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やがて彼らは行間に踊る  作者: 黒色天国
アンノウン・イン・ワンダーランド
3/7

アンノウン・イン・ワンダーランド ③

常盤家の給金はと言うと、質素な食生活からは想定できないくらい高い。とはいえその殆どは口座に預けていて、通帳とカードは養父の心太郎さんが持っている。私が自由にできるお金は月々のお小遣い程度の額で、それを貯める用に別の口座がある。


そして私は今、お小遣いの口座通帳を見つめている。

無駄遣いはしていないとはいえ、まだ常盤家に来て数ヶ月。大した額は貯まっていない。具体的に言うと2万円と少しだ。


隣では美紀子さんがお布団にダイブしている。もうすぐ寝る時間なのだけど、ちょっとだけ用事があるからと言って電気を付けていた。


――いや、うん、やっぱり無理だ。多分、お給金の方の口座はそのくらいあるかもしれないけど、手を付けていいものではない。


それに今日は善助さんの仕事でみんな忙しくしている。今から部屋に行ったって、まだ二人とも仕事の真っ最中だ。明日また、本人と相談しよう。そう決めて、電気を消した。



次の日、昼休み。

人気のない校舎裏に行くと、彼女は十分ほど待った頃にやってきた。

心太郎さんが施設に来た日、ガラスを割って青ざめていた彼女だ。

どういう訳か、名字も変わらないまま、私と同じ高校に入学していた。


相談を持ち掛けられたのは昨日だったけれど、結局何も進まないまま今日を迎えた。


「ごめん、やっぱり無理。私が工面できるのは二万円が限界だったよ…ねぇ、私たち二人だけでどうにかなる額じゃ――」

「嘘、私知ってるんだから! あなた今すごく良い家に住んでるんでしょ? 名字だって変わってるし、家の人に相談すれば、」

「だから」


昨日も同じ事を言ったけれど、多分相手も分かってるんだけど。私は同じ言葉を繰り返した。


「いくらなんでも、理由は聞かず二十万も貸してくれなんて言えない。いざ何かあっても私すら事情を知らないなんて、そんな無責任な相談できない」


二十万必要だから貸してくれ、理由は聞かないで欲しい。そんな無茶苦茶な頼みだったけれど、彼女が本当に切羽詰まった顔をしていたから、一晩考えてみるとだけ答えたのだった。けれど昨日の常盤家はそんな相談をしている暇もなく、時間があったとしても相談になっていない。だから詳しく事情を聞こうと思ったのだけど…。


「ねぇ助けてよ、二十万払わないと学校にいられないの。今いる職場だっていられなくなるの。そうなったら道で野垂れ死にするしか無くなる」

「落ち着いて、落ち着いて。一体何があったのか話して欲しい。高校生が二十万払わないと居場所を失うってどういう事なの。詳しく教えてくれたら私だって何とかできるかもしれないから…」


何とか落ち着けようとしたけれど、彼女の気は収まらなかった。とにかく今日の23時に街の公園に来て、そう言うと鳴り響くチャイムの中を駆けて行ってしまった。


そして今。23時過ぎの公園。

美紀子さんを寝かし付けるのに手間取って遅れてしまったからか、今度は彼女の方が先に来ていた。

時間が時間だから、人影は極端に少ない。私と彼女と、来た時彼女と話していた集団だけだ。


あ。

これ、良くないな。


集団は全員男で、私たちより少し年上に見えた。バットとかスケボーとか持ってて、何人かは後ろで好き勝手遊んでる。私達二人に対して相手は五人。相手がにこやかにしているうちに帰ろう…なんて、考えるだけ無駄だった。


「じゃあ行こうか」


手首を掴まれて、振り払えないまま歩き出す。公園の向こう側には黒いワゴンが停まっていた。

彼女を見る。彼女は目を伏せて、私の後ろを付いてきた。


ねぇ。

あなた、こうなるって分かってたの。


伏せられた視線が答えだった。

何も事情なんて話さず、こうなるって分かって私を呼び出したのか。


…私、ちょっとだけ嬉しいと思っちゃったんだよ。

ほら、前の街ではずっと無視されてたから。

今の街に来れば、前と違って話ができるようになるのかなって。

ちょっとだけ、ちょっとだけ思ってたりしたんだよ。

だから力になりたいって。そのためには話がしたいって。思ってたんだよ。


ポケットの中で、携帯電話が鳴る。

男達は驚いてナイフを取り出した。


「今日は友達の家に泊まるって言え」


光る画面には トキワ ゼンスケ の表示。今日はまだ家に帰ってなかったはずだけど、もう帰ったのかな。それで私がいないから――


「…善助さん、ごめんなさい、今日は友達の家に」

「おう分かった。そのまま動くなよ」


それってどういう…と、聞き返そうとしたところで、私の顔の横を何かが通り抜けた。

あれは…缶? 音からして中身が入ったまま、栓すら開けていないまま…音が鳴ったのは、それが男の顔にめり込んだからだ。


何が起こったのか分からない。

それは男達も同じで、いきなり倒れた仲間を見ている間に、ナイフを持つ手を捻り上げられた。


…折れた! 今の角度はどう考えても折れた!


地面に落ちたナイフを足で遠ざけると、そのままその足で相手の歯を粉砕する。残りの三人は我に帰るのとほぼ同時に地面に転がった。五人の中では、まだ軽めの怪我。


「ったく随分危ない友達ができたもんだ。見ろこれ、ビビって手が震えてるだろ」


全く微動だにしてないけど、勢いに押されて頷いた。そうすると頭を鷲掴みにされて、元来た方向へ歩き出す。


「…善助さん」

「馬ッ鹿お前、名前呼ぶんじゃねぇよ!今日び滅多に聞かねぇ名前なんだから身元割れるだろーが」

「…いや、そもそも私の身元が割れてると思うんですけど」

「そーゆー事は先に言え先にッ! 知ってたらもっとこう、なんかいい感じに片付けたのに」


というか言っちゃ悪いけどその包帯で割れると思う…なんて言えないなと打ち消していると、善助さんはクルリとUターン。


「ちょっと記憶飛ばすまで追加喰らわしてくる」


…あれ!? もしかしてかなり興奮している!?

私も私で頭が真っ白になっていたけれど、善助さんも何か我を忘れている!?


「善助さんステイ! 今結構やり過ぎてる感あるので! 一人確実に手首が折れてるので! 私! 無事ですので!」

「折れたか、やっぱり折れたかあれ! ちょっと捻ってナイフ落とすやつやろうとしたんだが勢い付けすぎた! 普段人間相手にやってないけあんなに脆いとか知らんかったわ! 割と峰打ち感覚だった!」

「なら尚更駄目ですねそれ! 記憶飛ばすまでじゃなくて命散らすまでになりかねないので! ここらで収めて! どうどう! どうどう!」


揉み合うこと約5分。やっとこちらに向き直った善助さんの足が止まった頃、ようやく私も落ち着きを取り戻してきた。


「ったく随分危ない友達ができたもんだ…見ろこれ…ビビって手が震えてるだろ…」

「自らの行動に震えてるのでは…いや、そんな事より」


混乱して言えていなかったけど、何より先に言うべきことがある。頭を下げて誠心誠意。


「助けてくれてありがとうございました。もし善助さんが来てくれなかったら、きっと大変な事になってました」

「…帰ったら事情聞かせろ」

「はい、でも、その前に――」


事情、私もよく分かっていない。ともかくこんな事になったなら、無理矢理でも彼女から聞き出さないと…そう考えて、視線をやったその時だった。


金属音と共に、善助さんが前のめりに倒れた。

慌てて受け止めると、影に隠れていた人物と目が合った。


どうして。

どうしてそこまでするの。


彼女が立っていた。

男たちの一人が持っていた金属バットを拾って、善助さんを殴りつけたのだった。


「どうして」


けれどその言葉を先に出したのは、私ではなく彼女だった。


「どうして、あんたなんかが助けてもらえるの。化け物のくせに。人間じゃないくせに。どうしてあんただけ」


男が三人、起き上がってくる。

比較的軽傷だった彼らだ。


…あ、そうか。

何も変わってなかったんだ。

彼女にとって私は幽霊で、それ以上でも以下でもなくて。

話しかけてきたのは、何か変わった訳じゃない。特別な理由があっただけ。

ただ大金が必要になって、お金持ちに貰われていった幽霊ならできるだろうって思っただけ。


彼女からバットを奪って、男達が笑う。

善助さんは…起き上がると、彼女の襟を掴んで、私のすぐ横に引き倒した。


瞬間、男達の姿が消えた。



その公園の生垣には、真っ白な薔薇が咲いていた。

けれども、何故だろう、ふと気付くと、街頭に照らされたその花は真っ赤になっていた。

まるで、私が見ていない間に誰かが赤く塗ったように――誰か? 誰かって、誰だろう。


私達の目の前に現れた、この人は誰だろう?



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