7 幸せな思い出
ども。
現役男子高校生の乙女木竜由です。
『現役男子高生、乙女木竜由』かぁ。
前山さんがいない以上、もうその名前を使うこともないんだろうな。
学校に行く必要もない。
現役女子高生の前山瞳は消えてしまった。
学校はまだ冬休みだから、今のところそれを知るのは前山瞳の家族だけ。
失踪届とか出されて大ごとにされるのも困るから一応簡単に処理はしておいたけど。
もうじきクリスマスか。
楽しみにしていたけど、人類滅ぼすのにクリスマスもへったくれもないな。
前山さんとふたりで楽しんだ魔王城内シアタールームはそのままになっている。
コタツもある。
多分もう使わない。
それでも片付ける気にはなれない。
オレの優先順位は明確で、決して変わらない。
何よりも魔王様のご命令に従うこと。
これに優先するものはない。
竜王としての記憶が戻って以来、高校の友達とは距離を置くようにしていた。
『友達は大事だよ』と前山さんが言っていたように、オレもそう思っていたし、周囲の人達のことは好きだった。
両親も友達も好きだ。
自分の周囲にいる人達のことを好きにならずにいることって出来るものかな。
けれど魔王様から殲滅命令が下れば、ためらいなくその命を奪うつもりだった。
だからこれ以上の情を移したくなかった。
好きなものを殺すことはやはりつらい。
それでも、決して優先順位は変わらない。
迷いすら見せてはならない。
そうしなければならない。
そう決めていた。
そのために、今、こうして存在している。
…? 何かまた変なことオレ考えてたな。
どうもね、オレちょっとおかしい。
魔族は人間とは別の世界に棲んでいて、そこは人間の世界とは環境が違う。
魔族が人間の世界で十分に力を発揮し得るために、魔王様がオレ達魔族に転生術を施した。
人間に転生っても、単にそれは人間の肉体をコーティング材的に使うもので、本質は魔族のままなんだ。
人間としての身体が成熟したところでその身体は成長を止め魔族としての活動を開始する。
前山さんがオレに『全て思い出しなさい』と魔力を込めた命令をしたので、オレは予定より早かったけど魔族としての記憶を思い出したよ。
だけど人間として生きて来た17年、その間ほとんどずっと前山さんのことを見て来たし、とても好きだったんだ。
その気持ちも忘れちゃいない。
前山さんは、とても警戒心の強い人。
別に家庭環境にも問題があるわけでなく、酷い経験をしたわけでもない。
普通ならそんな人は警戒心が強くなんてならないものだと思う。
前山さんは『女子高生は警戒心が強いものなの』と言っていたけど、オレは彼女が魔王様を無意識に引き継いでいたからだと思っている。
魔王様は警戒心が強い方だから。
オレの忠誠心も魔力を使った契約でガチガチに縛られてる。
でもそれはオレが望むところだったよ。
オレを契約で縛ることで魔王様にご安心いただけるなら、それでいいから。
もしもオレが望まないことを魔王様が命令したとしても、オレの意思なんて無視して命令を遂行できるくらいに縛って欲しかったんだよ。
二度と魔王様を悲しませたくない。
だから、オレは…。
ほら、また何か変なことを思い出している。
『二度と』ってなんだろ。
オレは別に魔王様を悲しませたことなんてない。
やっぱりだ。
オレ自身の記憶じゃない記憶が混じっている。
前山さんがオレに下した『全て思い出しなさい』という命令。
『全て』というのは、実は前世の魔族としての記憶だけじゃないのかも知れない。
でも他に一体どんなものを思い出したって言うんだろう。
落ち着いて、よく思い出してみよう。
ゆっくり時間のあるときにでも…。
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魔王様は気だるそうに玉座に座り、虚ろな表情で宙を見ていた。
その姿形は前山瞳そのものだったが、首元に緑色の石が埋まっている。
アレはバックアップデータアーカイブに使用した魔王様の一部だった。
魔王様の一部なので、何度抜き取ってもしばらくすると身体は修復され復元されるらしい。
魔王様の首元にソレがなかったことも今まで何度か見たことがある。
胸元に穴が空いていて、中は魔王様の血で満ちていた。
魔王様のお姿はオレの知る限り、もともと人間に近い形をなさっていた。
あの首元の石を除けばだけど。
魔王様が考え事をしているときに声を掛けたりはしない。
前山さんがよく考え事をしていたように、魔王様もまたよく考える。
計画を完璧に立ててから実行に移す。そんなタイプだ。
不意に魔王様が言葉を発する。
「今後の計画について考えていた」
もう声を掛けてもいいんだな。
「魔王様、甘いものでもいかがです?
お好きですよね。
クレープ調達してきましたよ」
ちょっと前に調達してきたクレープ。
手元でちゃんと冷やしておいたんだ。
オレが差し出すクレープを魔王様は受け取った。
「もらおう。
この国のスイーツは美味い」
そう言って嬉しそうにクレープに口をつける。
その姿は本当に前山さんそのものなんだ。
「おまえと買い食いしたな。楽しかった」
「覚えていらっしゃるんですか?」
「当たり前だ。まだほんの少し前のことだ。
おまえだって覚えてるだろ」
「勿論です。ですが魔王様はもう忘れてしまったかと」
「忘れない。
あんなに楽しかったことは過去に一度もなかった」
ほんの短い間だけ交際していた間のことを宝物のように愛おしそうに思い起こす魔王様の姿に、オレはたまらなくなった。
しかしそれは一瞬で消える。
「だが、夢は夢。
私は人間を滅ぼさなければならない」
ずっと前山さんが抱いていた疑問。
オレはそれに答えることが出来なかった。
「なぜ魔王様は人間を滅ぼさなければならないんですか?」
前山さんの代わりに聞くべきだろうと思ったんだ。
もう前山さんは答えを知っているんだろうけど。
「そうだな。
『業』か。呪いと言うべきか。
私はそのために作られたんだよ」
どういうことだろう。
けれど魔王様はそれ以上はおっしゃらなかった。
代わりに、今後の計画について語ることになさったようだ。
「私達は少々予定より早く記憶を戻してしまったようだ。
まだ身体は成熟していないというのに。
他の魔族を呼び寄せることは可能だが、計画通り時が経つまで待つ方が良いだろう。
今は下準備を行うつもりだ」
すぐに人類を滅亡させるわけじゃないのか。
慎重な魔王様らしいな。
というかね。
魔王様ご自身も別にそれほど人類を滅亡させたいと思ってらっしゃるようには見えないんだよね。
「すぐではないのでしたら、もうしばらくオレ達は人間として生活しませんか?」
前山瞳と乙女木竜由として。
もうちょっとだけ高校生活を楽しんでもいいんじゃないだろうか。
あの夢のような日常を。
「……ふ。おまえだって分かっていて家族や友人と距離を取ったのだろう?
私も同じこと。
これ以上あの生活を送ってしまったら人間を殺すのがつらくなるだろう。
もう出来ないよ」
「あの生活、楽しかったですよね」
「楽しかった。
この私が、毎日『人生楽しい』と思っていたんだ。
そしてその日常をとても大切にしていた。
無意識に分かっていたんだんだな。
終わりが来ることを」
やっぱり魔王様もあの生活を愛していらっしゃった。
そして、人を殺すことを望んではおられない。
「魔王様、本当に人類を殲滅するのですか?
それをやめることは考えないのですか?」
それさえ、それさえなくなれば。
まだ魔王様は幸せに生きてられる。
なのに
「それは出来ない」
そうおっしゃったきり、再び魔王様は沈黙に沈んでしまわれた。
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無意識というのは不思議だ。
気が付かない間に願望が出てしまう。
自分でも気が付かない願望がそこにある。
『全て思い出しなさい』
そう前山さんがオレに命令した。
魔力を使うのをあれほど嫌がっていた前山さんが、オレの知る限りたったひとつ使ったのがその魔力を込めた命令だった。
前世の記憶を思い出しなさい、ではなく『全て』。
忘れていること全て。
ひょっとして、前山さんはオレに思い出して欲しいことがあったんじゃないだろうか。
だから無意識のうちにあんな命令を出したんじゃないか。
事実、オレは身に覚えのない記憶を思い出している。
バックアップデータを復元してしまった前山さんは魔王様の中で、多分「ああ、そうか」って思ったんだと思う。
それで「そうだった。それなら人類を滅亡させなくちゃね」って思ったんじゃないかな。
なんとなくだけどオレが思い出したときもそんな感じだったから。
「ああ、そうか」って。
全部納得いっちゃったからね。
前山さんのことが気になって仕方なかった理由も、生まれたときからずっとその存在を認識していたことも、常に傍にいたことも。
大体、前山さんって本人無意識のクセに、本当に魔王様そのものなんだ。
オレに忠誠を誓わせたときも、最初はしおらしい顔して怖がったフリをして。
そして最後に笑顔を見せてくれた。
わざとだよね。
わざと「ハメました」って演技したよね。
自分の本心をわざと見えなくしてくる。
君のすることは全部意図的で用心深い。
魔王様と同じ。
そんなところも全部ひっくるめて、オレずっと君のことが好きなんだ。
ただ、前山さんが魔王様と違うところがちょっとだけあったね。
それは未来に希望と強い意志を持っていたところ。
魔王様もとても計画的で先のことを常に考えている方だけど、未来に対してあまり希望を抱いている様子はなかった。
むしろ全てを分かっていて諦めている感じだったんだ。
あの未来を見ている前山さんが、未来に向けて布石を打っていないわけがない。
それがあの『命令』だった可能性がある以上、オレはちょっと本気で思い出すよ。
断片的な記憶じゃなくて『全部』。
そうしたら、なぜその記憶がオレにあるのかも分かるかも知れない。
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宜しければゼヒ…
『魔王の顧問弁護士( https://ncode.syosetu.com/n5485gj/ )』の方は完結してますのでそっちも宜しければ。多分ちゃんとおもしろいと思うんで。