでも女はそれを選択した。


 女は復讐を願った。

 人類全てを滅亡させなければならないと。



 確かに女を襲ったのは村の一部の連中だけだったかも知れない。


 けれど、女は何をしただろう。

 ただ美しく生まれただけだ。例えどこに生まれたとしても同じような顛末になっていただろう。


 女は魔族の世界の大気にさらされ息も絶え絶えの中、魔族の王に取引を持ち掛けた。


 女は誰の子か分からない子を妊娠していた。


 その胎児を魔王の憑坐よりましにし、人間の世界でも活動出来るようにしようと。


 条件はひとつだけ。


 人間を滅亡させること。



 そのため憑坐となる身体にその女の記憶とともに『情念』を埋め込む。


 後は好きにすればいい。

 何をしようと魔王の自由だとね。




「その後どうなったかと言うと、取引の成就を見届けた女はあっけなく死に、憑坐と融合した魔王は女の情念に飲み込まれ元の存在ではなくなった。

 元の魔王を遥かに超える力と人間への復讐の情念を宿した最悪の魔王が誕生したわけだな」


「伝説の話、だよね?」


 それくらいしか言葉が思いつかなかった。


 だって、その話って昔の話でしょ?

 マリアさんがそんなに年配には見えないよ。


 改めて見るマリアさんの顔は、ランプの明かりに照らされて妖艶な美しさを醸し出している。


「私は、女の記憶に操られたくはなかったが、これ以上苦しみたくもない。

 人間を滅亡させることでこの呪いのような『情念』から逃れられるなら、それで良かった」


「マリアさん…」


「なのに、なぜおまえがいる。

 殺すべき人間のひとりであるのに」


 マリアさんの表情は辛そうに見えた。


「マリアさん、復讐なんてやめようよ。

 それで一緒に僕の国に行こう。

 一緒に暮らそう?

 僕はマリアさんのことが好きなんだ」


「男でも?」


 マリアさんはクスリと笑った。


 どこから冗談だったんだろ。

 でも多分、全部が作り話ではないんだろうな。

 自分の経験を伝説に当てはめて話してくれたんだと思う。



「うーん……。正直言えば女性だったらいいなと思ったけど、別にね。

 一緒に楽しく暮らすなら性別関係ないというか」


「……悪くないな」






評価の★やブクマ感想、いただけると励みになります。

宜しければゼヒ…


『魔王の顧問弁護士( https://ncode.syosetu.com/n5485gj/ )』の方は完結してますのでそっちも宜しければ。多分ちゃんとおもしろいと思うんで。

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