2−4 治療(キュア)の魔法を教えてくれ
「ふむ、なら涼香、治療の魔法を教えてくれ」
「いいですよ」
涼香は白の魔導書を広げてくれる。
「これが、治療の魔法です」
俺も青の魔導書を取り出して水魔法が書かれている方とは反対側を開く。
「治療はよく使うだろうから。開きやすいほうにしよう」
俺はリュックから筆箱を取り出すと鉛筆で涼香の魔導書に書かれているルーン語を丁寧に書き写していく。情報劣化があるならこの書き写す段階も非常に重要であると言える。形が少しでも違えばそれが劣化につながってしまう。
俺は最終的に涼香の魔導書を透かして見た目には模写だとわからないほど丁寧に模写した。随分時間がかかってしまった。書き順すらわからない文字を模写するのは大変だな。その間に優姫は寝てしまったようだ。ちょうどいい。そもそも絶対安静なんだ、あいつは。
「よし、模写はこれでいいだろう。次は魔法のイメージ。涼香、治療はいつもどうやって使ってるんだ?」
「そうですね・・・、直したいところの元の形をイメージしながら使います。だから、優姫さんの膝を治すときは、元の膝がどんな感じだったかうっすらイメージして、あとは魔力を手に込めて患部にかざすだけです」
「ふむ。イメージはわかった。後は練習だな。ちょうどあそこに、とても実験に向いていそうな膝の擦りむきがあるな?」
俺は優姫の膝を指さしながら言う。涼香は少し困り顔で言う。
「せっかく寝て静かになったのに・・・。起こすかもしれないんですよ?」
「治療だぞ?そんな痛い事にはならんだろ」
俺は優姫のそばに膝をつくと魔導書を左手に、右手を優姫の膝の怪我に向ける。
「治療」
バチャ。
「うわっ。めっちゃ水出た」
「いやでも、優姫さんの怪我、治ってますよ?」
「ふむ、仁くんは相当、水の属性が強いみたいですね。もしかしたら、どんな魔法を覚えてもそこに水の属性が入り込んでしまうのかもしれないですよ。まぁ、そうなると仁さんは本人からの指導を受けてもうまくいかない魔法がありそうですが」
「それはちょっと不便かもしれないが・・・。治療の水か。これ、使い用によってはいいかもしれんな。ヒーリングポーション的な使い方ができるかもしれん」
「いいですね!そうすると私の手が届かないところでも各自で回復できますね!」
「いいアイディアだろ?あ、そうだ、模写のほかに一つ試してみたいんだけど、俺が涼香の魔導書で魔法って使えるのかな?」
「やってみましょうか、どうぞ」
俺はさっきと同じように構えて呪文を唱える。
「治療」
だが、今度は何も起きなかった。
「何も起きないのか」
圭吾さんがうなずく。
「そうですね。私の実験でもそうでした。他人の魔導書は使えないようです」
「ということは他人の魔導書をただ強奪しても意味は無いってことか」
「そうですね、魔法を盗むなら本人を拷問してでも使い方を聞きださないといけませんね」
涼香怖い。
「・・・そうだな。そういう盗賊とかもいそうだし気を付けないとな」
すると圭吾さんがぱちんと指を打つ。俺たちはそちらを見る。
「そうだ、いいものがあった」
圭吾さんは俺たちの返事をまたず、部屋の奥にある革製のベルトを持ってきた。
「これ、オークと戦った時にそいつらがつけてたものなんですけど・・・どうでしょう?」
圭吾さんが持ってきたのはベルト型の魔導書ホルダーだった。魔導書を入れる部分は素早く取り出すことを想定し、全面を覆うのではなく手を掛ける場所をしっかり確保してある。さらに魔導書の硬い表紙と裏表紙に板状になった金具を固定することで腰に巻いたベルトと魔導書をチェーンでつなぐことができる。
「これで、魔導書をなくすこともないでしょう」
「これは便利ですね!」
「そうですね。優姫さんにも後でつけさせましょう」
「私から差し上げられるものはこのくらいですが・・・」
「いや、十分です。情報だけでも貴重な話でした」
「ありがとうございました」
涼香と俺は圭吾さんにしっかりお辞儀をした。感謝はしっかり伝えないとな。圭吾さんはにっこり笑う。俺たちはさっそくベルトを着けて魔導書をベルトに装着する。俺は何度か魔導書を出してみる。おお、出しやすいな!これなら落とす心配もなさそうだ。
「さて、名残り惜しいですが私はあなた方を殺すことになっています。すでに私にそんな気はありませんが。ですが、時間がかかりすぎていることを不審に思ったのか、この家の周囲にはすでに何人か人が来ています。そこで私が薬を飲ますのを失敗したフリをしたいので、私を魔法で吹っ飛ばしてください。後はうまくやります」
「・・・勝算はあありますか?」
「どうでしょう・・・。今になって江戸時代になぜ禁教令があったのか理解しました。これまで統一されてうまくいっていた考え方、価値観が想像もしないところで狂ってしまうんですね。そして、新しく根付いてしまった考え方はそう簡単に取り払うことは出来ない。うまくいくかどうかはわかりません。それでも時間をかけて必ず終焉教をこの集落から追い出して見せます。いずれまたこの村に寄ってくださいね?その時には食事くらいごちそうさせてください」
「わかりました。またいずれこの集落に寄ります。最後に、彩夏ちゃん以外の子供たちはどこに行ったか分かりますか?」
「教会にいると思います。大丈夫です。もう誰も犠牲になんてさせません」
圭吾さんは笑顔でうなずいた。俺はその笑顔を信じることにした。
「よし、涼香。三つ数えたら優姫を起こしてくれ。起きたらどうせうるさいだろうからそのまま裏口から放りだしてくれ。俺はそれに合わせて圭吾さんを洪水で家から流し出す」
「わかりました」
俺は自分のリュックを背負う。涼香も自分のリュックを背負うと、優姫をうつぶせにさせて無理やりリュックを背負わせた。
「加減してくださいね・・・?」
「それはどうかな?」
俺は圭吾さんに残忍な表情を贈る。圭吾さんは顔色が蒼くなっている。ふふふ、毒を飲ませてくれたお礼だよ!
「それじゃいくぞ、三、二、一!」
「洪水!」
「優姫さん起きて!」
「おわぁぁぁぁぁ!」
「うわぁぁぁぁぁ!」
おお?前半は圭吾さんの悲鳴で後半は優姫の悲鳴か?なんであいつが悲鳴を上げるんだ?
「優姫、行くぞ!」
「待って!ボクおもらししちゃったかも!?なんかびしょびしょなんだけど!?」
「それは俺だ!」
「ええ!?なんで仁君こんなところにしちゃうの!?」
「してねぇよ!いやしたけどちげぇよ!!」
「二人とも、早く逃げますよ!」
涼香は優姫の手を取って一目散に裏口から飛び出した。それに続いて俺も飛び出す。俺たちは一目散に森へと駆け込んだ。
涼香と優姫に続いて走りながらも、俺は考え事をしていた。「終焉教」・・・。一体どんなことを教えているのだろうか・・・?あのおばあさんは完全に心酔していた。それほどまで人の共感を得る様な何かがあの教会にはあるということだろうか。だが、死んだ先に救いがあるなんて。ゲームじゃあるまいし・・・。
「ちょっとどいてねー!」
「ぐほぉ・・・!」
俺が顔を上げると優木が門番を蹴り飛ばしている。さっきの先輩か。
「さよなら!」
「お邪魔しました!」
なぜ蹴り飛ばした後、律儀に挨拶してんんだ?
「じゃーな!」
俺もあいさつしないとなんか悪者みたいになるじゃないか。俺は先輩に一瞥くれながら門のそのに出た。おおおっ、正面。きれいな夕日!
すると、優姫が走りながら俺たちに声を掛ける。
「涼香ちゃん!仁!」
「なんですかー?」
「なに?」
「子供たちはもう大丈夫だったの?」
「ああ、圭吾さんがきちんと守ってくれるはずだ!」
「そっか、良かった!それでね、ボク、あのドラゴンぶっ殺したい!協力して!」
「そう言うと思ったよ!」
「優姫さんらしいですね!」
「よーし!あの夕日まで競争だよ!」
おいおい、本当にそんなこと言うやつ初めて見たぞ!
「いいだろう、俺が負けるわけないだろ!洪水!」
俺はジェット水流に乗って加速する。
「あ!ずるい!身体強化!」
ん?その魔法、防御力上げるだけじゃないか?走る速度には全く関係ないと思うぞ?
「ちょっと二人とも!この先に何がいるかわからないんですよ!?」
「あ、仁。ボクにかかってた水は結局何だったのかな?」
うっ、もういいじゃねーか・・・。俺は優姫に分かりやすく何が起きて優姫の足がびしょびしょだったかを説明した。
俺たちは結局森の少し開けたところで野営することになった。優姫と涼香は慣れた手つきで木を拾い集め、たき火の準備をする。涼香が火打ち石で火をつける。
「ねぇねぇ、仁。こんなんで大丈夫なの?襲われちゃうんじゃない?」
「それは大丈夫だろ。地面を歩いたりもぐったりしてくる敵は耳を地面につけながら寝ればわかる。空を飛んでくる敵はこの森が防いでくれる。それに、夜行動するような生き物は明るい火が苦手なことが多いだろ?三人交代しながら不寝番をたてて、火を絶やさないようにすれば大丈夫だ」
「ふーん。そういうもんか!じゃ、僕三番目ね!お休み!」
「おい!」
優姫はパタンと横になった。ふふふ、馬鹿め。三番目が一番きついんだぞ。
「晩飯抜きになっちゃったな」
「そうですね。でも今日は新月ですから。星の明かりだけでは食べものを探すことはできません」
「ふぅ。やっぱり優姫はドラゴン退治をしたいみたいだったな」
「ええ、私もちょっと腹が立ちました。ドラゴンの身勝手さもそうですけど、私自身の弱さにも。それに優姫さんがやりたかろうとやりたくなかろうと私たちは逃げられません。終焉のドラゴンも言っていました。標的は私たちであり私たちの行動の結果を見届けると」
「そうかー。俺たちがドラゴンに『終わった』と思われれば結局食われるのか。始めてしまった以上、やるしかないんだな」
「そうですよ」
俺と涼香はしばし、空を眺める。満天の星空。天の川なんて写真でしか見たことなかった。星の帯。昔の人はあれを見て運命の分かたれた二人を想像していたのか。
「あの、仁さん」
「なに?」
「この世界はこれからどうなると思いますか?」
「これから・・・?どうだろう。このままなら人間はいなくなるだろうな。人間を捕って食べているのはドラゴンだけではないし。人間が乱獲して滅ぼした動物同様、人間は乱獲されて滅ぼされるだろうな」
「・・・そうですよね。じゃあ、そんな破滅が待っているこの世界で仁さんが叶えたい事って何かありますか?」
「叶えたい事?叶えたいことか・・・」
俺は少し迷ってこう答えた。
「俺な。小さい頃に両親が二人とも死んだんだ」
「それは・・・」
「いや、気を使わなくていい。その事実自体はもう受け入れている。だが、俺はいまだに両親の最後がどんなだったのか知らない」
「誰も教えてくれなかったってことですか?」
「ああ。葬式にすら俺は行っていない。当時の俺はそれを不思議なことだとは思わなかった。ちゅがくに上がって友達の親が死んでしまったと聞いて、葬式に行ったとき気が付いたんだ。死んだ人の家族がにいないのはおかしいって」
「誰か知っている人は・・・?」
「いや、調べたがそんな人は見つからなかった。だから、俺が叶えたい事。それは、両親の死の真相を知ることだ」
「そうなんですね・・・。ご両親の死の真相・・・」
「まぁ、残念ながら明日には死ぬかもしれないけど」
「ふふっ、そこは優姫さんに任せましょ」
「ははは、だな。それで、そんな話をするからには涼香には叶えたいことがあるんじゃないのか?」
「はい。この世界が変わってしまう前に戻りたいんです」
「時間を戻したいか。それはまた・・・。ここまでぐちゃぐちゃになってしまった世界を前の状態に戻せるのか」
「どうでしょう。でも新たなこの世界では、そんな方法があるかないかすらまだわかりませんから。可能性はあると思っています」
「まぁ、それはそうだが。なぜそんなに世界を元に戻したいんだ?」
「・・・私、あの終焉の日を迎える前に何かをしようと思っていたんです。それはとても重要なことで絶対にやり遂げなければならないと決意していたことです。でも内容が思い出せません。何をしようと思っていたのか・・・。それを思い出すためにもあの日の前に戻りたいんです」
「そうか・・・。でも俺と涼香のやりたいことはとりあえず優姫の方を叶えてからになりそうだな」
「そうですね。ドラゴンさっさとやっつけましょうね!」
「そうだな!」
「じゃあ、先に寝ますね。おやすみなさい」
「おやすみ」
そうして涼香も寝始めた。うっかり嘘ついちまったな。
それにしても涼香にもいろいろあるみたいだな。そもそも、涼香との出会いは教会で寝ていた涼香に偶然出会ったからなんだよな。・・・ちょっと待て。教会!?あの教会ってまさか・・・?いや、よく覚えてないな。教会の屋根にラッパがあったかどうかなんて。それに涼香は涼香。終焉教の事も知らなかったみたいだ。心配することないだろう。
それよりも、明日の事の方が大事だ。俺たちはこれからどうすればいいのか。ドラゴンを倒すとしても足りないものが多すぎる。まずは優姫の武器調達だな・・・。
俺はゆったりと星を見ながらどうやって優姫の武器を調達するのか考えていた。
死ぬ前に叶えたいことがある。
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