おぎゃる!
この作品をご覧の皆さん、ハロー。
僕の名前は御母衣 侭春。しがない大学二年生です。
さて、早速ですが――、
「やぁだーやーだー! もうちょっとだけゲームするの! もうちょっとでクリアできるから、そこまでやーるーのー! だからここどかないの! やーなーのー! どかないモン! 絶対死んでもどかないモン! もうちょっとでクリアできるんだから、クリアするまでやーるーのー! やーだー! どかないのー! やだモーン!」
皆さんならば、このジタバタもんどりうってる物体を、どう処しますか。
ゴミとか空のペットボトルなんかが散乱してるきったねー部屋のど真ん中で、自分が汚れることも厭わずに、掃除機を持った僕の前でひたすらダダをこねてるこの女。
長い茶色の髪は生え際の辺りで黒くなっている、いわゆるプリン頭。
肌が浅黒いのは、焼いているのではなく単に風呂に入っていないがため。
着ているジャージは着古しすぎて色がくすんで年代物の古着にも見えてしまう。
そのクセ、出るべきところは出て、引っ込むべきところは引っ込んでるナイススタイル。
顔もいっそ美人と評する以外にない端正な顔立ちなのに、しかし、ロクに風呂に入っていない上にこのきったねー部屋を占領してるおかげで薄汚れている。
――汚ギャル。そう、これこそが汚ギャルというヤツであろう。
「何でよー! 何でママはすぐにそーやってアカ邪魔をするのよー! いっつもそーじゃん! アカがゲームでいいところまで来たら、いつもそのタイミングでママが邪魔してくるんだから! 何で、どーして! ママはアカに恨みでもあるの! あるの!!?」
自分をアカと呼ぶ汚ギャルは、寝そべったまま僕を睨み、すごい剣幕でまくし立てる。
ちなみに、僕はこいつに「部屋掃除するからちょっと出て」と言っただけである。
「いいから、掃除するから。邪魔」
まともに付き合うと時間ばかりかかるので、僕は努めて平坦な声でそう命じる。
すると、汚ギャルは一瞬だけキョトンとして、すぐにその目に涙を溜めた。
「ママが冷たいィィィィィィィィィ――――! アカのこと嫌いになったんだ! やーだー、ママ、アカのコト嫌いにならないでよー! アカ、今日もいい子にしてたんだからー! ママの言うこともちゃんと聞いてたんだからー! 冷たいのイヤァー!」
いや、聞いてないじゃん。
たった今もダダこねてるじゃんね?
しかし、きっと言っても無駄なので、僕は部屋の真ん中でゴミにまみれても意に介すコトなく暴れ続けている汚ギャルの癇癪が収まるのを待った。
だが、そろそろそれも終わろうかというタイミングで――、
「あ」
汚ギャルの振り回した腕が、ゲームハードのコンセントに引っかかった。
そして、コンセントはピンと一瞬だけ強く張って、そのままブツン。抜けてしまう。
「え」
突然消えたゲーム画面に、汚ギャルの動きがピタリと止まる。
あ~ぁ、やってしまった。完全に自業自得ではあるが、しかしそういう話でもない。
僕は、ひとまず掃除を諦めて、固まっている汚ギャルの背中を叩いた。
「アカ?」
「…………」
振り返った汚ギャル、砂子沢 明花の顔は完全な無表情で、その顔色はこの前見た和製ホラーに出てくる真っ白い幽霊みたいになっていた。
そしてほどなく、無表情は一瞬でクシャリと歪んで、さっき以上に涙が溢れる。
「うえええええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん!」
そして明花は、正座して両腕を広げた僕の胸に飛び込んできた。
「何でェ――――! どーしてこーなるのー!? アカ、何にも悪いことしてないのに! 何にもしてないのにー! びぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん!」
「そうだねー、明花は別に悪いことはしてないよねー」
目を閉じて、諭すように言いながら明花の背中をポンポンと軽く叩いてやる。
「撫でてぇ! 頭撫でてよ、ママァ! いい子ってしてぇ、アカを慰めてぇ!」
「うんうん、明花は頑張ってるよねー。ちょ~っと運が悪かっただけだよね~。うん」
言われるまま、僕は明花の頭を軽く撫で続けた。
グシュグシュと鼻水を啜る音が聞こえる。胸が生あったかい。う~ん、洗濯行き!
「う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛…………」
やがて、そうやってなだめていると、徐々に鳴き声も落ち着いてきた。
「ママ……」
明花が瞳を涙に潤ませたまま、僕を見上げてきた。
「アカのコト、嫌いにならない?」
「何で?」
「だって、だってぇ……」
「はいはい、ティッシュ。ほら、鼻に当てるからちーんして」
「はび。……ぶびーん」
明花が鼻をかんだティッシュを丸めてゴミ箱に放り、僕はまた彼女を撫でる。
「こんなことくらいで、明花を嫌いになるわけないだろ?」
「うう、でもアカ……、いっつもママにわがままばっかり言って困らせてるし」
うん、自覚はあるんだよなー、自覚は。
単に自覚があっても一切癇癪グセ治す気がないだけで。性格の問題だよなー。
「もう慣れたけどね」
苦笑する僕に、だが明花は数度かぶりを振って「違うの、他にも」と続ける。
「ご飯、ママに任せっきりだし。掃除も、洗濯も、ママに任せっきりだし。買い物も、お客さんの対応も、ママに全部やってもらってるし。……うう、アカ、悪い子だよぅ」
「ん~、本当に、自覚はあるんだよね~、明花は」
確かに、今彼女が言ったことは全て事実。
明花の身の回りの世話は、大体僕がしている。が、僕が自分からしてることでもある。
「だって明花さ」
「うん、なぁにぃ~?」
「僕がやってあげないと死ぬでしょ。何一つ生活できないで」
「う゛~~~~~~~~~~~~!」
指摘すると、明花が涙目で怒った猫みたいに唸った。
それは否定なのか。それとも認めざるを得ないということなのか。どっちだ。
「まぁ、知った以上は見てられないからやってるだけだよ、僕も」
「じゃあ、じゃあ……」
瞳に期待の光を宿し、明花が見上げたままの体勢で僕をまっすぐに見つめる。
「ママ、アカのコト、嫌いにならない?」
「ならないならない。そんなの心配しないでも大丈夫だって」
僕は軽く微笑みかけて、明花の頭を軽くポンポン。
彼女の表情が、パァっと輝く。そこにすかさず、僕は笑顔のまま言った。
「だからさっさと部屋出てって。掃除するから」
明花の表情が、一転して地獄に落ちたハムスターみたいなそれになる。
「ママが冷たいィィィィィィィ――――! やだ――――!」
「泣いても喚いても僕は引かないぞ、この生活能力皆無の汚ギャルめ!」
「やぁだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
かくして今日もまた、明花と僕、侭春のバトルは続く。
僕達が何でこんな生活をしているかについては、話す機会があればそのときに。
まずは、たった一週間で腐海と化したこの部屋を、掃除し尽くすのだ!