か弱い女の子
「昨日はご飯食べてる途中で寝ちゃうんだもん。よっぽど疲れてたんだね。」
朝食のパンとミルクを食べながらチャチャが話しかける。
「家に入ってからの記憶がなくて、気付いたらベッドの上で朝でした。」
俺はズキズキする頭を抑えながらパンを手に取る。
昨日 おばさんと別れて家に帰って・・・。
それから・・・台所に向かって・・・。
ダメだ・・・思い出せない・・・。
いや、思い出してはいけないと心の中で警鐘を鳴らしている。
「フリット 大丈夫?」
チャチャが俺の額に手を当てて顔を覗き込んでくる。
「熱はないみたいだけどー。」
「いや!大丈夫です!大丈夫!」
俺は慌てて飛び退き、パンを食べ始めた。
「じゃあハナ。フリットと出掛けてくるけどお留守番お願いね。」
チャチャはハナの餌入れに生肉を入れながらハナに話しかける。
「ワン」
ハナは任せろ!と言わんばかりに力強く鳴いた。
「で、今日はどこに行くんですか。」
スラム街を歩きながらチャチャに尋ねる。
「身分証を作りに行くんだよ。」
チャチャはニコッと笑って答える。
とうとう王都の中に入る事ができるのか!身分証ってどこで作るんだろ?
市役所みたいなのがあるのかな?
俺はワクワクしながらついて行く。
しかし、進めば進むほど人相の悪い人たちが増えてくる。
こっちをジロジロ値踏みするような視線を浴びせてくる。
とても市役所のような国が管理している施設があるような雰囲気ではない。
「目的地はあそこだよ。」
道の先に三階建てくらいの大きな洋館が見える。
やっぱり国が管理している施設なのかな?
かなり立派な建物だ。
「大きな建物ですね。」
「スラムで1番でかい建物じゃないかな?」
「なんていう施設なんですか?」
「施設っていうか・・・強いて言うなら・・・」
チャチャが考えながら言葉を選んでいると
「おい!チャルチール!何しに来やがった!!」
ガタイがいいライオンっぽい獣人とゴリラっぽい獣人が目の前に立ち塞がった。
「ラオとリラか。あんたらまだゴロツキやってんの?向いてないんだからやめときなよ。」
チャチャが呆れた顔で手を振りながら通り過ぎようとする。
「待て!この先に何の用だ!」
ラオが呼び止める。
「あんたんとこのガサ入れだよ。」
・・・ガサ入れ・・・?
身分証を作りにいくんじゃ・・・。
「それを聞いて通せるか!!」
2人はチャチャに向かって殴りかかる。
しかしチャチャは退屈そうに手前のラオのパンチを軽くいなしてリラパンチの軌道上にラオを突き飛ばした。
ラオはリラのパンチが直撃しそのまま気を失って崩れ落ちる。
動揺しているリラと肩を組み、チャチャは優しく話しかけた。
「このまま通せば私はあんたらと会わなかった事にしといてやる。そうすりゃメンツも立つだろ。」
チャチャがリラの耳元で優しく話しかける。
「ちくしょう!覚えてろ!」
ありがちな捨て台詞を吐きながらラオに肩を貸しながらリラは去っていった。
「ガサ入れって身分証を作りにいくんじゃないんですか?」
俺はチャチャに問いかける。
「そうだよ。」
チャチャがキョトンとしながら答える。
しかし、しばらく思案した後、あっという顔をして言葉を続けた。
「身分証を作る為にガサ入れするだよ。まぁ細かい事はいいから着いてくれば分かるよ。」
チャチャは笑いながら洋館の方へ向かって歩いて行った。
【クロマ組】・・・。
洋館と似つかわしくない書体で大きく表札らしき物が入口にかかっている。
そこにおおよそカタギとは思えない人相の人たちが群れをなしてお出迎えしていた。
「おい チャルチール。うちの若い衆がお前にいきなり殴られたって言ってるんだが・・・。」
強面のおっさんが睨みを聞かせながら問いかける。
「しっつれいな!こっちはか弱い女の子だよ!そんな恐ろしい事できるわけないじゃん。」
チャチャはプンスカ怒りながら反論する。
「お前のようなか弱い女の子がいてたまるか!お前のせいで俺たちはこんなスラムの僻地へ追いやられてるんだぞ!!」
強面のおっさんが声を大にして叫ぶ。
お前のようなか弱い女の子がいてたまるかは全くもって同意せざるを得ない。
おっさんの口振りから過去にもこの人たちに何かしでかしたのだろう。
「まぁまぁ。今日は別に戦争しに来たわけじゃないからさ。あんたんとこの組長に用事があるから素直に通してね。」
チャチャは手をひらひらさせながらおっさんの群れの方へ歩いていく。
「野郎ども!行くぞぉぉ!」
おっさん達がチャチャに突撃しようとした時、チャチャとおっさんたちの間に無数のナイフが突き刺さった。
「女の子にいきなりご挨拶だね。」
チャチャは上を見て話しかける。
3階ベランダに ファントムマスクで顔を隠している男が立っている。
「組長!邪魔しねぇでくだせぇ!!」
強面のおっさんはベランダの男に話しかける。
「助けてやったんだよ。お前らが何人束になってもチャルチールに勝てるわねぇだろ。」
ファントムマスクの男はナイフをひらひらさせながら答える。
「俺に用事があるんだろ?上がってきな。お前ら客人として丁重にもてなせ。」
男は部屋の中へ消えていく。
「・・・だって。」
強面のおっさんの肩に手をかけながらチャチャはにっこり微笑む。
「くっ・・・チャルチール!変な素振りを見せたらその首を掻っ切るぞ!」
「あー!組長の言いつけに逆らうんだ。後でチクってやろ。」
凄んでくるおっさんにチャチャがからかいながら言い返す。
「・・・お通りください・・・。おい!」
おっさんが指示を出すと
ゴロツキの群れがまるでモーゼが海を割ったように門までの道を開ける。
「じゃあ行こっか。」
チャチャに引っ張られて俺は門の中へ入っていった。