聖剣を奪われ、偽者と罵られながらパーティーを追放されたけど、多分俺が本物の勇者である。
「聖剣は俺を選んだ! つまり、そいつは偽物だったってことだ!」
「そ、そんな! じゃあトオルは……⁉︎」
「こいつは聖剣の勇者を騙っていたんだ!」
「なっ!」
「ひどい……騙していたのね……!」
「この偽者め!」
「ち、違っ……」
違う!
俺は偽物なんかじゃない!
偽物じゃ——!
「出て行け! 魔王とやはら俺が倒してやるよ! ハハハハハ!」
「……て、テツ……」
二週間前、俺……前園透とクラスメイトの小柳哲也、昊空泰明はこの世界に勇者として召喚された。
アイテムボックスのウェポン一覧に聖剣イクストレーズがあったのは俺だった。
哲也……こと、テツは聖槍ケルディナート。
泰明……こと、ヤスは聖杖レイフォム。
つまりテツは槍使い、ヤスは魔道士ってことだ。
俺たちはこの世界の人にこの世界の常識や武器の扱い、戦い方などを教わりつつ、旅に出た。
この世界に現れた魔王を討伐する為に。
それこそが俺たちがこの世界に呼び出された理由だから。
しかし、ヤスは早々に俺たちのパーティーを抜けてしまう。
「合わないからソロで」というのが理由だった。
魔道士がソロでなんて、とみんなが引き留めたが聞く耳は持ってもらえずそのままヤスは離脱。
それっきりだ。
そして、二週間経った昨日、俺は聖剣も装備もお金も奪われ、こうして道のど真ん中に置き去りにされたわけである。
魔物とか現れたらさすがに死ぬと思う。
ので、ホーリーウォーターを使い魔物を避けながら前の町へと戻っている。
アイテムボックスの中までは、やつらも手出しできないからな。
「……はぁ、でも困ったな……俺、聖剣以外装備できないんだよな……」
これは最初に分かったことなのだが、俺は聖剣以外装備できない。
初心者用の木剣で訓練しようとしたら『装備できません』になったんだ。
つまり、唯一俺が装備できた聖剣を奪われた今……俺はただの無力なガキということだ。
ヤバすぎる。
「グルルルルルル……」
「きゃあああぁ!」
「うわああぁ! トロールだ! 逃げろー!」
「うわぁあ! だめだ! こっちからも来るぞ!」
「囲まれて……!」
「……っ!」
ズシ、と重い足音。
馬車の倒れる音。
女性や男性の悲鳴。
分かってる——分かってる無駄だって!
俺が行ってもなんの力にもなれない。
期待させて、絶望させるだけ!
でも……でも!
「やめろ!」
「グルゥ……」
装備も剣もないのに、俺は走っていた。
叫ぶとトロール五体がこちらを見上げる。
林を挟んだ崖下の広い道は馬車専用。
盗賊避けに、かなりの高さの崖になっている。
しかし、トロールのような大型の魔物に取り囲まれればその利点はただの弱点。
馬車は逃げ場を失い、馬の一頭は逃げ出し、槌を持ったトロールが見下ろしていた。
武器も持たない俺ができることは一つ!
「くらえ!」
パリン!
地面に叩きつけたのはダークウォーター。
魔を呼び寄せる魔寄せの水だ。
どの程度効果があるか……。
心配は杞憂に終わる。
雄叫びをあげながら、トロールは五体全部俺に向かって走ってきた。
もちろん俺は全力でダッシュだ。
崖の上を奴らが登り切るまで多少時間はある。
その間に、馬車からできるだけ引き離す。
奴らを引き離したらホーリーウォーターを撒いて姿を隠し、やり過ごし……。
「グルルルルルルァアァァ!」
「っ!」
は、速⁉︎
嘘だろ⁉︎ トロールってトロいからトロールっていうんじゃねーのかよ⁉︎
この世界で多少体力はついたけど、歩幅が違うのに同じようなスピードで走られたら追い付かれるよ!
まずい、これ以上町に近付くと町にも被害が……っ!
でも戦うわけにもいかないし、っつーか俺今戦えないし!
「ランサーヴォルト!」
「グフルゥ!」
「!」
先頭を走り、俺に今まさに追い付きそうだったトロールが雷の槍に貫かれた。
同じ雷の槍がさらに四本、一瞬で通り過ぎて残りを倒す。
急ブレーキをかけて振り返る。
確かに五体全部倒されて……す、すげぇ……!
「君はこんなところでなにをしてるんだ?」
「ヤ、ヤス! ……と……」
「やあ、はじめまして。ボクはソレル・ヴォルガン。ダメな勇者の気配を感じてこの世界にやってきた『勇者狩り』だ」
「…………。? ……初めまして、前園透、です?」
緑銀の鎧をまとった美少……女?
え? なんて?
今なんかけろりとすごいこと言い放ったような……?
「……で、こんなところに一人でいるとは……もしかして早速小柳に裏切られたのか?」
「え⁉︎」
「なるほど? ヤスアキが言っていたダメ勇者とは“そっち”だな?」
「ああ」
「ど、ど、どういうこと⁉︎」
倒したトロールをアイテムボックスに収納するヤス。
死体は綺麗に消える。
魔物の死体は、解体して業者に売ると素材や食料をもらい残りはお金にすることができるのでこうして回収するのが鉄則だ。
最初はかなり……ショッキングだったけど……。
「どういうもなにも、あいつは最初からお前を陥れるつもりだったぞ。『俺の方が勇者っぽい』とかわけの分からないことを言って……」
「なっ、なんだよ、それ!」
「召喚された人間は全員『勇者』と呼ばれるが、称号として得られるのは一人だけだと言われただろう? なら、俺がその『勇者』だ。……だ、そうだ。野心だけはあるようだったから、一緒にいるととばっちりを受けそうだと思って早々に離脱したが……どうやら正解だったらしいな」
「……な……」
言葉が出てこない。
——『聖剣の勇者』。
この世界では、聖剣を持つ勇者が唯一無二の『勇者』という称号を得られるものだと言われている。
だから最初から聖剣がウェポン一覧に入っていた俺がその称号を持っている、とみんなが思っていたんだ。
でも俺は取得称号一覧に『駆け出し剣士』しか持っていなかった。
それを素直に話したら「それでも聖剣に選ばれたのはトオル様だから、きっとトオル様が勇者様ですよ」とエリリー姫に励まされたのだ。
「っ、そ、そんな……。俺は……、これからどうしたら……。……ヤスは、今までどうしてたんだ?」
「どうもこうも、離脱した時に言った通りだよ。せっかくあの毒親どもから解放されたんだ、好きに生きるさ。魔王討伐に燃える君とも、野心に燃える小柳とも、到底考えが合わなさそうだしな」
「毒親?」
「そ。オレの親は子どもを自分の人生を謳歌する為の道具かなにかとしか認識出来ないクズでさ、兄貴はあいつらに壊された。次はオレの番。……オレがいなくなったら、次は妹かもしれないけど……妹にはあんまり期待してなさそうだったし、兄貴もいるから多分大丈夫だろう。気がかりではあるけど」
「…………」
「と、いうわけでオレはこの世界で自由に勝手にやらせてもらおうと思ってる。聖剣を小柳から取り返そうっていうんならソレルを連れて行くといい。彼女、この世界に『ダメな勇者』の気配を感じてやってきた『勇者狩り』なんだって」
「ゆ、勇者狩り?」
そう、とにっこり微笑む美少女。
髪は短く、体も小さいが立派な鎧を纏っている。
強そうか、と聞かれるとあまり、という感じだが……。
なんにしてもぱっと見男の子にも見える。
いや、容姿のことよりも、その目的か。
「でも困るなー。ヤスアキはドラゴンが好きそうなフェロモンというか、匂いというか気配というか雰囲気だから……きっと君とならいいバディに巡り逢えそうなのに!」
「またそれか。その、ドラゴン好きしそうな匂いだのフェロモンだのって本当になに言ってるか分からないんだけど」
「ボクもそれ以外どう表現していいか分かんないよ。ボクの語彙力のなさをなめないでくれ!」
「なぜそこで威張る……」
なんのコンビなのだろう、この二人……。
「えっと、じゃあヤスはこれからどこかへ行く予定なの?」
「ん? ああ、この付近に神聖ドルティム遺跡というのがあるそうだから、そこに行ってみようと思ってる。なんでも聖弓が安置されているそうだ」
「せいきゅう?」
「聖なる弓。……聖杖もいいんだけど、攻撃力のあるものが欲しいと思って……あ、そうだ」
「?」
ステータス画面を広げ、なにかをピッピ、と押すヤス。
聖杖を取り出して、俺に差し出す。
「? なに?」
「使ってみろ」
「え? でも俺、聖剣以外は装備できないし……」
「いいから」
わけが分からないまま、聖杖を受け取る。
するとどういうことだろう?
「え⁉︎」
『聖杖』を装備しますか?
と、画面が問いかけてきたのだ。
なんで!
これはヤス専用の武器じゃないのか⁉︎
「どうだ? 装備するか選択画面が出たか?」
「う、うん。でもこれは、なんで?」
「やっぱりそうか……。城にいた頃に読んだ書物に書いてあったんだが、この世界には複数の『聖遺物』があるらしい。その『聖遺物』を、オレはこれらの『聖』と名のつく武器じゃないかと考えている」
「……聖遺物……? 聖と名のつく武器……」
「それを確認する意味も込めて、聖弓を取りに行くつもりなんだ。国王には『聖』と名のつく武器を見つけたら、取得していい許可をもらってる。最初からオレのアイテムボックスに入っていた『聖杖』は、ただ単に相性が良かっただけなんじゃないのか、と考えている。少なくともオレは剣や槍は向いてないと自分で分かるしね」
「…………じゃあ、その聖遺物……『聖』と名のつく武器なら、俺も装備できるかもしれない……?」
「それをこれから確かめるんだけど……君も来る?」
「!」
顔を上げる。
もしそれが本当なら……願ってもない!
「行く! 連れてってくれ!」
「聖剣を取り返さなくていいのか?」
「……今のままじゃ道も歩けないよ」
「それもそうか。それじゃあソレル、前園の護衛は君に頼むよ」
「仕方がない、任されてあげる。その代わり、良さそうなドラゴンを見つけたら殺さずボクに譲ってよね。やっぱり竜騎士たる者、空にいないと変な感じなんだもん」
「ド、ドラゴンナイト? 君、ドラゴンナイトなの?」
「そうだよ。でも炎帝の力はドラゴンと相性があまり良くないみたいでね……ボクの愛騎竜キィアは連れてこれなかったんだ〜。だから、現地調達しようって事にしたの。で、いかにもドラゴンに好かれそうなヤスアキに一応付いていくことにして〜」
はあ、と深い溜息をつくヤス。
これは、多分同意的なものはなかったんだろうな。
「じゃあ聖杖は一度返してくれ。オレが戦えない」
「あ、うん……ん?」
「ん?」
ステータス画面……その一番下の『称号』に新しいものが加わってる。
『駆け出し勇者』
「…………駆け出し、勇者……勇者の、称号が……なんで?」
「勇者様!」
どうして、と思ったら背後から馬車。
乗っていたおじさんやおばさんが飛び降りて近づいて来る。
あれ、この人たちは……。
「ご無事で!」
「ありがとうございます! 先程、私たちを助けてくださったのはあなたですよね⁉︎」
「え? いや、あれはその……」
「ありがとうございます、ありがとうございます……あなたは命の恩人です! おかげで娘も無事に出産できました……! 母子ともに無事です!」
「へ?」
聞けば彼らは行商人。
しかし、妊娠していた娘さんが急に産気づいて近くの町へと急いでいたのだが、そこをトロールに襲われてしまったらしい。
旦那さんは買い付けで留守。
そこを俺が……助けた事になってる?
「いや、俺はなんにも! トロールを倒したのはこの……魔道士の方の勇者だから……」
「なんと、あの巨大なトロールを五体も⁉︎」
「勇者様、ありがとうございます」
「そうだ! 俺もトロールから助けてもらったんだ! ヤス、助けてくれてありがとう!」
「……………………」
なんだか変な顔で睨まれてしまった。
なんだろう、お礼言うの遅かったかな?
「……ふふ、なるほど。なかなか将来有望な狂人のようだね」
「……そのようだね」
「え?」
「いいや。君がどういう経緯でそんな人間になったのかは知らないけれど、オレも礼を言われるようなことはしていないよ。降りかかる火の粉を払いのけただけだからな。……それより、赤ん坊がいるなら早く町の医者に見せた方がいいんじゃないでしょうか? どうしても礼をしたいというのなら、日を改めてもらって構いませんのでどうぞ先に町へ」
「これは……心遣いありがとうございます! 必ず、このお礼は必ず!」
何度も頭を下げて、何度もお礼を言う家族を見送ってから、ヤスに向き直る。
クラスメイトとしてはあんまり話したことなかったけど……。
「ヤスっていい奴だな。先に町医者にお母さんと赤ちゃんを診せた方がいいなんて……! なかなか言えないよ!」
「君気持ち悪い」
「ええ⁉︎」
突然の暴言!
なんで⁉︎
「変な足止めされたけど、今日中に神殿にたどり着きたいからもう発つよ」
「あ、うん!」
「では改めてよろしくね、マエゾノ!」
「な、名前は透だよ……えーと、ソレル?」
「そうだよ。君はトールだね。うんうん、覚えたとも! ……トール、とーる? トホル……言いにくいな……」
((大丈夫かな……))
こうして俺は離脱していたヤスと、謎の『勇者狩り』を名乗る竜騎士ソレルのパーティーに入れてもらうことができた。
これは、俺が全ての聖遺物を使いこなす、最強勇者になるまでの長い道のりの物語。