2 服従を求めます
こんにちは!
私は前山瞳!
現役女子高生なの!
っていうか、このアダルト系宣伝広告にありがちな自己紹介をしてみたけど。
『現役』ってなんだろうね。
現役じゃないJKとか、つまり引退女子高生?
なんだそれ。
『現役』とか『引退』は、よくスポーツ選手に使うけど、引退はプロとして活躍する場から退いたときに使う言葉だよね。
ということは『女子高生』は何かのプロ?
引退じゃなくて卒業じゃないの?
ま。そんなこともどうでもいいや。
本題に入るね。
えっと。
前回、私の前世が魔王だったっぽいって話をしました。
そんでもって最近、成り行きで交際を始めた彼氏がいます。
乙女木竜由。
魔王の側近で、今は前世のことを思い出しちゃってます。
これがちょっと厄介な話になっちゃっててさ。
あいつ、記憶を取り戻したら私に忠誠を誓ってくれるかと思って、奮発して記憶を戻してやったってのに『服従しない』とか言い出したの。
完全な魔王じゃないと服従の対象とは認めないという理屈らしい。
これ、すごく危険なことだよね。
だって、私の命運はもはやこいつに握られていると言っても過言じゃない。
だって、あいつがもし本気で魔王を取り戻そうと思ったら、私を襲うなり危険な目に遭わせればいいんだから。
そうしたら私も『魔力』を使わざるを得ない。
『魔力』を使うたびに記憶が戻ってきちゃうから、使いたくないのに。
前世の魔王は人類滅亡を目指してた。
多分、むちゃくちゃトラウマ級の嫌なことがあったに違いないんだから。
そんなの思い出したくないから『魔力』は使わないって決めてるのに。
乙女木君は私が人間として生きたいなら『恋人として協力する』とは言ってるけど、あいつの忠誠心がハンパないのは知ってるもん。
いつ魔王を蘇らせようとするか分かったもんじゃない。
とにかくあいつには気を許せない。
私の楽しいスクールライフをこんなことで邪魔はさせない。
手を打たないといけないな……
_______________
「ねえ前山さん、週末また遊びに行かない?」
お互いの家が近所なものだから、登下校で乙女木君は時間を合わせてくる。
私としてはあまり学校のみんなに一緒に登下校してるところは見られたくないんだけどね。
付き合ってることはオープンにしてないし。
「ゴメン、今週末はちょっと金欠で」
「お金のことは何とかなるよ。
移動はほら、アレ出来るし」
『アレ』…。真っ黒い翼を持つ魔族としての姿のアレね…。
また飛んで運ぼうとか言うんだな。
「君とは人間として付き合ってるつもりなんだけど」
「あ、ゴメン。ああいうの嫌い?
気を付けるよ。じゃあオレんち遊びに来ない?
家に母さんいるから変なことはしないよ」
「乙女木君の親に私達が付き合ってるのバレちゃうじゃん。ヤダよ」
「そっか、それなら…」
「学校ついたね。またね」
とりあえず、コイツが変な気を起こさないよう、初デート以来なんとか2人きりで会わないように距離を置いている。
正直言えば交際関係を解消したいとこだけど…。
それこそどうなるか分かったものじゃないからなぁ…。
『交際関係解消? それなら君に協力する必要ないよね』
とか言い出して攻撃してきたらそれこそ一巻の終わりだもん。
週末は他の友達と予定を入れたとか、テスト勉強があるからとか、いろいろ理由をつけて避け続け、既に3週目。
そろそろ動きがあるかも知れない。
動きは早速あった。
その日の授業中に。
授業中、乙女木君がしばらく私の方をチラチラ見ているなとは思っていたけど無視してた。
そうしたら突然席を立って、私の机の前に来た。
授業中なんだよ?
「前山さん、オレのこと避けてるよね?」
表情がちょっと険しい。
いつもニコニコしているけど、笑顔が消えると途端に恐くなるなコイツ。
もともとそういう顔だからなぁ。
「……今は授業中」
「前山さんとオレの周囲には結界張ってるから問題ないよ。
教室の誰もオレと君が『いること』も『いないこと』も認識できない」
そういうことが普通に出来てしまうから、魔族怖いな…。
「全然話が出来ないから。
こうでもしないと」
「話って?」
「前山さんがオレのこと避けてるって話。
先週はテスト勉強とか言ってたけど、前山さん本当はテスト勉強なんて要らないよね?」
「学生の本分だもん。
勉強はしないと」
「オレもそうだから分かるけど、前山さん別に魔力なんて使わなくったってスペックが魔王様なんだから。
テスト勉強なんてしなくても教科書の数百冊くらい一瞬で頭に入るでしょ。
むしろ普段テストではわざと手加減してるはず」
くそ~。
やっぱりこいつの記憶戻したの失敗だった。
こういうとこ全部バレてるな。
「なんで避けるの?
オレは君と付き合うことが出来て夢みたいなのに…」
まるで人間のように切ない表情をしてくるね。
でも、君が本質的に人間とは違うの、私は知ってる。
先日言ったよね。
『で、魔王様、いかがしますか?
人類滅亡させるんですよね』って。
分かってるよね。
それがどういうことだか。
君の今の両親も、学校も、友達も、毎日君が笑顔で楽しく会話している相手を皆殺しにするってこと。
君は多分それが平気で出来ちゃうんだと思う。
でね。
それって私の断片的な記憶の中の君と同じなのよ。
だから私も油断しない。
「なんでって、分からないかな」
「前山さんがオレを避ける理由なんて分からないよ。
オレのこと嫌いになった?」
君のこと、嫌いだなんて思ったことは一度もないよ。
ムカつくとは思ってたけど。
「怖いの。乙女木君のことが」
「は? オレを?
前山さんが?」
私は黙って頷いた。
「はは、まっさか。
だって魔王様じゃないですかあなた。
オレのこと怖いなんてあるわけがない。
オレ長く生きてきてあんな風に力づくで捻じ伏せられたの初めてでしたよ。
しかもあんなあっけなく」
そんなことあったのかー
魔王ってガチなんだな。
「私ね、君の記憶を戻したら服従してくれると思ってた。
それなら怖いと思わなかったよ。
でも、君は私に服従しないって言う」
「そうですけど、でもそれは…」
「これがどんなに怖いことか分からない?
私は『魔王』を思い出したくない。
魔力を使うわけにいかない。
だけど君が私を力づくで完全な魔王にしようとするなら、私はどうしようもない」
私は怯えた目を乙女木君に向ける。
ちょっとだけ目に涙をうるませちゃって。
こういうのは女子高生スキルだというウワサを聞いたことがあるんだぞ。
「ま…前山さん、ごめん、ごめんね。
オレ全然考えなかった。
服従しないって言ったのがそんなに君を怖がらせてしまうなんて」
乙女木君が怯んでいる様子。
やはり女子高生スキルは強いな。
「じゃあ服従してくれるの?」
「だって、前山さん。
オレに命令したよね。『構わないで』って。
せっかく付き合えるようになったのに追い払われちゃうんだと思ったら服従なんて出来ないって。
でも本当は服従するつもりだったよ。
そんな命令さえしないでくれるなら…」
「追い払わないって約束したら服従してくれる?」
「するよ。君を怖がらせたくなんてないんだ」
「本当の本当に?
私は君を追い払ったりしない。
だからちゃんと約束して」
「約束する。君に服従します。
君の命令に従うことを誓う」
「よろしい」
これでヨシっ!
私の知る限り、君は約束を違えない。
その言葉が欲しかったんだ。
「ありがとね」
感謝の気持ちを込めて私はサービス精神いっぱいに、にっこりと微笑んで見せた。
目の前にいる乙女木君は言葉を失った様子だね。
「……前山さん。
ひょっとして、オレのことハメた?」
「なんのことかな」
言質を取ったから乙女木君が私に逆らって魔王を取り戻そうなんてことは無いと思うの。
これで私の平穏なスクールライフが取り戻せる。
やったね。
けどね。
ハメられたと知ったときの乙女木君は、最初こそ驚いていたみたいなんだけど、なんか妙に嬉しそうでさ。
またニコニコ笑っていたのよ。
やっぱりあまり油断しない方がいいのかも。
かわいい女子高生には危険がいっぱいだからね。
警戒心が強くなっちゃうのは仕方ないんだ。